平野レミゼラブル

ヤクザと家族 The Familyの平野レミゼラブルのネタバレレビュー・内容・結末

ヤクザと家族 The Family(2021年製作の映画)
4.7

このレビューはネタバレを含みます

【流れる血よりも濃ゆく、握り締めた拳よりも固い縁】
僕は映画に関しては割と雑食気味な自覚はあり、特に好みのジャンルというのも定まっているワケではないんですが、去年のGWに『仁義なき戦い』マラソンをしてから「ヤクザモノ」は実によく馴染むことがわかりました。
なんでしょう、仁義だ任侠だなんて抜かしながらどいつもコイツもすぐ怒鳴って怖いわ、暴力は振るいまくるわの無法者なのに、ちょっとした拍子に見せる寂しそうな表情とか、徐々に堕ちて行って破滅していくサマが堪らなく愛おしくなってしまうんですよ……
いずれ終わってしまうからこそ美しい…という人間賛歌を超濃縮してお出しされるからこそ、ヤクザの生き様は輝かしく胸を震わせるのかもしれません。

僕がこれまで観ていたヤクザ映画はどれも昭和のヤクザばかりで(一番最近のでもギリギリ昭和を描いた『孤狼の血』)、そこにいたヤクザは下劣でえげつないエネルギッシュさに溢れていたのですが、本作はそれとは対極の位置にあるヤクザ映画。なんせ暴対法やら条例やらで締め付けが厳しくなってきており、既に時代に置いて行かれた存在として扱われているのですから。
そのため、画面からは常に世知辛さや哀愁が漂っており、作劇も綾野剛演じる主人公のヤクザ賢坊こと山本賢治が1999年、2005年、2019年という3つの時代でいかに追い詰められていったかに焦点を当てて描かれています。
この追い詰める作劇が非常に力が入っていまして、観ていて凄くヤクザ側に感情移入しまくり、どうしてヤクザをここまで爪弾きにして惨いことをするんだ!?って同情心が芽生えてしまうんですよね。

ただ、この感情ってかなり妙なものでして普通は「ヤクザなんていう反社会的存在になった時点で自業自得では?」って感じるもんなんですよ。
例えば僕の愛読している漫画に『忍者と極道』っていうのがありまして、こちらでも極道(ヤクザ)は「社会に溶け込めず爪弾きにされたものを救う孤独な者達の寄り合い」として描かれているんですが、極道側の言い分が笑っちゃうんですよ。

「組長も忍者に殺された!!女子供10人ぽっち拷問しただけで…血も涙もねえ!!」

なんでそれで義はこちらにあると思えたのかな!?

忍極世界での極道は確かに仲間意識が強くて情に篤い人物が多く、さらに彼らも自分の仕事や人生をきっちりやり通した上で爽やかに逝くので良いキャラクターをしているのですが、それはそれとして自分の邪悪さをちっとも理解していない極悪人としても一貫しています。
そのため、上記発言のように「そうか。何を言ってるんだお前?」っていう意思疎通不可能な化け物として読者には受け止められる。それが極々自然な極道(ヤクザ)に対しての感情なんですが、本作を観るとどうしてもこの忍極における極道側に寄った叫びをしたくなってしまう。

「賢坊が一体何をしたってんだ!?ちょっと麻薬(ヤク)の密売人を暴行(ボコ)って、その金を盗って、挑発(ナメ)た奴の後頭部を酒瓶でブン殴って、人っ子1人ぽっち殺しただけなのに…!こんな仕打ちあるかよォ!!」
…とそんな感じの擁護をしたくなるのです。

一応、賢坊のやってること、真面目に擁護はできるんですよね。密売人ボコったのは麻薬が原因で父親が死んだばかりで気が立っていたのと、その密売人が父親に売っていたのを知ったからですし、金は奪いましたが麻薬はちゃんと捨てましたし、挑発してきた奴は抗争を狙う敵対ヤクザですし、ソイツに致命傷を負わせたのも実際には兄貴分で賢坊は兄貴を庇うためにトドメを刺しただけですし……
アレ……?もしかして擁護が擁護になってない……?この時点で自分自身が忍極の極道と化していることに気付かされます。ただ、それだけヤクザの、賢坊の、そしてその家族(Family)の物語に没入させられたってワケですが。


なんせ、物語の始まりから凄くアガりますからね。
上述通り、親父がヤク中に落ちて家庭が崩壊した賢坊は、早々に人生を諦め仕事もせず仲間と一緒に行く当てのない日々を過ごしていました。それは胸に抱えた憤りと寂しさを紛らわせる為であり、その延長線上に密売人をボコしたり、行きつけの焼肉店に突如現れたチンピラの後頭部を強打するといった暴力行為があるのです。
ところが焼肉店でチンピラが狙っていたのが、柴咲組の組長であったということで、賢坊はその御礼に事務所に呼び寄せられて寿司を振る舞われます。組長の柴咲はその振る舞いも声色も落ち着き払ったダンディーさで(なんせ演じているのが舘ひろし!)、ヤクザのイメージからは程遠い。突っ張る賢坊に対しても鷹揚で優しく、ウチの組で麻薬はご法度だと説明したり、定職に就かない賢坊の心配をしたりと親身になって接してくれます。

それでも「ヤクザにはならねえ」と賢坊は突っぱねて事務所を後にするのですが、そこでボコった麻薬の密売人の所属である侠葉会に拐われてしまいます。
会長の加藤は容赦せず、賢坊を仲間ごと拷問の上、バラして臓器を売ろうと画策しますが、そこで賢坊が敵対する柴咲組と繋がりがあると知り、柴咲にケジメをつけさせる方が得だと判断。
賢坊は「俺はヤクザなんかじゃねえ!」と否定し、実際まあ関係がないのですが、それでも柴咲は何かしらのケジメをつけて賢坊達を助けてくれます。縁も所縁もない、そのまま見捨てたって誰も文句は言えない賢坊達を助けたばかりか、やはり優しく彼らを受け入れてくれる柴咲のデッカい器を感じ取った賢坊は涙。その瞬間、心から彼は柴咲を「親父」と認め、盃を交わすことで「家族」と成ります。

この親子盃の背景をバックに、クレジットが表示されていくのが正に昭和のヤクザ映画って感じで最高……!!
ただ、最後に綾野剛のドアップ顔と共に表示される『ヤクザと家族』のクレジットが控えめな小ささでそこは微妙……と思ったら、さらにその後ろにデッカい赤字で『The Family』の筆文字が表示されて一気にテンションはうなぎ登りに!!仁義のクソデカ赤字超好きだし、この「ファミリー」って響きも正に「ゴッドファーザー」って感じで最高だよね……!!
もうこの賢坊にとってのオリジンでもある1999年アバンの時点で「本作は傑作だな!」と確信しましたもん。


賢坊達が盃を交わした1999年から6年経った2005年。賢坊を賢坊と呼ぶ者も、柴咲の親父やその周りの年寄衆、焼肉屋のオバちゃんくらいしかいなくなった辺りで彼が出世したことがわかります。
落ち着いた雰囲気で、シマの街を肩を切って歩き、店を仕切っていく姿が血気盛んだった若い頃からエラい成長っぷりで、演じる綾野剛の演技達者ぶりが窺えます。『日本で一番悪い奴ら』とかでも似たような街歩くシーンあったけど、こんな大物っぷりなかったからね!あの時はスッゲェーチンピラ臭しかしてなかったもん!!
というか、綾野剛のヤクザ役は初だということにビックリします。えっ『日本で一番悪い奴ら』とかでやってたじゃん!…って突っ込もうとしたんですが、よく考えたらアレはヤクザと癒着した悪徳警官だった。『ドクター・デス』や『MIU404』もヤクザみたいだったけど、ちゃんとした刑事だった。ある意味盲点。

ただ、落ち着いたと言っても腹の底には若い頃の血気を変わらず滾らせており、挑発するようにシマの店で横暴を働く侠葉会の川山(『孤狼の血』ではヤクザに嬲られていた駿河太郎がその鬱憤を晴らすかのような憎々しさで好演)に親父を馬鹿にされれば後頭部を酒瓶でブン殴るような側面もあります。
そんな時に軽挙な行動に出る賢坊に振り回されるかつての仲間達は弟、「勝手なことをするな!」と厳しく叱りつける若頭の中村は兄、「気持ちはわかる」と甘やかす年寄衆は親戚のおじさん達、黙って責任を取る形で賢坊を諫めながらもその詫びに行った先でキレてしまう柴咲組長は寡黙ながらもどこかお茶目な父親といった感じで、空白の期間を経て彼らが擬似的な家族になったことも示されます。

本当の家族にロクな思い出がないであろう賢坊は、藤咲組という新しい家族を得て生まれ変わった心地だったのでしょう。全体的に青春時代をやり直してるような感じがあります。
特に親父にそろそろ良い相手を見つけたらどうだと言われて、店の女と関係を結ぼうとする過程は発情した中学生の恋愛観すぎて笑います。ホテル呼び出しといて「は?お前となんてヤリたくねーし!!」じゃあないんだよ(笑)
その女性・由香とのやり取りはなんかいちいち微笑ましい感じです。付き合い始めの時は大学生なのに、演じるのが尾野真千子だから「老けてんな」って言われる予防線貼られてたけど(酷ェ)そんな必要ないくらいに若々しかった。

釣り好きな舎弟と親父と一緒に釣りに出かける道中で由香との進展話したりと、本当にいちいち牧歌的なんですよね。そんな姿にどこか安心感を覚えている最中に襲ってくるのが、侠葉会のヒットマン。身を呈して親父は守ったものの、運転していた舎弟が死亡してしまうという事態に。
ヒットマンを追おうと車の外に出て、そこから舎弟が死んだことに気付く長回しのアングルが圧巻で、観賞者の気持ちを家族を喪った衝撃と哀しみを徐々に実感していく賢坊にシンクロさせます。ここに限らず、ここぞという時に長回しを駆使して感情を同期させたり、アクションにメリハリをつけるカメラワークも本作の強みでしょう。

可愛い家族を殺されたこと、何より弟を目の前で殺された賢坊の無念を晴らすため藤咲の親父は下手人に何としてでもケジメをつけさせようと働きかけます。しかし、その思いも虚しく抗争勃発を避けたい警察の一存で事件のケリは官憲に任せることに。
納得がいかない賢坊は病院から抜け出し、自らの手で首謀者である川山に落とし前をつけることに。しかし、ここでいつも冷静沈着だった中山の兄貴が先んじて川山にカチコミ。藤咲組の家族の絆は本物だったことの証明ですが、流石に若頭がしょっ引かれたら組は立ち行かなくなってしまう。そう考えた賢坊は中山のケツを持って出頭します。
先走ってまた取り返しのつかない馬鹿をしでかした賢坊に対して、怒鳴るでもなく静かに抱きしめる藤咲の親父の優しさがただただ辛い……

全てを知る中山の兄貴、出頭前に求めて初めて真に愛し合った由香、賢兄ぃと呼び慕っていた焼肉屋の息子・翼は、全ての罪を背負って捕まった賢坊をただただ呆然と見送るのみ。こうして賢坊怒涛の青春時代編である2005年は終わりを迎えます。


そして14年の月日が経ち、賢坊は出所します。年号も平成から令和となり、文字通り時代は変わった。
まず、暴対法と条例の施行と再開発の煽りを受けて藤咲組は凋落。かつて立派だった看板はボロボロになり、賢坊の舎弟もカタギに戻るなどで大勢いた家族も今や数えるほどしかいません。
藤咲の親父も末期癌に侵され弱々しく、かつてはデカイ器の在り方であった優しさが老いたが故の気の小ささに変貌してしまっているのが何とも哀しい。

シノギも侠葉会に取られ、今じゃ夜中にコソコソ密漁をするだけという有り様。菅田俊、康すおんと言った強面の爺様が「デカいの採れた!」とはしゃぐ姿はなんか可愛いですが、アンタらが可愛かったら終わりだよって感じですよね……

しかし、それより何より賢坊にとってショックだったのは、組を託してケツを持った筈の中山の兄貴が禁忌とされた麻薬(ヤク)の密売に手を染めていたこと。「ヤクザとは漢を磨くこと」と断言するくらいにクソ真面目な兄貴分が、最も軽蔑する麻薬の密売をしていた衝撃。そして、自分が懲役を食らったことが無意味と化した虚無感によって賢坊は兄貴と殴り合いますが、本当は賢坊もこうでもしないとヤクザが生きていけないということはわかっています。
ただ自分は塀の中にいたからピュアなままでいるだけ。ここら辺は『仁義なき戦い』の昌ちゃんと同じ文脈。ただ、あちらは外に出てみたら仲間内で殺し合っていたというショックでしたが、こちらは仲間内で落ちぶれていたというショック。どちらにしろあまりに酷い末路と言えます。

かつての舎弟もカタギに戻った為によそよそしく、可愛がっていた翼も「ヤクザにはなるな」と言い含めていたのに半グレ紛いになっていたりと賢坊にとってのショックは続きます。
そして、最後のショックは由香が自分との間の娘を産んで育てている程に自分のことを思い続けてくれていたにも関わらず、立場上の理由から拒絶されてしまったこと。思い悩む賢坊を見かねた藤咲の親父は彼に引退するよう諭します。お前にはまだ未来がある。まだやり直すことはできる、と。

藤咲組という愛する家族から離れ、愛した女と自分の娘という新たな家族の元に向かう賢坊。
この時に流れてくるカットが、今の窮乏した藤咲組の実態というのが物哀しい。そして、その中にはアレほど「麻薬は売っても自分でやるほど落ちぶれてねェ」と言っていた中山兄貴が麻薬を打つカットもあるというのがわかっちゃいたけど辛すぎる……ここまでたっぷりと愛すべき藤咲組を描いていただけに、この何が何でも生き足掻かないといけない男達のカットが入った瞬間に涙が止まらなくなります。


カタギに戻ったことで由香達にも受け入れられ、舎弟の紹介で職にも就き束の間の安息を得る賢坊。彼にとって、これは3度目の家族であり、生でもあります。
ただ、本作で描かれるのはヤクザを辞めたからと言って簡単に許されるわけではない浮き世の辛さでもあるわけでして……ひょんなことから賢坊が元殺人犯のヤクザであることは周囲にバレ、由香は職場を辞めざるを得ない状況に、娘は学校内で孤立する羽目に陥ってしまいます。

これまでは、擁護するにも忍極の極道並の倫理観になりかねませんでしたが、この場面では明確におかしいと言い切れます。
賢坊はもう罪を償ったし、ヤクザからも手を切ったのに何故責められなければならないのか?いや、それよりも賢坊と関わっているだけで、何も悪いことはしていない新たな「家族」は何故同じように阻害されなければならないのか?

周囲の感情はそりゃわからないとは言いません。確かに隣人の家に出入りしている人間が元ヤクザと知れば、流石に怖いし人間関係を改める気持ちにもなるかもしれない。しかし、ここまで賢坊の人生を追ってしまうと、なんかこうもっと受け入れてやれよ!って気持ちになるんですよね。

ヤクザを追い出そうとする法律や倫理。それ自体は間違っているとは思いません。
しかし、ヤクザにならざるを得なかったはぐれ者は、居場所を奪われたらどこへ行けばいいのか?その問題に関しては、皆知らん顔をして問題にもしていないという現実をここで突きつけられるのです。

さらに本作はヤクザを追い出すことの正当性に関しても、疑問を投げかけている。ヤクザを排除しても、後からヤクザ紛いのことをする勢力ってのはぽこじゃが出てくるんですよ。それは翼が仕切っている半グレ集団で、彼らも裏格闘技やらボッタクリバーに近しい商売をしていて、ヤクザほど露骨じゃないにしろやっていることはほぼ一緒です。
元ヤクザをも排除するという一時的な安心よりも、もう2度とこうしたヤクザ商売を出さないように世の中を変えていく恒久的な安心の方が大切な筈なんです。しかし、その安心を与える側の警察はと言うと、あろうことか侠葉会の幹部と癒着しているという始末。

もう既に賢坊が排除される論理的な理由すらなくなっている。それでも、ただただ感情のままに、流されるままに賢坊は処理されてしまう。なんて残酷で、そして不寛容な世の縮図……


不寛容な世の中に対して思い返せば、やはり藤咲組で過ごした2005年までの日々は寛容でした。少なくとも、そこには親父の愛があり、そして例え間違ったことをしても抱きしめてくれる優しさがあった。
その優しさを受けた賢坊は、せめて自分も親父と同じように、社会から爪弾きにされた者を救おうとするのです。その対象は焼肉屋の息子・翼。
実は彼の父親は藤咲組の構成員で、侠葉会会長の加藤に殺されていたのです。半グレをやっていたのも、その仇を突き止めるため。そして、仇を取って懲役を食らった賢坊を見ていた翼は、彼に憧れて自分も暴力をもってその仇を討とうとしてしまっている。そんな過去の自分の生き写しになってしまった翼に、同じ生き方をさせたくないという優しさから抱き締める賢坊。

しかし、生き写しであるが故に翼はこれくらいでは止まらないということも賢坊は知っています。だからこそ、彼は翼より先んじて加藤の元へと向かい殺害するのです。
未来ある若者の生き方を救った…という意味では『グラン・トリノ』を思わせますが、賢坊のやったことは命を張って暴力を全否定したイーストウッドの爺さんとは正反対。間違っていると言い切れます。
それは単純な生きづらい世の中からの逃避でもあるし、結局暴力しか生きる道を見出せなかった愚かさでもある。そして何よりどこまで行っても自己満足でしかない。

ただ、その根底にあった「家族への優しさ」は誰が否定できようか……
賢坊はその後、同じように元ヤクザとバレて家庭を失った舎弟の恨みを買って刺されるのですが、それでも彼は親父がやったように舎弟を抱擁する優しさを見せるのです。
賢坊はついに社会に居場所を見出せないまま逝くのですが、それは自分が信じる家族への愛への殉死と言ってもよい。もうここから嗚咽しか出来なかった……賢坊……馬鹿野郎……


賢坊の必死の行為の末に翼は救われました。しかし、それでも賢坊の行為は自己満足でしかなく、不完全燃焼になってしまった翼にはまだ危うさが残ります。このままでは翼もまた社会の爪弾き者となって、同じように破滅してしまうのではないのか……?
賢坊が死んだ港にお供えをする翼を見ながら、そんな疑念がよぎりますが、彼はそこで賢坊の娘と出会うのです。
「アンタもヤクザ?」と聞く娘。
「そんなんじゃねえよ」と返す翼。
そして娘は「自分のお父さんについて教えてほしい」と乞うのです。

賢坊は社会から遂に理解されないまま生涯を終えました。
そして、そんな社会はこれからも爪弾き者に冷たいままのシステムとして続くのでしょう。
しかし、この問いが為された瞬間、この2人の間には「正しく理解された賢坊」が共有され、賢坊にとっての確かな居場所が出来たのです。
この居場所の創造は賢坊にとって何より大切な2つの家族を守れたという事実であり、賢坊の「家族への愛」を共有している限り、少なくともこの2人の「家族」はこれからもきっと大丈夫だという希望が生まれます。
賢坊の人生を歌い上げたED曲の『FAMILIA』を聴きながら、この流れる血よりも濃ゆく、握り締めた拳よりも固い「家族」という縁に号泣しながら思いを馳せてしまった……


いや、本当ヤクザ映画マラソンをしたばかりってのもあるけど、それを抜いても素晴らしい男達の哀歌であり、骨太な家族ドラマの傑作だった……
MVPは文句なしに綾野剛。19歳から39歳まで、不良から一角のヤクザ、そして世を儚むロートルまで年齢から立場まで全然違う役回りなのに見事に演じ分け、それでいながら芯の部分は何も変っちゃいないという難役を自然に成り立たせている。線は細いのにその隠し持ったスゴ味はガチなんですよ。
あと少し歳を取れば十分菅原文太の後を継げると言い切れるレベルの男ぶりでした。いやマジで文ちゃんの再来になってほしい。

早速1月から本年ベストを狙えるだけのヤクザ映画の傑作が現れたワケですが、喜ばしいことに今年はまだまだこれに続くヤクザ映画が残っているんですよね……
まずは今月、同じように不寛容な世を元ヤクザの役所広司が見つめるという『すばらしき世界』!!!!そして大本命、あの不良性感度53万のド傑作ヤクザ映画待望の続編『孤狼の血Ⅱ』!!!!!!2021年は最強のヤクザ映画イヤー!!!!!コロナなんてヤクザでブッ殺しちャレ!!!!!!!!!

超絶オススメ!!!!!!!!!