タケオ

工作 黒金星と呼ばれた男のタケオのレビュー・感想・評価

工作 黒金星と呼ばれた男(2018年製作の映画)
4.4
 1992年。韓国軍の将校パク・ソギョン(ファン・ジョンミン)は国家安全企画部から「黒金星(ブラック・ヴィーナス)」というコードネームを与えられ、工作員として北朝鮮に潜入し核開発の実態について探ってくるよう命令される。事業家に扮して北朝鮮へと潜入したパクは、北朝鮮の対外交渉を担当するリ・ミョンウン(イ・ソンミン)との接触に成功。長きにわたる活動の果て、遂に第2代最高指導者キム・ジョンウンと会う機会を得る。キム・ジョンウンから許可をもらい、CM撮影と称して北朝鮮各地に探りを入れようと試みるパク。しかしその頃韓国では、次期大統領候補キム・デジュンの当選をなんとしてでも阻止したい国家安全企画部が「北風工作」を開始。北朝鮮の脅威を煽るために北朝鮮に武力攻撃を依頼するという究極のマッチ・ポンプを画策する。「北風工作」が始動したことで、パクは一気に窮地に立たされるのだった——。
 アクション・シーンは一切なし。主に会話劇を中心とした硬派なスパイ映画だが、全編に張り詰める緊張感はただ事ではない。いつ正体がバレてしまうのか?いつ作戦が決行されてしまうのか?国、組織、個人。あらゆる思惑が交差する中で、パクは常に危機に晒され続ける。優れた演技と的確な演出さえあれば、アクションに頼らずとも映画は面白くなるものだと改めて実感した。息の詰まるような実話を「エンターテインメント」として脱構築してみせた監督ユン・ジョンヒンの確かな手腕にも本当に脱帽である。
 本作は極めて優れたスパイ映画だが、それと同時に極めて優れた「男の友情映画」でもある。「ブラック・ヴィーナス」ことパク・ソギョンと北朝鮮の対外交渉を担当するリ・ミョンウンは、常に国の安寧を思い続ける真の「愛国者」だ。だからこそ2人は、立場を超えて惹かれ合う。彼らは真の「愛国者」だが、「国」というシステムに盲信的に追従するだけの(愚劣で恥知らずな)存在ではない。真の「愛国者」だからこそ、いざという時には「反逆者」と呼ばれようとも民のために行動を起こす。ゆえに2人は真の「愛国者」でありながらも、最終的には「国」というシステムそのものと対立することとなる。『キャプテン・アメリカ』シリーズ(11〜16年)のキャップのように。真の「愛国者」と「国」というシステムの対立は、国や立場を問わない普遍的なものである。もちろんそんな皮肉極まりない構図は、ここ日本でも日常的に垣間見ることができるものだ。「国」というシステムに対して何の疑問も持たず盲信的に追従するだけの「Yesマン」ばかりが重宝される社会がどうなってしまうのかは、今の日本の政治なんかを見ればよく分かるだろう。
 小さな不満点を挙げるとすれば、ラストで2人が静かに視線を交わす場面ぐらいだろうか。美しく感動的な場面ではあるのだが、少しウェットすぎる気がした。あのやり取りはもう少しさり気ない描写にした方が、よりクールな幕切れとなったのではないだろうか。しかしその一方で、ウェットすぎるからこそ本作のラストが鑑賞者に強烈な印象を残すのもまた確かである。真の「愛国者」たちの立場を超えた「友情」は、酷薄極まりないシステムが常に確固たるものとして憚らない世界の中では、最早「ファンタジー」にも近い代物なのかもしれない。しかしそれでも、諦めずに戦い抜いた男たちが確かにいた。そんなどこまでも「映画的」な事実は、人間の涙腺を刺激するには十分すぎるほどのものだ。
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