ヨーク

はちどりのヨークのレビュー・感想・評価

はちどり(2018年製作の映画)
4.3
何かめっちゃ評判がいいらしい、ということだけ聞いていて劇場に行ったのだがまぁ下馬評通りにいい映画で、でも実にいい映画であること以上に俺には刺さったので普通に良かったとか素晴らしかったとかそういうことはあんまり言いたくない。そういう映画でしたね。『はちどり』という作品は。
冒頭の20~30分ほどできっと同世代の監督だろうなと思った。エドワード・ヤンとか岩井俊二が好きで10代から20代前半の多感な頃に観たんだろうな、と。極めて私的な物語でありながらロングショットを多用して必要以上に登場人物に感情移入させずに、そこにいる人間も含めた風景として撮っているようなシーンが多かったのは上記した二者の影響じゃないだろうか。観劇後に監督名をググったらドンピシャに同い年どころか月日まで同じでびっくりしたよ。一気に他人事ではない映画になってしまった。もう俺の映画と言ってもいいんじゃないだろうか(どんな理屈だ)。
舞台は94年の韓国。主人公は14歳の少女。俺は日本生まれの日本育ちですが94年にそういう思春期な時期だったということは一致するのでそこもまた他人事ではない。しかしまるで自分のことのように観てしまうというのは何も監督と同級生だからというわけではなく、この映画にはある程度の普遍性が備わっているからだと思う。それは上でも書いたように、極めて私的な物語でありながら普通の人の普通の出来事が描かれているということであると思う。普通の人の普通な映画を撮ったって正直面白くないだろうと思うけれど、それも上記したように本作は普通の人を人ではなくてまるで風景の一部のように描いているんですよね。だから映画として成立するし最後まで飽きずに観れてしまう。もちろん、要所要所では人間としての登場人物のドラマも立ち上ってくるのだから非常に完成度の高い映画だと思いますよ。
しかし色んな要素を内包した映画だと思うけれどこれといってメインとなる突き抜けたものがないような感じもするんですよね。たとえば本作で主に描かれる家族たちも中流の下の方かなってくらいの家庭環境で間違っても金持ちではない。その構図で直近で同じ韓国映画なら『パラサイト』みたいに社会格差を描くのかなとも思ったが別にそうでもない。そしてその家庭内(というか韓国は日本以上に家父長制の名残が強いと聞くので特別な家庭というわけではないのかもしれないが)では親父が絶対的な強者として振る舞うのでそういう男性社会に対するウーマンリブやらガールズ・エンパワーメント的な作品かとも思ったがどうもそういう風にも物語は転ばない。何ていうかそこまで追いつめられていないんですよね。
金持ちではないけど両親はちゃんと仕事してるし、学校でも孤立していて仲のいい友達もそんなにいなけれど肉体的にも精神的にもイジメを受けているというわけでもない。異性として好きなのかどうか分からないけれど一応ボーイフレンドもいるし、首筋にできものができたら両親はそれなりに心配してちゃんと通院もさせてくれる。漢文の塾には夜中にこっそり抜け出して遊びに行く仲のいい友達もいるし、尊敬できる素敵な先生もいる。上手くいかないことや将来への不安はあるけれど、なんだ、結構いい感じの中学時代を過ごしてるじゃないか、と思うんですよね。書いてると普通よりも恵まれてるんじゃないか、こいつ、という気もしてきた。でもその普通さはいつぶっ壊れてもおかしくない普通さなんだよ。この映画のテーマに即した言い方をすれば家族や学校や友人といった関係性には内部だけではなく外部もあって、実は自分の気持ち一つでそこを往還するのは思いのほか簡単なんだけれど本当に誰にもどうしようもない事故が起こるときはある、と言い換えてもいいかもしれない。ちょっとしたすれ違いでお互いの関係が断絶してしまうことはあるのだ。
ただ、出来上がっているコミュニティがあるときに片足だけでもその外部に踏み出すと今まで内部で当たり前だとされていたことに疑問を持ったりするわけです。本作は主人公のウニが半ば無意識的にその外部に一歩踏み出す物語なのだと思うが、彼女は別にかつて自分が住んでいた世界を唾棄すべきものとして捨て去るようなことはしないんですよ。そんな劇的でドラマチックなことは起こらない。やはりそれがこの映画に普遍性をもたらしているのだと思う。
あと作劇的な技術としては、ほんのちょっとした映像からその人間が見えてくるという映画的演出力は凄まじいと思いますね。ウニがほんのり両親に心配されたときとかセリフは一切ないけど、うれしいんだなっていうのが伝わるんですよ。また、子供目線で両親が喧嘩した翌日にケロッと仲直りしてる不可解さとかが空気感として伝わってくる。思春期的なあるあるかもしれないが他人が全員バカに見えてしまうような感じとか、その矢先に他人に助けを求めてしまう情けなさとか、そういうのいいですよね。
今にもぶっ壊れそうなのに中々壊れない家族の姿とか最近描かれた架空の家族像の中では最高に好き。それは裏を返せばいつぶっ壊れてもおかしくない破綻を秘めているんだけど、みんなそういう境界で生きてるんじゃないですか。だからこそ此岸と彼岸をつなぐものがぶっ壊れてしまったときにそれを見つめる視線にはあらゆる感情が宿るのだと思う。
ラストシーンすげぇ良かったよ。個人的にはウニが居間で飛び跳ねてるシーンが一番好きだけど。
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