
私の母、原田ヒサ子。 認知症が進んで、一人暮らしができなくなり、今は、介護施 設でお世話になっている。 数年前、体調を崩して入院した。病院のベッドで、母が 突然こう言った。『私ね、15の時から、女優やってるの。』私はとても驚いてしまっ た。 何故なら、15の時から女優をやっているのは、母ではなく、私なのだから。 母、ヒサ子は、昭和4年生まれ。10代で第二次世界大戦を経験し、20代で、オフセ ット印刷工の、原田喜代和と結婚。高度成長期には、パートで働きながら3人の子供 を育ててきた。 子供は、親の気持ちなど知らずに育つ。 親は、子供と一心同体になって生きてきた。 我が事のように、娘の人生を語る母。 “女優”とは? その苦労とは? “私”は、ふと思い立つ。 “母”を女優として、ワンカットでも撮影して、映画として公開したら、 “母”は、“女優”になれる、と。 母の中に、女優として生きてみたかったという思いがあったとするなら、その夢を現 実にしてみよう。母に育ててもらった娘と孫たちが、 “おばあちゃん”を、“女優”として撮影する。 そして、カメラが映し出したのは・・・・。
広島県呉市。この街で生まれ育った「私」(監督・信友直子)は、ドキュメンタリー制作に携わるテレビディレクター。18歳で大学進学のために上京して以来、40年近く東京暮らしを続けている。結婚もせ…
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>>続きを読む漫画家・岡野雄一が、自分の経験をヒントに描いた介護日誌コミックを実写化したヒューマン・ドラマ。認知症を患った85歳の母親と離婚して故郷に戻った息子、ふたりのおかしくも切ない、心温まる日常を…
>>続きを読む台湾人の両親をもち、日本で生まれ育った斉風瑞(ふーみんママ)友人の一言から1971年、神宮前に小さな中華風家庭料理のお店「ふーみん」をオープン。 父と母からもらった確かな味覚と温かな愛情。…
>>続きを読む©MiekoHarada