平野レミゼラブル

燃えよ剣の平野レミゼラブルのネタバレレビュー・内容・結末

燃えよ剣(2021年製作の映画)
3.6

このレビューはネタバレを含みます

【史実同様に池田屋後の凋落が惜しい】
僕は日本史が大好きなんですけれども、そのきっかけになったのは大河ドラマ『新選組!』でして、そこから新選組関連の書籍を漁り司馬遼太郎に辿り着き、そこから色々と彼の作品を読みまくって今に至ります。
そもそも新選組自体が滅茶苦茶格好良いですからね!!幕末の動乱期、人斬りが跋扈する京都に突如現れ、ワケのわからない強さを見せつけた殺伐とした剣客集団。隊は十番隊にまで分けられ、隊長格ともなると全員個人としての力量も桁違いで、それぞれキャラも立っている。
少年漫画脳としてはもうこの時点でハマる素地しかなかったワケです。

まあ、未だ少年漫画脳のまま歴史に触れているため「沖田・永倉・斎藤を戦わせて勝敗つけさせてェなァ…」とか「幕末四大人斬りと近藤勇のドリームマッチやらせたら面白いよなァ」とか「土方歳三が五稜郭占領して北海道独立国作ったIF見たいなァ」とかの空想しかしてないんですが。
こちとら実写るろ剣でスーパー幕末大戦望んだ頭中学二年生ですからね。最近、和月先生が北海道編で新選組を掘り下げまくってくれてるの滅茶苦茶嬉しい。そして、服部武雄を永倉・斎藤を軽くいなす幕末最強の剣客として描く和月先生はやっぱりよくわかっていらっしゃる。

そして、本作は僕の歴史好きの源の一つである司馬遼太郎先生が、新選組鬼の副長・土方歳三を描いた名作『燃えよ剣』の2度目の実写映画版です。こちらも何回もコロナ禍で延期された上で、ようやくの上映。
ただ、僕としてはそこまで期待していた映画ってワケではなくて、まず単純にあの司馬先生の長編作品を一本の映画に収めるのが無茶ってことが一つ。この系統の映画化だとチャンバラよりも史劇を優先してしまって割と見応えがないってことが一つ。そして、原作で土方因縁の敵として文庫版下巻序盤まで出張っていた七里研之助が影も形も見当たらないのが一つ。

特に七里研之助は、司馬さんの初期作品でありがちな若干持て余しがちなオリキャラではあるものの、土方とは何度も闘い『燃えよ剣』を『燃えよ剣』足らしめている存在であるため、彼が不在ではただの土方歳三の伝記映画になってしまう恐れがありました。
一応七里もちゃんと出ることは告知されたものの、公式サイトなどでの扱いは因縁の敵にしては非常に小さく「もしやこれトシとお雪さん(彼女もオリキャラ)の馴れ初めのためだけに存在してるのでは?」と訝しんでしまいました。
むしろ新選組序盤の壁であり、キャラ的にも重要ではあるけれど、原作では「暗殺は迅速に行われた」程度で処理された芹沢鴨がポスターでもメインとしてデカく映っているのが不可解で「やっぱりこれ七里の役割を芹沢の方に統合させようとしてない?」と危惧するレベル。
そのため司馬さんの『燃えよ剣』の実写化としてではなく、岡田准一が演じるトシのキレキレの剣術だけ楽しむかぐらいにハードルを下げて臨みましたが……


なんと意外や意外。結構忠実に司馬遼太郎の『燃えよ剣』をやってくれていました。
トシの序盤の想い人である佐絵などはオミットされてお雪に統合されたりもしていましたが、概ね原作にあったエピソードは拾い集めて映画に組み込んでおり、メインとなるキャラクター達も全員イメージ通り。トシは冷徹な組織改革にのめり込むインテリヤクザだし、近藤は人間的魅力に溢れているけど知識人にあっさり酔心してしまう俗物、沖田は人懐っこいけど笑顔で人を斬り殺す性格破綻者、山崎丞はお喋りな関西人で、山南はいくらなんでも司馬さん嫌いすぎて悪く描きすぎ……という具合に都度原作に忠実な人物像として描いていました。
司馬さんは史実上のキャラクター付けが非常に巧く魅力的でして、現在の新選組メンバーのキャラクターてのも全て司馬さんが築き上げたものと言っても過言ではないのでね。歴史を学ぶ時には邪魔になる司馬史観ですが、こうした実写化で変に漂白化せず忠実にやってくれるのは非常に嬉しいことなんですよ。

物語としても変に漂白しなかったことには好感を覚えます。特に絶対オミットされると思ったバラガキ時代のトシが夜這いに出かけるシーンもちゃんと描かれますし(実際にトシは夜這いまではしませんでしたが)、そこから七里との因縁が生まれるのも原作通り。
芹沢暗殺の際は愛人お梅も巻き込んで凄惨に殺すなど、新選組の面々を変に良い子ちゃんにせず描いた部分も良かったです。僕は『新選組!』はかなり好きな大河ドラマではありますが、時に近藤を始めとした新選組を良い子ちゃんに描こうとしている部分は納得いってませんでしたからね。この辺りはしっかり血塗られた幕末の雰囲気を醸し出しています。

そして、その暗殺された芹沢鴨。土方の策の前に結構あっさり暗殺されたのは原作通りですが、それまでの流れは司馬さんの別作品である『新選組血風録』の「芹沢鴨の暗殺」を参考にしていたのが嬉しいところ。
『新選組血風録』はマイ・ベスト・司馬遼太郎指定の傑作短編集でして、それこそ『燃えよ剣』以上に食い入るように読んでたから思い入れが深くてですね、そっちから引用されると個人的に滅茶苦茶嬉しいんですよ。そのほか、山崎丞のキャラクターは「池田屋異聞」、沖田の愛刀に対する思い入れは「菊一文字」から引用している節があります。さらに細かくみると芹沢暗殺後に粛清された2人は「長州の間者」、沖田のロマンスは「沖田総司の恋」、土方と山南の会話の中で触れられる妻を残して士道不覚悟で切腹した隊士は「胡沙笛を吹く武士」、源さんが若手隊士2人と絡んでいるのは「三条磧乱刃」からの引用か。

こちらは大昔読んだきりなんで断定できませんが『新選組血風録』以外の司馬作品からの引用もあったやも。言及だけされる薩長同盟の際に交わされたという龍馬・木戸・西郷の会話の内容は『竜馬がゆく』、岡田以蔵は『人斬り以蔵』、徳川慶喜は『最後の将軍』といった感じに。そもそも以蔵と慶喜は原作『燃えよ剣』じゃ出番がなかったり、名前だけ出てくる程度の役回りですしね。
慶喜のキャラクターは『組!』の今井朋彦のような怪演を山田裕貴くんが魅せてくれて、個人的な慶喜像とは大きく異なる(『八重の桜』における小泉孝太郎の有能だけどその持てる才能の全てを保身に費やす「この野郎…!」って感じの人間味溢れる慶喜像がベスト)けど楽しかった。

そのほか、土方歳三vs岡田以蔵のドリームマッチやら、名前は出ないけど誰だかハッキリわかるモブ隊士(島田魁が島田魁すぎる)、有名な浅葱色のダンダラ羽織はコスプレみたいで不評だったから隊士は専ら黒い地味目な隊服を着ていた史実ネタなど、歴史ファンをニヤリとさせる要素も詰まっていたのが嬉しすぎて楽しんで観ていました。
何より岡田准一演じる土方歳三のケチのつけようがない格好良さですよ!!副長という立場上、そこまで率先して剣を振るうワケではないけれど、要所要所で流石の殺陣のキレを魅せてくれて場を引き締めてくれるのが正に鬼の副長の貫禄。
鈴木亮平の近藤局長と並ぶとその小兵っぷりは目立ちますが、その眼光鋭き油断ならぬツラの良さで完全にカバー。というか史実上のトシのイケメンっぷりに全く劣らぬイケメン具合ですからね。
やっぱり岡田准一は「軍師」の黒田官兵衛とか「参謀」の石田三成とか「算術師」の渋川春海とかじゃなくて、こういうバリバリの武闘派指揮官を演じさせるべきなんですよ!本来は!!

ところどころに北野武版『座頭市』を思わせる新選組ダンスや、クラシック曲を流しながら池田屋での死闘を描くなどの異次元のセンスこそあったものの、上記の数々の嬉しい引用もあって池田屋事件までは純粋に楽しめました。そう、池田屋事件“までは”……
古今東西の新選組モノの例に違わず、哀しいかな岡田版『燃えよ剣』も、池田屋事件以降は急激に失速し始めてしまいます。まるで史実上の新選組をなぞるかのように。


純粋に新選組崩壊パート入ってからダイジェスト気味なんですよね。
本作、ただでさえ内容詰め込んでるから登場人物全員が早口なんだけど、後半に入ると史実上の説明を登場人物達が超早口で捲し立てるだけの場面が頻発されるんでスピードラーニングでもやっているような感覚に陥ります。
特に不可解に感じたのが、山南切腹後に伊東甲子太郎が御陵衛士を結成する流れを、お雪、近藤つね、糸里という女性陣の茶飲み話の一環で処理したこと。新選組トップ3の女ではありますが、これまで全く接点がなかった3人が一緒に茶を飲んでいる絵面も謎ですし、新選組の内部事情をこの3人が語り合うってのも相当な違和感。そもそもつねさんは京都に上ったことがないんじゃないでしたっけ?

前半部分にネームバリュー高いキャストを集中させている辺り、製作側も後半に息切れ起こすことはわかっててやっていたような節もありますね。言っちゃなんですが、前半ボスの芹沢鴨・伊藤英明に対して、後半ボス伊東甲子太郎・吉原光夫というのはどうにも格落ちというか……詩吟が巧いという設定に合わせてミュージカル俳優使って美声を響かせる意図はわかるんですがね、いかんせんダイジェストだからキャラも弱いんだ……
他にもキャスト欄トメグループである高嶋政宏、柄本明、市村正親なんかはいずれも前半に1、2シーンだけ出るチョイ役なので、この辺りからも後半への物語の比重の置き方の軽さがわかるかと……やろうと思えば、大鳥圭介とか榎本武揚とかネームド俳優据えるに相応しい人物も出せる筈なんだけどね。まあ、そこら辺は映画じゃ尺が足りないんでそもそも出せる気もしなかったですが。

その為、後半戦は完全な消化試合ではあるのですが、よりにもよってその消化試合に『燃えよ剣』を『燃えよ剣』足らしめているオリキャラまで巻き込まれてるのが何とも締まらない。トシとお雪さんとのロマンスは、原作では後半に比重が置かれているのですが、初登場を前半に早めた映画版においても同じように後半で大きく展開することになるのでダイジェストの波に飲まれてちっとも盛り上がらないんですよ!!
それでもまだお雪さんはトシの想い人という役割があるからまだ良い方で、最も煮え切らない結末となったのが七里研之助。彼は原作では下巻に入ったところで遂にトシとの因縁に終止符が打たれて死ぬ役割を持っていたのですが、映画版の彼はというと池田屋で原作同様に腐れ縁に決着がついた……と思ったら片腕を失ったものの生き延び、新政府軍の一人として明治維新を迎えちゃってるんですよ……えっ……なんで……?

別に七里に原作とは違う役割を持たせているならこの結末でも納得はいくんですが、困ったことに映画版七里、延命させてまで持たせた役割ってのが皆無なんですよね。沖田との会話でどうやら生きているらしいってことが告げられ、その後何かしらで関わることになるのかなと期待させておいたにも関わらず。
土方歳三はおろか、新選組と関わることもない。ただ、最後に新政府軍代表みたいなツラして出てきて、容保やお雪さんと会話するだけ。何というか何かしらに使えるやろって感じで生かしておいたけど、思いのほか関わらせるタイミングないままズルズルと延命させていたらうっかり維新迎えちゃった感じのライブ感。原作でも若干持て余していた節がありましたが、映画版はそれ以上に持て余しちゃっています。たまに司馬さん、こういうことやらかしますけどね。『功名が辻』の六平太とか……
この映画版七里研之助、本作が抱える後半部分の問題点を凝縮した、ある意味一番本作らしいキャラクターかもしれません。

というワケで、前半部分は確かな原作再現や、ネームバリューあってハマり役な俳優陣の迫力ある剣戟、他の司馬作品から引用していく遊び心などが感じられて中々面白かったんだけど、後半になるにつれて早口&詰め込みすぎダイジェスト、俳優陣の層の薄さ、お雪さんとのロマンスが中途半端、七里研之助の謎の持て余しっぷりなどといった粗さが出まくる作品となっていました。
やっぱり司馬さんの長編作品を映画1本でまとめるのが無茶なんじゃないかなァ……ってのが身も蓋もない結論ですかね。芹沢鴨との決着を見せ場に持ってきて、池田屋で終幕ならまだ収まりが良いのだけれども。
ただ、それでも前半部分は詰め込んだが故の面白さってのは感じられ、久々の新選組作品としては楽しめました。


あっ、あと最後にツッコもう…と思いながらも、ツッコめなかったことをツッコませてもらうね!!


源さんいくらなんでもジジイすぎんだろ!!!!!!!!
試衛館じゃ年長だけど、それでも初登場時アラサーだぞ!!!!!!!!
享年も40くらいなのに、演者が73歳なのは流石に老け過ぎだぞ!!!!!!!!!!!