ヨーク

家族にサルーテ!イスキア島は大騒動のヨークのレビュー・感想・評価

3.8
個人的にめっちゃ面白かったしいい映画だと思うんですけど邦題には若干のタイトル詐欺を感じますね。邦題は『家族にサルーテ!イスキア島は大騒動』というものですがこのタイトルだけ見ると毒にも薬にもならないコメディ映画でちょっと笑ってちょっと泣けて、みたいなノリの映画を想像しちゃうと思うんだけど実際の本編は中々に毒々しかったです。もう俺はずっと独りもんでいいわー、家族とか親戚付き合いとか無理っすわー、と何度も思わせられる作品でした。原題は『A casa tutti bene』なので、俺のイタリア語はかなり怪しいけれど直訳すれば「家ではいい感じ」とかそんなニュアンスだろうか。その原題のニュアンスの方がやはり作品の本質には近いような気がする。
あらすじをざっと説明すると、ある老夫婦の金婚式を祝うためにその夫婦が住む島に一族郎党が招待されて儀式の後にお昼の食事会を経て解散となる運びだったのだが天候不良で船が出せなくなり、祝いのために集まった親戚一同は二日間も島の中に閉じ込められるのであった…というものです。殺人事件でも起こりそうなシチュエーションなのだが一応家族ドラマの作品なので殺人事件は起こりません。
まぁ殺人事件こそ起こらないが割と危機一髪なシーンは何度もある。その危機一髪さというのが非常に巧みであるある感を感じて笑いながらもげっそりとする感じなんですよね。例を挙げると一見順風満帆な夫婦と娘が招待されてやってくるけどそこの旦那の前妻と前妻との間にできた娘もやってくる。そんなん一堂に会したらギスギスするに決まってるだろ…と思うが最初は日帰りの予定だったから表面上は取り繕うんですよね。でも一緒にいる時間が長くなると不満が爆発しちゃう。また、出来の悪い落ちこぼれな夫婦がいて嫁さんが妊娠しているんだけどお金に困っていて親戚たちに仕事がないかと聞いて回るも邪険にされてしまう。もう一組の夫婦は旦那が成功したビジネスマンで嫁も旦那を立てるデキた嫁に見えるけれど、しきりに旦那が電話しているパリの取引先は実はパリの浮気相手だったりする。そういう一見まともに見える大人たちが集まってグダグダな様相を呈する群像劇なのでウディ・アレンとか三谷幸喜作品が好きなら多分本作もいけると思います。
ただ上述したようにげっそりした感じになるのは何ていうか血族という血の宿命のようなものの中でその負の面の方が多く描かれていたと思うんですよね。そこで冒頭に書いた邦題と原題の差異の違和感になるんだけど邦題の『家族にサルーテ!イスキア島は大騒動』はやはり語感として楽しすぎるんですよ。原題を訳した「家ではいい感じ」で示されている『家』というのは多分、親戚や一族郎党のことではなくてせいぜいが自分と嫁(もしくは旦那)とその子供といういわゆる核家族のことだと思うんですよ。つまり『A casa tutti bene』というタイトルは自分の影響力が強い身近なファミリーの中ではいい感じに生きて行けるけどそれが親戚一同にまで拡大されるといともたやすく破綻してしまうという皮肉めいた意味が込められているのかなと思いました。
そういう意味でもやっぱお気楽なコメディというよりもシニカルな風刺劇かなとも思いますね。別に登場人物が抱える問題も解決されるわけではなくて結論を先送りにされるだけだし、スッキリするようなエンディングではないと思います。ただそういう経済的にも人間関係的にも雁字搦めになった大人たちをよそに若い10代の男女だけが未来を希望として受け入れているのが凄く良かったです。そして老若男女を問わずにこの作品でもがいているすべての登場人物へのカウンターとしてアルツハイマーの初老の男性が配置されているのが本当に素晴らしかった。
過去の記憶は曖昧になり、10代の若者のように未来があるわけでもない痴呆気味のおじさんが周囲の悲喜こもごもをよそに「今晩はみんなが踊っているからいい夜だね」と言うのは最高に笑えて泣ける。
個人的にはもっと家族の良い部分も描いた方がバランスは良かっただろうと思うがこれはこれで面白かったですね。映画冒頭とラストのテンションの差異は単純に笑えるしね。
でもやっぱ俺は独り身でいいやと思いました。面白かった。
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