
14歳のカントは、アイヌ民芸品店を営む母親のエミと北海道阿寒湖畔のアイヌコタンで暮らしていた。アイヌ文化に触れながら育ってきたカントだったが、一年前の父親の死をきっかけにアイヌの活動に参加…
>>続きを読む『春を告げる町』が描くのは、華やかでシンボリックなセレモニーの後景で、こつこつと日々の暮らしを築いていく人びとの営み。この土地で新たに生まれ、すくすくと育っていく子どもたちの物語。被災体験…
>>続きを読むある日、息子への子守歌が生まれた――。 “ろう”の写真家、齋藤陽道。20歳で補聴器を捨てカメラを持ち、「聞く」ことよりも「見る」ことを選んだ。彼にとっての写真は、自分の疑問と向き合う為の表…
>>続きを読む沖縄石垣島の台湾移民の歴史は、1930年代、日本統治時代の台湾から約60世帯の農家が移り住んだことに始まる。その中に、玉木家の人々もいた。2015年春、88歳になる玉代おばあは、娘や孫たち…
>>続きを読む日本人の主食「米」と向き合い、目に見えない菌と闘い、 理想の一献を目指す。現代を生き抜く能登杜氏たちの、 酒造りへのこだわりと、挑み続ける理由とは…… 石川県能登半島を出身とする酒造…
>>続きを読むインドネシア・ラマレラ村。人口1500人の小さな村。住民は互いの和を最も大切なものとし、自然の恵に感謝の祈りをささげ、言い伝えを守りながら生活をしている。中でもラマファと呼ばれるくじらのモ…
>>続きを読む彼女の名前は桂子ハーン、91歳。私の伯母である。桂子は1951年、20歳の時に米軍の兵士と結婚し海を渡った『戦争花嫁』と呼ばれた。これは【真実の愛の物語】である。激動の時代を生きた桂子の人…
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