すがり

運び屋のすがりのネタバレレビュー・内容・結末

運び屋(2018年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

もはや言葉で表すのが困難なほど格好良いが詰まりすぎてる人物、クリントイーストウッド。
もう90歳になろうかというところで監督と主演で映画を撮る。
大丈夫かよ、何だそのエネルギー。

監督と主演で映画はグラントリノ以来らしいですが、私の心に最後に残っているイーストウッドもグラントリノでした。
ああやって格好良いのは卑怯ですよ。
私は煙草はやりませんし、煙も嫌いです。
でもグラントリノの小道具としてのあの煙草、ジッポの、格好良さ!
たとえ吸わなくても、いつか自分も撃たれるために使用感を演出した箱やなんかを懐に忍ばせておきたくなる魅力があります。

そんな格好良さと優しさに溢れまくったグラントリノに対してこの運び屋に感じるのは圧倒的な愛嬌と親近感。
アールに対する家庭はほぼ崩壊してるし、麻薬運んでるし、一体どこに親近感が…?
正直よくわかりません。
多分そこで登場するのが愛嬌なんです。
家庭と向き合う必要があるにしてもアールは人気者ですしそれだけの魅力ある人物です。
運び屋をしながら俺流と言える振る舞いでマフィアすら打ち解けたような姿を見せます。

多分イーストウッドはグラントリノにしろこれにしろ、世界がこうであってほしいという願望のようなものがあって。
それを映画として落とし込むことでそれぞれの表現を得ているんじゃないかと思ってるんですが、それがつまり愛らしくて優しいんですよね。

その点で印象的なシーンがいくつかあって、偏見と差別に関するものなんですが、そこに悪意があるかどうか、いえ、悪意というよりは他意があるかどうか、だろうか。
それによってイーストウッドが、その世界がどうあるものなのかっていうのを見せてくれるんです。
例えば黒人への差別用語だったり、地域と人種だったり。
起承転結には直接結びつくシーンではありませんが、同意を得た私はひたすらありがとうでした。

起承転結の話をするにしても、あらすじや邦題から何かを想像してはいけません。
何故なら今作は別に麻薬を密輸するおじいちゃんの犯罪サスペンスがやりたいわけじゃないんですから。

そこを目線にしてしまうとすごくボロボロなんです。
だってそもそもアールを捕まえたところでその麻薬組織を潰せるわけじゃない、対処療法なわけで。
しかもdeaが黒い車両止めてるって分かったらその段階で乗り換えるでしょう。
奥さんが危篤で音信不通になったときだってそう、組織側が自ら提供するスマホの位置情報を追わない、追えないわけないんですよ。
でも今作にはその辺りの話が出てこない。
これはもう描きたいことが違うからに他ならないからだと思います。

何よりも原題の The Mule 。
muleを辞書で引くと荷物の運搬用に使うラバとありましたが、大事なのはその次の意味。

(くだけて)強情な人, 意地っ張り

こうあるわけです。
こんなにもぴったりなタイトルありませんよ。
邦題の担当も物凄く苦心したに違いありません。
しててほしい。
特に考えもなく「麻薬運んでるし」みたいなノリで運び屋って邦題はつけていないでほしい。
そして考えたうえでの「運び屋」なら、それを受け取る側も仕事としての「運び屋」と、人物としての「運び屋」を分けて同時に受け取らなければいけません。
これによって映画を見つめる視点が安定します。
私はこういう、タイトルが内容をきちんと補完する映画が大好きです。

その二重に意味を持たされているmuleを象徴するのが、やはり車です。
今作でも車は人生を表すようで、買い換えたことで色々変わりますよね。
deaの狙う車の傾向を掴んでおきながら乗り換えないのもこれが理由だと嬉しいですね。

最初のオンボロになったトラックの人生では、アールは常に外に出続けている仕事人間で、家族にはアールが今どこにいるのかも分からない。
そうやって家族から、家庭から、41/50州走っちゃうくらいどんどん離れて行って、車はどんどん古く汚くなって行きます。

それが運び屋の仕事を引き受けて車を買い換えてからはどうか。
もちろん金銭的余裕が影響していることは間違いないでしょうが家庭への考え方が変わって行きますよね。
マフィアという別形態の家族に触れたのも大きいかもしれません。
とりわけフリオでしょうね。
彼とそこの家族の関係を目の当たりにした時思うところがあったんでしょう。

そうして自分や家庭、その生活の変化を象徴する新品の車はまさしく第二の人生そのものです。

その中で逮捕こそされましたが家族との関係も修復したアール。
そして、最後になって娘さんが言うんですよ。
服役することになったアールに対して言うんです。

「居場所が分かるだけ良い」って。

こんなに優しい言葉がありますか。
こんなに懐の深い言葉があるんですか。

奥さんもそうだった、本当は家族全員がそうだったんでしょう。
アールは、ただ居れば良かったんです。

家の中では俺は何も出来なかったって、そんな風に外へと出て行ったアール。
そんな劣等感は必要なかった。

家族ってのはこうあってほしいし、本質的にはこういうものかなという世界がここでも垣間見えます。

ものすごく長い時間をかけてやっとのことで収まって。
随分な遠回りをしたけれど、それも人生だぞって言われているような気がして。
私の心は非常にぽかぽか。


紆余曲折こそ人生。
良いじゃないか、齢90を近いイーストウッドが言うんだ。
どれだけネットが広大でも、お前はまだここに居るんだろ、ここを歩むんだろ。

教訓は得た。
私は別の道を辿って、別の41/50州を走ってやろうじゃないか。
すがり

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