マンボー

マルモイ ことばあつめのマンボーのレビュー・感想・評価

マルモイ ことばあつめ(2018年製作の映画)
3.9
無理やり日本に併合され、母国語を使うことや、ハングルの書籍を出版することを禁止された第二次世界大戦が終わる1945年までの13年間に、それまでになかった朝鮮語の辞書を初めて作ろうとした朝鮮の、主に文人たちの労苦を描いた作品。

もちろん辞書を作ろうとしたことや、日本側の当局の眼をかいくぐって、深夜の映画館で密かに公聴会を開いたこと、代表とそれを取り巻く主要人物たちの存在は、おそらく史実に近いのだろうと思うけれど、本作の主人公にあたる、文字が読めず、悪い仲間とスリなどの犯罪を犯しながら食いつないでいた人物が、朝鮮語辞典の制作に関わったようなことがあったのかどうかはよく分からず、各エピソードが、どこまで史実か創作なのかの区別がつかず、脚本や脚色の良し悪しについて語りにくいのは、とても残念。

主人公の存在がやや悪目立ちする脚色、ひたすら真面目な代表の人物造形など、主要人物の性格等がやや類型的なきらいはあったものの、日本側から疑いの目で見られて、挫折感や無力感を感じながらも、折れずに息を吹き返して、民族の誇りと気高い志とを胸に、静かに己れと向き合い、恐怖にひるまず戦い続ける人びとの姿を描いて、なかなか感動的だった。

終盤まで全く泣かなかったのに、ラスト10分はどうしようもなく、かつては文盲だった主人公の健気さに胸を打たれて、どうしようもない気持ちになった。

日本の辞書は古くから他種に及び、当たり前にあるものだが、文字の文化は本当に民族によって大きく違いがあることは知っていた。ただそれにしても20世紀に入った頃まで、朝鮮に辞書が存在しなかったというのは意外だった。

また本作は、国内の有名作の脚本を手掛けているとはいえ、脚本家が初めて監督を務め、ところどころに女性監督独特のソフトすぎて抑揚に欠ける演出や、細部の論理的整合性に詰めの甘さが目につくものの、ストーリーとしてはかなり感動的で海外からの評価も高く、多くの国がすぐに買い付けた作品だというのに、加害当事国の日本ではなかなか買い付ける会社がなくて売れ残り、ようやく劇場公開され、観た人の評価は一様に高いにも関わらず、公開する劇場数や、興収が伸びないのは残念だと思う。

確かに日本軍や日本側の人間は、かなり暴力的に描かれているが、当時の時代背景や帝国主義思想や倫理観を考えれば、日本人のみならず、占領国側の国々というのは、なかなか寛容になりきれず、これに近いものだったのではないだろうか。また史実と誇張された嫌日教育とに歪みがあるにせよ、日本人がどう自分たちを肯定しようとも、占領、併合を受けた朝鮮の人々から見た率直な感覚はこうであろうという想像はたやすい。

謝罪や補償の話は別にして、自国を踏み荒らされた庶民の気持ちには、はるかに短期間とはいえ一時アメリカに占領されて、現代も施行されている憲法すら自分たちの意志だけでは作れない不自由さを経験したはずの我々が、相手の当時のみじめさにもう少し思いを寄せて、これ以上の反省はせずとも、少しでも自戒の念を持ち、本作に対してフラットに向き合う気持ちを持ってもよいはずだ。