平野レミゼラブル

シャン・チー/テン・リングスの伝説の平野レミゼラブルのネタバレレビュー・内容・結末

4.6

このレビューはネタバレを含みます

【一人の武侠の時代が終わり、一人のヒーローの時代へと継承される――】
「ウオオオオオオオ!!」
なんか地下格闘技に勤しんでいるウォン師父
「次からは練習通り顎を狙え」
さりげなく八百長してるウォン師父
「シャン・チーはいるか?」
突然現れて人の酒を一気飲みするウォン師父
「今日はゆっくり休め」
「「からのぉ~?」」
徹カラで熱唱するウォン師父

ウォン師父やりたい放題だな!!!???
確かにIWの時点でツナメルトサンドすら買えぬ程に金欠状態だったけど、だからといって地下闘技場で金稼ぎするか!?
あと対戦相手アボミネーションだったのかよ!?もうティム・ロスの面影微塵もないな!!というかなんでお前ウォン師父と一緒なの!?というか仲良さげに何やってんの!?

ほかMCU作品との繋がりがエンディングのバナー博士(常時ハルク化解除されたんだね)とキャロル除けばウォン師父のみだったけれども、そのウォン師父がやりたい放題すぎてやたら印象に残るMCUフェーズ4の2作目です。
フェーズ4第1作目『ブラック・ウィドウ』がエンドゲーム以前の過去篇だったことを考えると、『ファー・フロム・ホーム』以来のタイム泥棒後の世界というワケで、この『シャン・チー/テン・リングスの伝説』こそ、実質的なフェーズ4の始まりと言っても良いかもしれません。なんてったって、フェーズ4からの新ヒーロー、シャン・チーの記念すべきデビュー作でもあるのですから!!


https://twitter.com/28kawashima/status/1431988448945065984

その割に初日観賞は『科捜研の女-劇場版-』に敗けて譲りましたが、まあそれはそれ。


まず冒頭から『レッドクリフ』を思い起こす武将姿のトニー・レオンでニッコリしてしまったのですが、そんな彼が単騎敵陣に突っ込み、伝説の武器テン・リングスを使って敵兵をなぎ倒す真・トニーレオン無双としか言えない映像でニッコリ顔は満面の笑みに。
あのアジアの大スタートニー・レオンがひたすら無双する絵面をいきなりドーン!!と見せられると否が応でもテンションアガッてしまいますね!!
感覚としては日本の大スター真田広之が冒頭からニンジャとして無双する『モータルコンバット』観た時の感覚に近いというか。「かつての大スター」「アジア代表」「なんかよくわからん歴史」の3つの相乗効果は凄まじい。
だからこそ、今すぐMCUは真田広之を大ヴィランに据えた作品も創るンだ!!『エンドゲーム』のアレじゃ、到底納得出来ねェーからな!!もっとなんか強くて偉大で口から火炎放射吐く感じの役を真田広之にやらせてリベンジしろ!!!!!

聞くところによると、テン・リングスの所有者はこの絶対の力と不老不死を身に付けるとのことで、トニー・レオン演じる男は千年もの間、己の欲望を満たす為だけに侵攻と征服を繰り返しているようです。彼が率いる軍団はいつしか「テン・リングス」を名乗り、世界の表舞台でなく、裏で暗躍をして支配する方向に。これこそがMCU1作目『アイアンマン』でテロを指揮し、以降も世界のあちこちで影響を及ぼしていたテン・リングスのルーツ。
その首領はアメリカではマンダリンと呼ばれていましたが、それすら数多くあるその男の名前の一つに過ぎず、そしてその男は名前が安定しないように、世界をいくら支配してもその心の虚無が満たされることはなかったのです。

しかし、テン・リングスの更なる力を求めて訪れたター・ローの村で男はイン・リーという運命と出会う。彼女はター・ローの守護者で、テン・リングスの強大な力を体術とそれによる気の操作のみで圧倒。男はそこで千年もの間満たされることがなかった感情が芽生え、そしてそれは次第に愛に姿を変えていきます。
これまで圧倒的な力でどうにかしてきた男がどうにもできず、あまつさえ力で圧倒すらしてくる女は文字通りの「おもしれー女」なのでしょう。そして、そんな彼女との闘いは『バーフバリ 伝説誕生』で描かれたような「殺し愛」。この辺はもう理屈じゃありませんね。殺し合いが次第に踊りのようになっていって、お互いに惹かれ合う通過儀礼になっている。
そして2人は結ばれ、子供も成し、その子供に昔語りをしている母イン・リーの姿から話は現代へ。いよいよ新ヒーローシャン・チーの登場です。


最初、シャン・チーの役者が発表された時は地味だなんだと結構な不評がありましたが、まあ確かに演じるシム・リウはこれまで小さな出番しかない無名の俳優であり、華のある感じではありません。なんせお仕事の一つがストック写真のモデルですからね。モブ顔でないと出来ない仕事。
実際、映画でもシム・リウの地味さは自覚しているのか、初登場時は暗くなった部屋でのトレーニングで顔がよく見えず、次にドーン!とイケメンアジア人が高級車から降りてきた…と思ったら、彼が入るホテルの駐車係こそシャン・チーというギャップオチを見せてくるレベルです。
冒頭でトニー・レオンという大スターの大活躍を魅せてきただけに、そんな彼の息子という役にしてはうーん…って感じなファーストコンタクトってのは否めない。

でもね、考えてみて欲しいのはですよ、これまでハリウッドも認めてきたアジアのスターってのは最初から華があったのかって話なんですよ。
ブルース・リーも、ジャッキー・チェンもハリウッドでも大人気のアジアンスターですが、失礼を承知で言うならそこまでパッとするようなお顔というワケではありません!しかし、それでも彼らは著名なハリウッドスターに監督達から敬愛されているし、神聖化もされている。それは何故かって言うと、彼らが魅せてきたキレキレのアクションという実力があるからなんですよ。

では、シム・リウはというと、予告でもかいま見せた最初のバスアクションから魅せてくる実力がもう物凄い。
狭い車内を立体的に移動しつつキレキレなカンフーを仕掛けたかと思えば、横軸の2人を同時に倒すケレン味のある飛び蹴りを披露。さらに走るバスの窓にしがみつき、そこから軽々天井に飛び移り、その後も全く衰えることのないキレ味で敵をのしていく。
コンパクトな軍隊式格闘と、派手に展開するカンフーでジャンルこそ違いますが、僕が肉体系MCUアクションで最高峰としている『ウィンター・ソルジャー』以上に興奮のアクションがバスの時点で展開されていたので、この時点でもう「シム・リウ最高…!」ってなりましたね。正に先人達同様に実力で黙らしていくストロングスタイルの演出。

オークワフィナ演じる友人のケイティとのやり取りも軽妙で面白く、彼女との男女間での確かな友情が感じられる関係性や、なんやかんやゴタゴタに巻き込まれても順応して戦う手段すら身に付けるケイティの強さと潜在能力にはトキメキいちゃいますね。破天荒ながらも、しっかりシャン・チー個人を見る悪友ポジションのサイドキックとして非常にしっかりしている。
シャン・チー自身もかなり魅力的でして、世界の支配者たる父から暗殺技能を教わり鍛え上げられながらも、本人は争いを好まず、そんな道を押し付ける父親に対しても反感こそあれど、それでも逆らってしまったことへの罪悪感もあるくらいに心優しい性格。いざ戦えば滅茶苦茶に強く、やる時はやるため、しっかり地に足付けた高潔さで好感しかありません。正に嫌味のない古き良きカンフーマスターって感じでとても良い。

途中でやはり兄同様に父の下から去り、地下闘技場の女帝として君臨していた妹シャーリンとも合流し、高層ビルアクションという迫力の映像を魅せたところで遂に父にして「テン・リングス」首領たるトニー・レオンが姿を現す。実の子相手でも刺客を繰り出してきた辺り、最早かつて愛した女をも忘れた悪党に成り果てた…と思いきや、「部下達には絶対倒せないと忠告していた」「久しぶりに家に帰ろう」とやたら親密。
実のところこの男は、息子達が家出したことはそれなりにショックだったものの、その動向自体は把握しており、それでも今日まで干渉してこなかったのは彼らの自主性を重んじたからというように、悪の組織の首領としてはかなり寛容です。
それどころか今は亡き妻のことも変わらず愛し、久しぶりの一家団欒でとてもにこやかな笑みを浮かべる男はただの父親でしかない。彼にとって妻リーを愛する気持ちも、その忘れ形見であるシャン・チーとシャーリンを愛する気持ちも紛れもない本心であり、そこに千年もの間ひたすら心の虚無を埋めようと侵略を繰り返した支配者の姿はないという。

ここに来て、冒頭でのリーの語りの意味が変わっていきます。
最初は大ヴィランたるテン・リングスのマンダリンがいかに強大な存在であるかを伝えるものかと思われましたが実態は真逆で、強大な存在どころか千年にも渡って虚無性を引きずっていた一人の哀しき男が愛によってどれだけ救われたかということを示す純正な家族の物語だったのです。
千年もの間、争いと支配に明け暮れ、世界を手中に入れながらも決して満たされることがなかった男が、たった一人の女によって満たされた幸福。遂に愛すべき妻と、後世に遺すべき子供を得たその男は、支配者の地位と強大な力に不老不死をも捨て去り、ウェンウーという個人になります。
しかし、自らがこれまで犯してきた悪業の清算として、自らを狙う刺客が現れてしまう。リーはシャン・チーを守護るために闘い彼の前で命を落とし、このことを知ったウェンウーは再び虚無の男に戻ってしまう。男がそれまで歩いてきた道は「血には血を以て償う」という殺伐としたものでしかなかった為、男は虚無性のままに力を取り戻して復讐に明け暮れ、息子にまでその道を歩ませることを強いてしまうのです。

この愛を知らぬ孤独な男がある女との出会いにより愛で満たされ、そして女を喪い再び虚無に戻ることで復讐に走る……というプロットは正にカンフー映画や武侠映画そのものであり、そんな復讐を貫徹したウェンウーこそが本作のもう一人の主人公であったことが明らかになります。
もう、この哀しき愛の物語を語られた時点でウェンウーを好きになるしかない……ここに来て演じるのが武侠の本場・香港の大スタートニー・レオンという文脈までバッチリキマってしまうんだから猶更。

復讐を果たしたものの、愛すべき妻は戻らず、息子達も出奔し、再び虚無のままで居続けるウェンウーはある時、亡き妻の声を聞きます。
曰く彼女は死後、門番の役割を果たさず離れたター・ローの村の人々の怒りを買い、彼らによって死後の門の向こう側へ閉じ込められてしまったとのこと。ウェンウーはこの言葉と妻の幻影に縋り、秘匿されたター・ローの村への道順を探し求めていた。
その道順を示すのがシャン・チーとシャーリンが持つ母の形見のペンダントであり、これによってター・ローの村へ侵攻して死後の世界から妻を奪還。そして妻にこのような仕打ちを行った村を焼き払って完全に復讐を終わらせることを告げます。

シャン・チーも困惑するレベルに支離滅裂で無茶苦茶な計画ですが、それもその筈。ター・ローの村は本来、闇の怪物から現世を守り、そして怪物たちが封印されたテン・リングスの門を見張るためにあるもの。実際に門の向こうにいるのはリーではなく、魂を喰らう邪悪な怪物の群れなのです。
ウェンウーが受けたこの啓示は門を壊すほどの力を持つテン・リングスを通じて怪物達が囁いてくる偽の情報。怪物は封印を解かせる為に、ウェンウーの持つテン・リングスの力をいいように利用しようとしていたのです。
これまで千年もの間、ウェンウーが怪物達の囁きを聞かなかったのは、彼自身が虚無の存在であったから。世界を支配しても満たされぬ虚無を抱えた男に、怪物たちの囁きが聞き入れられるワケがありません。皮肉にも虚無の男が一度満たされ、そしてそれを喪うことで初めて再び満たす為の怪物の甘言が聞き入れられるのです。

ここからのター・ローの村防衛戦は、かな~りこれまでの物語と違う光景が広がってきて一瞬鼻白みます。これまで普通にカンフー映画のノリでやっていたのに、ター・ローの村ったら幻想種の生物が跋扈したり、龍の鱗で鎧作ったりするようなファンタジー世界なんですもん。
普通の映画でこうなると結構興醒めというか、着いていけなくなっちゃうんですが、そこはこれまで様々な世界をごちゃ混ぜにしつつアッセンブルしてきたMCU。割とすぐにこの世界観の変貌にも慣れてきちゃいましたね。モンスターの素材を加工して武具にしている光景なんて予算が潤沢な実写『モンスターハンター』めいててワクワクしちゃった。


母の故郷を守護るために、再び父から離反するシャン・チー。
彼は父からの教え「血には血を以て償う」すら継承して父を殺す覚悟を決めてしまいますが、テン・リングスの強大な力と自らを上回る父の覚悟の前に完敗。湖の底へと沈んでしまいます。
愛する妻の声に導かれるままに門の破壊を続けるウェンウー。しかし、その門の隙間から現れるのは魂を喰らうSAN値直葬しそうな化物ばかりで、次第に疑念が湧いてくる。
防衛戦で敵対していたター・ロー軍とテン・リングスメンバーも、怪物が解き放れて以降は共闘路線に。そんな最中に、シャン・チーもまた湖の底から母の声を聴き、湖に住まう白き龍と共にヒーローとして復活を遂げます。

シャン・チーが狙うはテン・リングスを持つウェンウー。湖に沈む前と同じように互いにカンフーを見舞い、極限の肉弾戦を繰り広げる父子。
ウェンウーにも迷いが生じたからか、テン・リングスの主導権のうち半分をシャン・チーに奪われるなど、勝負の行方は次第にウェンウー劣勢に。
そして、シャン・チーがテン・リングスの力すべてを克ち取り、かつてウェンウーが敗れたイン・リーと全く同じ構えをするところで勝負は決まります。
しかし、シャン・チーは父の「血の報復」の教えには従わず、テン・リングスを自ら手放し、もう一度父と子としてやり直すことを訴えるのです。
この父の業の精算と、子がヒーローとして自立する場面こそ『シャン・チー/テン・リングスの伝説』における最大の名シーンであり、感動してしまいました。
ウェンウーの人生が武侠の生き様であるならば、シャン・チーのこの決断は血で血を洗う武侠の否定であり一種の「父殺し」なのです。一人の哀しき男の虚しいまでの復讐の連鎖は、一人のヒーローの誕生によって断ち切られ、一つの救いとなったのです。『グラン・トリノ』をも思わせる暴力の否定。

決着直後に闇の怪物の親玉が出現し、シャン・チーを庇ったウェンウーは魂を取られて死亡してしまいます。しかし、その時ウェンウーは自らの意志でテン・リングスをシャン・チーに継承させます。
ウェンウーはシャン・チーがイン・リーと同じ構えをした時に、やっと自分の愛した女は「門の向こう側」ではなく「息子の中」にいることに気付くことが出来た。だからこそ、自らの手で誤りを正し、息子に全てを委ねることを決められたのです。
この瞬間、愛を得ながらも再び虚無へと還ってしまった一人の侠の人生は報われた。千年もの間、彷徨い続けた哀しき侠の生き様は、愛する女を宿した息子に託すことで真に満たされるに至ったのです。この辺り、ウェンウーのことを想ってボロボロに泣きっぱなしでした。


正直なところ、フェーズ1から暗躍を続けていて底知れなかった「テン・リングス」ですが、蓋を開けてみれば『アイアンマン3』で偽マンダリンを演じていたトレヴァーさんを制裁したのかと思ったらその演技にバカ受けして道化として雇っていたり、ウェンウーの懐刀っぽいレーザー・フィストさんの戦闘能力がしょっぱかったり性格も存外親しみやすかったり、彼含めた構成員がマイカー通勤だったりで(テン・リングス本部、車通勤めっちゃしづらそうな立地なのに…)、割と愉快で世俗じみていたのには拍子抜けしました。
ただ、今回の主軸は「テン・リングス」という世界を裏から支配する組織ではなくて「ウェンウーという一人の男」の極めてパーソナルな部分にあったので、その若干のガッカリ部分も許容できたかな。
それだけ、ウェンウーという男の千年の歩みと愛に惹かれてしまったし、やっぱりこの感動の根底にあるのは「武侠」なんだよな……シャン・チーによってその在り方は否定されてしまったけど、それがもたらす感情の昂ぶりについては肯定されたし、しっかりと継承されたのが嬉しい。

先にもちょっと触れた前半と後半で物語のジャンルや絵面すら大きく異なる問題についても、しっかりと根底に「武侠」という芯を置いてくれたからこそ、そこまで気にならなかったんですよね。ウェンウーからシャン・チーへの否定と継承の物語を貫いてくれたからこそ、ちゃんと見応えがあったし、純粋に新ヒーローの誕生に心震えることが出来た。
いつものMCUヒーロー映画の面白さに加えて、「カンフー」「武侠」という異色の他ジャンル要素や、初のアジア人ヒーローという新鮮味、そして多様な物語の楽しさも併せもっていたワケで、いつも以上に満足度の高い単独ヒーロー映画となっていたと思います。
最初は地味だなんだ言われていたシャン・チーもケイティもシャーリンも、終わってみればみんな魅力倍増でどこか垢抜けた雰囲気すら漂うし、これは本当にこれからも期待出来るシリーズになりそうです。

超絶オススメ!!!!




エンドロール後のクリフハンガーについてはウォン師父と一緒に徹カラエンジョイした後にアベンジャーズ入り決めるであろうシャン・チーとケイティは既定路線でしたが、「テン・リングス」を解体していた筈のシャーリンが地下闘技場のメンバーとも合流して「新生テン・リングス」を結成していたのにはかなりビックリ。しかもお約束のカムバック予告も「シャン・チー」じゃなくて「テン・リングス」です。
『ブラック・ウィドウ』でもエレーナがそのままナターシャの後を継ぐかと思ったら、ホークアイとひと悶着ありそうなように、“妹”が連続して予期せぬ道に進む形になっていますね。
もしかしたら、フェーズ4以降の『アベンジャーズ』は全員が同じチームというわけではなく、群雄割拠の路線で行くのかもしれない。シャン・チーやドクターらが所属する新生アベンジャーズ、エレーナが勧誘された謎の暗殺組織、そしてテン・リングス……これは早いところ『アベンジャーズ5』での全員集結を拝みたいですね~。
まあ、エレーナにしろ、シャリーンにしろ、そんな悪!!って感じはないので、ある程度安心して行く末を見守ることができますが……