平野レミゼラブル

フォードvsフェラーリの平野レミゼラブルのネタバレレビュー・内容・結末

フォードvsフェラーリ(2019年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

メカニック!レース!!男の友情!!!
なんかもう予告の時点で、なんならそれ以前に『フォードvsフェラーリ』という直球のタイトルの時点で「こういうの好きだなシンプルで。ソースの味って男のコだよな」って感じだったんですが、実際に観てみたらやっぱり期待通りの男のコ味で、でもそれ以上に盛大に情緒を揺さぶられ堰を切ったかのように号泣していました。ちょっとこれはヤバイです。メカニックの音響、レース映像の迫力は勿論凄すぎるんですが、それらが男の友情部分をさらに増幅させて叩きつけてくる。そして、その友情の帰結があまりにも気高くて、ズルくて、悔しくて涙が止まらないんですよ……!「無言の男の詩があった――奇妙な友情があった――」なんですよ……!「僕はついてゆけるだろうか 君のいない世界のスピードに」なんですよ……!
 
 
本作で一貫してるのは「ガキみたいな奴は強い」ということ。我儘言い放題、自分が気持ち良いことが絶対、エゴの塊、永遠の夢追い人、そんな「男のコ」の存在が際立つ。
クリスチャン・ベイル演じる凄腕のドライバー、ケン・マイルズなんてその筆頭ですよ。45過ぎた良い大人なのに、自分の意見が絶対で協調性というものがない。だからこそ客ともすぐにトラブルを起こすし、優秀だが扱いづらいという評価を受けて大人の社会からは孤立してしまう。それでも、子供みたいに無邪気にはしゃぎながらレースに興じる姿が魅力的だし、実際に愛息子のピーターと一緒にはしゃいでいるところはほっこりする。もう開幕から彼に惹かれまくる。今回もまた本人に寄せまくったチャンベーの気合の入りようがとんでもない。偏屈だが無邪気で、気が付けば大好きになってしまうマイルズの魅力はそのままチャンベーの演技の魅力でもある。あの無垢な笑顔も、煽り顔も、達観したような表情も全てに心奪われる。
心臓病からドライバーを引退したカーデザイナー兼自動車売りのマット・デイモン演じるキャロル・シェルビーもそんなマイルズに、憧れと理想に似た感情を抱いたのだろう。
 
この2人の殴り合いの喧嘩まであるのも、完全に男のコの映画って感じで最高。マイルズの奥さんは「生活は苦しくても好きなことを諦めない夫が好き」っていうイイ女なんだけど、この喧嘩は外に椅子を持ち出して雑誌を読みながら悠々観戦という具合にドライなのも面白いし、単に夫に従順ってワケではないのを示しているのも良い塩梅。というか俺もチャンベーとデイモンの喧嘩なんて特等席で見たい。この男のコの世界を女性の目線から相対的に馬鹿馬鹿しくしているのも良いですね。聖域って感じすらある。
 
そもそも『フォードvsフェラーリ』に至るまでの流れだってガキの喧嘩で馬鹿馬鹿しいですからね。フェラーリは破産してまでも理想の車作りに邁進したいし、だからこそ美学のない大量生産のフォードが好きではなく物凄くコケにしながら合併を破談にする。フォードはフォードで意地の張り合い(+言っていない「デブ」までアイアコッカくんが勝手に付け足した悪口群に腹を立てる)で「ル・マンで負かす!」と息巻く。どこからどこまでもガキの喧嘩。馬鹿馬鹿しいまでの男の世界。
 
ある意味で似た者同士ともいえる企業自体の争い自体はともかく、本格的にシェル&マイルズがフォード社の開発に携わるようになってからは、新たにこの企業上層部という壁が浮かび上がる。題名こそ『フォードvsフェラーリ』だが実際のところ、比重は『フォードvsシェル&マイルズ』ってくらいに身内が足を引っ張りまくる。これは大人になれと諭す大人との対立軸であり、男のコたるマイルズは突っぱねまくる。シェルの胃は死ぬが、結局男のコの喧嘩を通して完全な男のコになるので、上層部相手に生意気な口を叩いて堂々渡り合っちゃったりする。
本作はこの辺りの対立軸を成り立たせるための史実の改変が多く、特にマイルズが65年のル・マンは外されたというのが嘘というのには驚く。本来ならばここは史実ベースにル・マンに挑んだが敗北、翌年リベンジを果たすといったスポ根風の物語展開にしても十分に面白かった筈だ。しかしそこで大きな嘘をあえて吐き、「男のコの世界」を強調していったのだ。本作のこの『大人の世界vs男のコの世界』を敢えて貫く姿勢が後半の展開に繋がっていく。
 
まあその煽りを受けて副社長のレオ・ビーブが完全な悪役の立ち回りになってしまったのはご愁傷様ではあるんだけれども…史実の彼は確かにマイルズと仲は悪かったみたいだけど、人材登用のプロフェッショナルと呼ばれるレベルには優秀だったみたいだし、最後のあの指示についても「あんな結果になるくらいなら指示しなかった」と後悔したくらいにはレーサーにも寄り添えた人物ではあったみたいなので……
でも、逆にビーブの悪役ムーヴのおかげで本作の良い場面がいっぱい出来たのも事実。彼がいたからこそマイルズのリベンジに更に重厚な意味がもたらされたし、シェルが「俺のドライバーに手を出すな!」と啖呵を切るエモーショナルな展開が生まれた。フォード2世を車で乗り回す件の道化っぷりや、2世が男のコの世界に入門しちゃうのには大爆笑。なんか要所要所で注進しながらも、まあ上手くやってくれやムーヴ決め込んでるアイアコッカくんより個人的に好感度は高い。ちゃんと必要ある悪役としてキャラが際立ってるんだよな。ただ、皆さんは史実のビーブ副社長はそこまで嫌な奴ではなかったということを覚えてやってください。
 
 
レースシーンに関してはもう、何も言うことはありません。ただ、ただ、素晴らしかった……!響き渡るエンジンの爆音、臨場感溢るるスピード、雨天・土煙・闇と一寸先がわからない緊張感、カッチョイイメカニック、タイマーを貸借したりナットを転がす盤外戦術(爆笑)、7000回転を振り切るメーターという最高にCOOLな演出。これらの全てが男のコの世界の魅力にバフを掛けていく。
本作のこの撮影がほとんどCGではないのにも驚く。だからこそ可能になったあの迫力にはもう脱帽しきり。メイキング映像なんかを見てると、自動車射出機とかいう意味の分からない車輛が出てきてブッたまげる。なんか!なんかスポーンって車が飛んだ!!
 
そんな興奮冷めやらぬ中、水差し野郎ビーブ(史実では良い人)がまたしても「三着同時ゴールにするため減速しろ」と大人の世界から口を挟んでくる。シェルはブチ切れ、全てをマイルズの持つ男のコのエゴに託すことに決めた。マイルズは当然トップを独走、誰にも辿り着けない7000回転の世界へと突入する。「H・A・P・P・Y おいらはハッピー わぁい!」とガキのはしゃぎようだったマイルズだったが、誰もいない孤独な空間でふと考えを巡らす。
そして減速。
男のコの世界への満足。
大人になることを、自らの魂で決めたのだ。
もうここで号泣。息子のピーターは理解できないが、奥さんは「彼が自ら決めたのよ」と肯定する。ここでさらに号泣。
 
誰よりも男のコだったマイルズの悟りを経て、物語は綺麗に決着を見せる……と思ったら、そこでは終わらせてくれなかった。
なんとビーブの策略(史実では知らなかったし後悔)で、マイルズは優勝できず2着止まりという結果に終わってしまったのだ。完全なる男のコの世界の敗北。資本主義ならびに大人の世界の勝利。悔しかった。ここに来てマイルズがこんなくだらないことで敗北してしまうところなんて見たくなかった。ここで悔し泣き。感情グチャグチャ。
 
しかし、結果を受け止めたマイルズの「次がある」に救われる。そして盛大な優勝こそ逃したものの、敵対していた筈のもう一人の男のコ・フェラーリからの静かな祝福。これを受けて大人になることを決めた彼らはまたしても男のコに立ち返る。男のコの世界は復活を遂げた。彼らはこれからも笑い、はしゃぎながら見果てぬ夢を追い続ける。そう信じていた。そう、そう信じていたのだ。
 
男のコに戻ったマイルズはひた走る。周囲にはシェルやフィルといった仲間に、最愛の息子。いつもと変わらないサーキット。そして突入する7000回転の世界。そこで彼は問い掛けられる。
 
「お前は誰だ」
 
爆音。
彼は遂に誰も追いつけない自由な世界、7000回転の向こう側へと旅立ってしまったのだ。その瞬間、僕の心にポッカリと穴が開いてしまったのです。
 
なんて気高い最期なのだろう…
 
なんてズルい旅立ちなんだろう……
 
なんて…なんて悔しい結末なんだろう……
 
勝って欲しかった…これからも変わらず男のコのままで夢を追いかけ続けて欲しかった……そして挑戦して、戦って、勝って欲しかった……最後まで勝つことなく、旅立ってしまった事実に悔し涙が止まりません。
 
場面が変わって、シェルの店。男のコに立ち返ったままマイルズを喪ったシェルの心境は、完全に観ている自分とシンクロしていました。我儘を言って自暴自棄になるしかない置いていかれた男の表情を表すマット・デイモンの演技が秀逸。同じ夢を追いかけていたフィルにすら「いい加減大人になれ」と諭されますが、諦めきれない気持ちが画面から痛いほど伝わってきます。
 
しかし、シェルはそれでも大人になるのです。何故なら、馬鹿げた男のコの夢を伝えるべき、本当の男のコがいるのだから。シェルはマイルズの存命中のように彼の家に立ち寄り、最愛の息子であるピーターに2人の夢の象徴たるレンチを託すのです。かくも美しき「黄金の継承」に涙。ピーターから2人の関係を「友達」と再認定され、車中で静かに泣くシェルにもらい涙。そして涙を振り払うかのような冒頭のリフレインめいた発車で完全に感情がバグり、続く本人の写真を交えたエンドロールで泣きながら放心していました。
ちなみにピーターは男のコの夢をしっかり受け継ぎオフロードレーサーとして活躍、本作のプレミアにも参加したそうで、その事実にもグッと来ます。
 
ラストまで観てこの結末には「納得」しかありませんでしたが、でもなぁー…それでも俺はマイルズに勝って欲しかった……!!それだけ悔しい気持ちでいっぱいで、でもそれはそれだけこの作品内でのマイルズに魅せられていたからということ。あまりに見事な「男のコの世界」を構築していた本作の完成度の高さが如実に現れていたと言えるでしょう。
 
もうね、今年は1月から年間ベスト級の映画がポンポン出ているおかしい年なんですけど、俺はもうこの『フォードvsフェラーリ』を年間ベストにすることは決定しましたからね。マイルズにはもう負けて欲しくないという気持ちが強く働いている。だからこそ、本作で描かれたル・マンの対決を追ったドキュメンタリー『24時間戦争』を早速鑑賞して理解を高め、さらに意志を盤石にすべくドルビーシネマで再鑑賞(音量の迫力がダンチ!)して回転数を上げまくりましたからね!!『リチャード・ジュエル』も『ジョジョ・ラビット』も『パラサイト』も最高だったけど、それでも首位は『フォードvsフェラーリ』!!もう完全に男のコになっちゃったからね、これから先どんな傑作が出てきても抜かしてやったり並走なんてさせてやるもんか!!!
 
傑作!!!!