平野レミゼラブル

薬の神じゃない!の平野レミゼラブルのネタバレレビュー・内容・結末

薬の神じゃない!(2018年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

【犯罪者が義賊に、偽物が本物になるその瞬間。】
ジェネリック薬品の密売という実際にあった事件を基にしたいっぷう変わった中国映画。
目の付け所こそユニークではありますが、ともすれば地味な映画になりかねない題材でもあります。しかし、本作はそれを笑いあり、アクションあり、カーチェイスあり、感動ありの単純娯楽エンタメに仕立てているのがスゴイ。それでいながら実話を基にしているため、ほんのりと医療格差を訴えかける社会的メッセージ性も備えているのが良い塩梅。
割と当局の監視が厳しそうな中国において、よくぞここまでのものを!とすら思います。まあエンドロール前に中国政府の主導でジェネリック薬品を浸透させたんだぞっていう若干のよいしょが挿入されてはいますが、本作が本国で大ヒットしたことでジェネリック薬品の関税を撤廃にまで持ち込んだのは紛れもなく映画の力ではありますし、やっぱり凄いモンは凄いモンなんですよ。
 
基本的な楽しさはケイパーモノや、ギャングの成り上がり一代記と酷似している気はします。
主人公のチョン・ヨンはインド輸入の怪しげな精力増強剤を売るしょぼくれた店の店主で、家賃の滞納もザラだし、親権も母親に取られそうな駄目親父。一応、親や子への愛情は深く父親の介護もしっかりとこなし、息子にも愛情深く接しますが、何としてでも親権を奪わんとする元奥さんに対して暴力を振るってしまったりと、あらゆる部分で考えが足りていない情けなさ。
そんな彼の下にやってきた儲け話というのが、血液の癌とも言える白血病の患者に依頼されたジェネリック薬品の密売。最初は依頼者のリュ・ショウイーと一緒にジェネリック薬品を売り払おうとしますが、伝手も信用もないため怪しげな薬を売ろうとする悪徳商人としか見られません。
そこで、伝手と信用を持つ白血病患者掲示板の運営者にして白血病の娘を持つポールダンサーのスーフェイと結託して、販路を開拓。さらに協会で患者への支援をしているリウ牧師を口八丁で通訳として雇い、薬品を奪っては貧民街に配っていた「義賊」の不良青年ボン・ハオも仲間に引き入れます。この辺りの仲間集めパートに関してもテンポが良く、また全員のキャラクターが立っているのも素晴らしい。『オーシャンズ11』みたいなスタイリッシュさこそないものの、『いつだってやめられる』のようなコミカル&泥臭さがあります。そういや、『いつやめ』も薬を密売するチームだった!いや、アイツらが密売するのギリギリ合法ドラッグだからダメだけど!!
 
キャラクターの中ではやっぱりスーフェイ姐さんが一番良い感じですねェ!美人なポールダンサー経産婦お姉さんとか素晴らしい紅一点!職業柄、あっち方面のサービスシーンも期待されますが、ちゃんと脱ぎながら踊ります!!
 


ヤロウが!!
 
テメーじゃねえ!座ってろ!!
でも、「もっと脱げー!」とイケイケにはしゃぐ姐さんが可愛いから良し!!
 

密売メンバーのうちほとんどが白血病患者関係者なのですが、そのまとめ役を率いるチョンはその世界と全く無関係というのがポイント。彼はただひたすら金の為にやっているわけですね。
当然、白血病への理解もないため、薬を求める患者達が集まってきても、煙草を吸いながら「人の前でマスクを取らないなんて無礼な奴だな!」なんて言っちゃったりする。妙に尊大でガサツでデリカシーがないおじさんではあるんですが、商売が軌道に乗ることによって白血病患者たちの窮状も実感を伴って理解していくワケです。
正規の薬品を作る会社はいたずらに値段を吊り上げて患者に行き渡ることをまるで考えていない。しかも、インドで作られているジェネリック薬品に関しては実証実験の結果も無視して偽薬扱い。薬を流通させて患者の命を救うという大前提を無視した金の亡者です。この状況はおかしい、とチョンが自分のやる仕事の意義に気付いていく過程はひたすら丁寧。
あとチョンおじさん、根本はやっぱり息子を愛するパパって部分も良いんだ。だからこそ、幼い娘がいるリュの病状と生活を心配し、スーフェイに夜の営みを誘われても彼女の娘を見たら「いや、駄目だ、そんなこと…!」と紳士ぶり、親元から家出してきたボンにはまるで父親のように振る舞っていきます。それは最早チームというよりはファミリー。家族に親身になっていくその想いは白血病で苦しむ患者全員へと広がっていきます。
 
ファミリーとの絆を深めていく前半はジェネリックと偽って偽薬を売る悪質な同業者に憤ってドタバタな大乱闘に発展したり、かなりコミカルな雰囲気で進んでいくんですよ。その大乱闘の先陣を切ったのがいつもは穏やかなリウ牧師ってのも面白いですし、スーフェイ姐さんはやっぱりイケイケだし、ボンは見事なドロップキックを決めます。
しかし、そこで偽薬業者のチャン博士に目をつけられてしまいチョンファミリー全員が警察にマークされかける事態に発展。自分の家族や皆の家庭も案じたチョンは博士に販路を売り渡すことを決め、ファミリー達も失意のままに解散。ここから始まる後半戦でガラッと雰囲気は変わっていきます。
 
1年後、チョンは販路を売り渡した金で真っ当な事業を興し、実業家として順調に金を稼いでいました。しかし、その間に散り散りになった仲間達は全員困窮。やはりというか、なんというか販路を売り渡した博士はジェネリック薬品のもたらす利益の亡者であり、値段をどんどん吊り上げていって薬を必要とする患者たちに行き渡らない状況へ戻してしまっていたのです。
おまけに無茶な商売が祟って、警察にマークされ逃亡。そんなゴダゴダによって、チョンたちが切り拓いたジェネリック薬品の販路も途絶えてしまったという。
特にリュはジェネリック薬品が手に入らなくなったことで自身の病状も悪化。このことをリュの奥さんから聞かされたチョンは愕然とし力になろうとしますが、時既に遅し。リュは入院費で家族を苦しめることに絶望して自殺してしまうという悲しい展開に。
 
リュの葬式で久々に集まった仲間達を前にチョンは密売業務の再開を宣言。しかも、今度は利益度外視での販売。
それはリュに対する贖罪であると共に、今苦しんでいる人たちを救いたいという仁義の現れ。ただでさえバレたら表の事業がヤバイことになるのに、足りない分を表の利益で補填する辺り、その想いは本物です。喧嘩別れに近い形で解散したファミリーもリュの死を契機に再び集結するのです。

この辺りの文脈はやっぱり韓国映画の傑作『タクシー運転手』や『マルモイ』を思い起こす感じで、こういうガサツで現金なおじさんが本物の義侠心を持って奮い立つ物語ってやっぱり大好物なんですよ。
例に挙げた作品同様に、後半は見応えのあるカーチェイスや駆け引きもあってエンタメ性をドライヴさせていく構造なのも心地好い。最後まで本当に飽きさせない工夫が凝らしてあるのが素晴らしい心尽くし。

そして、何よりラストシーン。結局、チョンおじさんは犯罪者として捕まってしまうんですが、その護送中に何かに気付く運転手ら刑務官。突然速度を落とした車を訝しむチョンが外を見ると道一面に広がって彼を見送る白血病患者たち。そればかりか、チョンに敬意を払って皆一斉にマスクを取るのです。
ここの流れ、かなりベタではあるんですが序盤のチョンおじさんの発言を汲んだ上での展開がキマりすぎていて涙が溢れてきましたね……彼らの敬意に応えるモブの運転手の心意気にもグッとくるものがあります。
偽薬とされたジェネリック薬品が人々の役に立つように、偽物の思いは本物に、そして犯罪者として捕まったおじさんは義賊へと成ったのです。

ただまあ流石にマスクを外した患者達の中に死んだ仲間がいるというのは若干のあざとさは感じなくもないですし、皆でマスクを外すという敬意の表し方がコロナ禍の中だとどうしても(それはどうなのか…)って心の片隅でちょっぴり思ってしまうのは、ひたすらに公開時期の間が悪いって感じではありましたかね……いや、本国では2018年公開ですから、撮影時にコロナ感染の心配とかは一切なかった作品なんですが。念のため。
 
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