マンボー

ブリング・ミー・ホーム 尋ね人のマンボーのレビュー・感想・評価

3.8
もし自分が邦題をつけるなら、本作は「マンソン釣り場の惨劇」か。

主人公のきれいな中年女性は、不幸になればなるほど、厳しい表情になればなるほど、凄惨で峻厳な美しさを帯びてくる。

義弟、釣り場の人々、警察、誰かが信じられればいいのに、誰もが信じられず、世の中の全てが、ヒロインの敵に回っているように感じられる悲劇的な展開でピカレスク感を漂わせながらも、実はそうでもなかったので、すっきりはしないが、わずかながら希望を信じることが許されるのかなという感じ。

本作の製作動機は、子供の誘拐や虐待、子供に教育を受けさせず労働で酷使するなどの社会問題への問題提起なのか、また苦境にひるまず戦い続けるかっこよくて模範的な中年女性をクールに描きたかったのか、人間の弱さや悪徳の見苦しさを描きたかったのか、ただ観客を困惑させても簡単には消化されない作品をモノにしたかったのか、ずっと意図がつかみきれずに当惑したけれど、終わってみれば、それらすべての要素を意識しつつ組み上げたストーリーのように思えた。

終盤、悪漢たちのボス的立場のホン警長が「彼女の気持ちが分からないのか」と問われて、「もう自分の気持ちすら分からない」と吐きだすセリフを聞いて、安物雑貨屋のドストエフスキーこと、ジム・トンプソンの最高傑作「ポップ1280」の一人称の主人公の独白を思い出した。

人間は悪人も善人も、すべての悪事と善事を、それが自分、もしくは自分がかかわる社会や環境、何らかにとって最上だと信じて行動しているが、それがさらに広い社会にとって、必ずしも善事になりえず、極悪事にすらなりえて、視野が狭まるとそんな判断ができなくなる哀しさを負った存在だということを改めて思い起こさせる哀しく無情なストーリー。

あぁ、これが現実じゃなくてよかっただなんて、笑えるほど楽観的になれればいいと思うけど、こういう作品を観ると自分をごまかして微笑むことはできない。人間が想像できることは、良いことも悪いことも、常に現実になりうる可能性を秘めているから。