小一郎

ラヤルの三千夜の小一郎のレビュー・感想・評価

ラヤルの三千夜(2015年製作の映画)
4.5
本作を上映したユーロスペースの公式ウェブには次のようにある。

<イスラエル建国70年に合わせた米大使館のエルサレム移転に抗議する、パレスチナ自治区ガザでのデモにイスラエル軍が発砲し、100人を超える死者が出た事態は世界に新たな衝撃をもたらしました。(略) このたびは、イスラエルによるパレスチナの人々への虐殺とも呼べる攻撃に抗議すべく、世界40ヵ国で上映・称賛され、本年3月のイスラーム映画祭3で日本初公開されたパレスチナ映画『ラヤルの三千夜』の緊急再上映を決定いたしました。>

6月22日までの1週間限定上映。上映前にはユーロスペースの方によるパレスチナ問題や映画の説明のほか、本の紹介があり、税抜き価格で販売するから是非購入して欲しいとのことだった。

米大使館のエルサレム移転というのは、民族のアイデンティティーを侮辱するようなことなのかな、と漠然と思っていた。イスラエル、パレスチナの問題はユダヤ教とイスラム教の一神教同士の争いで歩み寄りは困難、多神教の日本人である自分には縁遠そうだけど、知りたいことではある、と思って鑑賞した。

観終わった後の率直な感想は、これって差別問題だよね、というもの。パレスチナ人女性がイスラエルの刑務所に収監され、懲役8年(約3000日)を宣告される。身ごもっていた彼女はやがて男の子を産むが、パレスチナ人の待遇は悪くなる一方。子どもが2歳になったとき、レバノンの首都ベイルートの難民キャンプでパレスチナ人の大虐殺事件が発生、怒り心頭の女性囚はハンガーストライキを決行するが…。

刑務所にはイスラエル人の犯罪者とパレスチナ人の政治犯が別々の部屋に分けられる。服装はイスラエル人は自由なのに、パレスチナ人は皆同じ囚人服。食事をつくったり、掃除や洗濯をするのはパレスチナ人だけ。パレスチナ人で優遇を受けようと思ったら、相応の取り引きが必要になる。

イスラエル人によるパレスチナ人への一方的な差別、虐め。宗教の話なんて微塵もなく、ただただ理不尽。これがパレスチナ問題の一断面であると。

上映後、本は買わずに帰宅したけれど、翌日、何故か妙に気になりだした。本の名前をはっきりと覚えていなかったものの、多分コレと思って買ったのが『ぼくの村は壁で囲まれた--パレスチナに生きる子どもたち』(高橋真樹・著)。

ちょっと衝撃を受けた。約200ページの本でその気になれば半日で読み終わるだろう。パレスチナ問題について、読みやすい文章で、とてもわかりやすくまとまった内容。始めは「こういうことを知りたかった」と思いながら読んでいた。しかし、読み進めていくにつれ、自分のいる世界の構造が見えた気がして怖くなった。そして、あとがきのある一言を読んで感動と恥ずかしい気持ちがないまぜになり、目頭が熱くなった。

本作に興味がある人ならば、6月16日公開の『ガザの美容室』を観ようと思っている人ならば、差別や虐殺をどうしたらなくすことができるのだろうという疑問を持っている人ならば、きっと、読んで損はないと思う。娘には今年のクリスマスにプレゼントと一緒に本書を渡そうと思っている。

以下、まだ読んでいない方の読書欲をかき立てるのではないかと思う部分を引用してみる(長いです)。

<誤解を恐れずに言えば、イスラエルという国家がパレスチナ人に対して行ってきたことは、「ホロコースト」や「アパルトヘイト」と同じように、人類の歴史に残る巨大な犯罪行為です。それを「イスラエル対パレスチナの紛争」ととらえると事態を見誤ることになります。この問題は、たった今ホロコーストのようなことが起きているとしたら、現代のアンネ・フランクが声も出せずに恐怖に震えているのだとしたら、あなたはそれを黙って見過ごすのか、という問題なのです。>

<特にラミ(引用者注:本書に登場するパレスチナのNGO「パレスチナ・ビジョン」の代表、ラミ・ナセル・エディン)にとっては初めての日本訪問となりました。最初の訪問地は沖縄です。(略)ところが、初めて訪れた沖縄で車でめぐり1時間もしないうちに、彼はこう言ったのです。「なんだ、日本にもパレスチナがあるじゃないか…」と。

彼は、島の使いやすいエリアを米軍基地が占有している様子を見たり、米兵が犯罪を犯しても何ら罪に問われないシステムを聞いて、自分たちのおかれた境遇と重ね合わせました。生まれたときから占領下で暮らしてきたラミのような人にとって、沖縄の現実は他人事ではありません。だから「日本にもパレスチナがある」と表現したのです。

(略)

「パレスチナ問題は遠いか?」という問いへの答えは、ここにあります。パレスチナ問題に無関心でいられる人は、実は沖縄の問題にも、原発事故後の福島で起きている問題にも、あるいは自分の町で起きている問題にも、自分自身が直接巻き込まれるまでは他人事であり、無関心になれるのではないかということです。イスラエル市民の多くが、すでに近くで起きているはずの人権侵害に気づかないのも同じことです。彼らの多くは、本気でイスラエル社会に差別などないと信じ込んでいます。>

自分的“常識”(=思い込み)が揺さぶられると同時に、頭の中のもやが晴れていくような感覚。そして、とどめは次の一言。

<ぼくは人として一番大切なものは「他人の痛みを想像し、共感できる力」だと思っています。>

映画を観て、本を読み、最後に響くこの一言。それは今の自分に一番欠けているものだと自覚させ、そして同時に自分にも思わせる、人として一番大切なものは「他人の痛みを想像し、共感できる力」であると。

●物語(50%×4.5):2.25
・パレスチナ問題の“常識”を覆すかもしれない理不尽な物語。

●演技、演出(30%×4.0):1.20
・子どもが可愛いだけに切なさも増す。

●画、音、音楽(20%×3.5):0.70
・苦しくなるような雰囲気が出ている。

●お好み加点:+0.3
・『ぼくの村は壁で囲まれた--パレスチナに生きる子どもたち』も併せて読むとより深く味わえる。映画を観れなくても本書は読むべきではないかと。