
名古屋のミニシアター「シネマスコーレ」で副支配人を務める坪井篤史氏に密着したドキュメンタリー。 映画を愛するゆえに、シネコンではなく映画のことだけに集中できるミニシアターで働く坪井氏。彼は“名古屋を映画で一番熱い地にしたい”と考え、“名古屋映画館革命”という野望を企てている。彼は映画館革命を成し遂げるため、映画の上映は一切せずに彼のトークだけで進行する「アメカル」と銘打つ映画祭を15年間続けてきた。また、今では生産されていないVHS映画を買い集め、アパートの1室におよそ7000本以上を溜め込んでおり、その部屋の眺めは圧巻!そんな坪井氏が働くシネマスコーレは、手書きのポスターを作ったり、映画にちなんだオリジナルフードメニューの提供など、映画とそれに携わる人々を温かく支えている。だからこそ多くの映画監督達から愛され、「シネマスコーレで何か面白いことがやりたい」といった監督達からのオファーが引きもきらない。 昨年末、著名な映画監督・白石晃士氏が坪井氏とタッグを組み、前代未聞の上映会を行った。その名も「超次元絶叫システム」…その驚くべき上映会の内容とは!? 衝撃的な人間の生き様と、それを取り巻く人々との交流…。
1980 年代。若松孝二が名古屋に作ったミニシアター。 映画と映画館に吸い寄せられた若者たちの青春群像。 この映画には、僕の、私の青春がある。あなたの青春がある。
静かな田舎の一本道を走るバス。乗り込んできたシャベルを抱えた不気味な女装男は殺人鬼だった。さっそく乗客の一人の頭を叩き潰した女装男は運転手に言い放った −−–「とめたらアカン。赤信号でもレ…
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>>続きを読むある日突然、土屋敏男がカメラを抱えて萩本欽一の自宅に訪れる。「視聴率30%超えの番組を作りましょう。」その一言から、萩本欽一と土屋敏男の番組作りが始まる。番組に出演する演者との顔合わせ、番…
>>続きを読むアフリカの北に位置するスーダン。1956 年の独立後、海外で映画を学んだイブラヒム、スレイマン、エルタイブ、マナルの4人は、スーダンで映画を製作してきた。彼らは、母国スーダンに映画文化を根…
>>続きを読む2016年11月に始まった『この世界の片隅に』の公開からの約3年間、片渕須直監督は日本全国で行われた舞台挨拶や海外映画祭に参加していた。同時に、長尺版『この世界の(さらにいくつもの)片隅に…
>>続きを読む映画会社「キャノンフィルムズ」を率いて、80 年代ハリウッドに大旋風を巻き起こしたイスラエル出身の従兄弟メナヘム・ゴーランとヨーラム・グローバス。映画監督でもあるメナヘムとプロデューサーと…
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