平野レミゼラブル

海の上のピアニスト イタリア完全版の平野レミゼラブルのネタバレレビュー・内容・結末

4.8

このレビューはネタバレを含みます

【幸福の切り抜きが奏でる、ピアニストの矜持と海の声からの再起】
あまりにも完璧な世界観に、心地好い音楽が響き渡って人間の幸福を高らかに奏でる。とんでもないド傑作にして、素晴らしい御伽話でした……
ダイナミックなピアノの旋律に、先の気になる語り部の語り口、そして音楽によって行われるドンパチとも言うべき迫力の戦闘シーン…これら全てが3時間の長さを全く感じさせない一大エンターテイメントとして成り立っている。本当に凄まじい完成度……

物語は戦後落ちぶれたトランペット吹きのマックス・トゥーニーを語り部として始まります。
愛用していたトランペットを手放す時に彼が楽器店店主に語るのは自分の「人生最良の時間」の話。聞く者はみなホラ話と一笑に付しながらも虜になっていくそんな御伽噺。
主人公は船の中で産まれ捨てられた赤ん坊。学はないけれどママのように優しい黒人機関師ダニー・ブートマンによって育てられた赤子の名前は、ダニーの名前や入っていた箱の名前に生まれた西暦全てを盛り込まれた「ダニー・ブートマン・T.D.レモン・1900」という時点でもう大分摩訶不思議。しかし、御伽噺であるという風に割り切ったかのようなミュージカル風の仕事風景がとてつもなく楽しい!!
ただ、哀しいことにダニーは事故によって大怪我を負い、序盤の内に命を失ってしまいますが……大好きだった1900による競走馬の名前の読み聞かせを聞いて笑いながら逝けたのはダニーにとっての幸福ではあります。医者にそれで笑いすぎたのがトドメになったと言われちゃってるけども。

その後、堅物の船長に船から追い出されそうになっても上手く姿を隠して逃げ延びたこと、次に姿を現した時には見事なピアノ演奏をしてみせたこと、そして成長した1900は船上オーケストラのピアニストとなりトランペット吹きとして乗船した自分と夢のような出会いを遂げたこと…などと話を続けます。
1900とマックスの出会いの話は本作でも随一に楽しく、荒唐無稽でダイナミック。清々しいまでの解放感に溢れていて素晴らしい…!なんせ揺れる船の中で右へ左へと滑り、遊園地のコーヒーカップの如くグルグル回るグランドピアノと共に踊るように移動しながら音が奏でられるのだから!!正に御伽噺の極致、夢か現実かもわからない、ある種ミュージカル映画のミュージカル部分のような虚構ではあるのですが、あまりの映像と音の親和性の前ではどうでも良くなってくるんですよね。ただただこの映像と音楽を堪能したい…そんなマックスが味わった幸福を体感できるのです。
この時の自分は正に、劇中の楽器店の店主や船解体業者の社長同様に1900神話の聞き手。頻繁に場面は昔語りたる船上と、現代の陸上へと移り変わりますが、数々の謎や1900の性質を小出しに提示するマックスの語り上手さの前では夢中になるのみです。

1900の物語はどんどんと壮大になっていきますが、中盤に挿し込まれるジャズの発明家ジェリー・ロール・モートンとのピアノバトルも熱い。煙草に火をつけそれをピアノの端に置きながら演奏するも、灰は地面に全く落ちないというパフォーマンスを見せるジェリー。1900も感動し、涙すら流しますが、それに対する曲目はなんと『きよしこの夜』。明らかな挑発です。
機嫌を損ねたジェリーはこれならどうだとばかりに超絶技巧の演奏をしてみせますが、1900は耳コピによって全く同じ曲目を演奏。観客は同じ演奏を聴かされたことで非難轟々ですが、この曲がいかに難しいかを知るジェリーは(有り得ない…!)と驚愕。もはやこの辺り、真の強者の実力がわかるのは真の強者のみという少年漫画文法で熱いですね。マックスは最早主人公の取り巻きの眼鏡くんポジションに甘んじちゃってる(笑)
しかし、1900の本当の実力というのは人知を超えたところにあり。ジェリーを徹底的に叩き潰すということを決めた1900は1曲目の意趣返しに煙草をピアノの端に置き、腕が4本に増えたと見紛う神業を披露。というか、比喩ではなく腕が4本現れ、怒涛の勢いで演奏するのだからもう凄まじい。それだけの猛演奏にも関わらず、煙草は落ちないどころか演奏終わりにピアノの弦に煙草をつけると摩擦熱によって火が点くという外連味溢れすぎな演出がカッコよすぎて笑います。
1900のピアノの腕は陸の上の誰よりも優れており、マックスを含めた皆は彼が海から陸へと凱旋することを薦めるのです。

海の上しか世界を知らず、それでも離れる気はなかった1900はそれをすげなく断りますが、彼にも次第に陸上への憧れというものが芽生えてきます。それはいつものように演奏する彼の音楽に聞き惚れた乗客が語った「海の声」というものに惹かれてのことです。
その乗客は今まで海を見たことがなく、末娘以外の家族を失った哀しみに打ちひしがれていた男でした。次の人生を見定め、あちこち旅をした末に初めて海を見たのですが、その際に聞こえたのが「海の声」。それはどん底にいる男を叱咤激励し、人生をやり直すきっかけになった声だと語ります。

これまで1900が奏でた音楽は彼の類稀なる感受性から成ります。彼の世界は船の上だけですが、その船の上にいる人間の心を読み、その人物が元々居た場所というものを想像だけで正確に再現できる力を持っているのです。
また、船の上の人間は全員未知なる新天地への期待や不安、驚きに満ち溢れています。だからこそ、船上から自由の女神を見つけて「アメーリカー!!」と我先に叫ぼうとする。その希望に満ちた第一声を何十年も何千回も聴いて感受性を磨いたからこそ、1900は他者の人生や性格をも見抜いてその感情を演奏できる。彼の本質は人々が持つ未知なる土地へ感じる正直な心をそのまま表現する「正直さ」です。だからこそ、彼は船から降りる必要はなかったし、必然性もなかった。彼の世界は少人数の正直さの中に存在しているからです。

しかし、人生を劇的に変えるという「海の声」に惹かれた1900はその声を聴きたがります。折しも、1900がジェリーとの決闘に勝った噂を聞きつけ、陸からやってきたレコード会社の人間に音楽の録音を依頼されたことを契機に、彼はその申し出を受け入れます。レコーディング中、1900は窓の外に1人の少女を見つけ、彼女に心惹かれるまま演奏をしだします。その音色は、親友のマックスも聴いたことがない、今まで1900が弾いたことのない美しい音色でした。1900は初めて恋をして、自分のことを初めて「正直に」曲に込めたのです。謂わば、このレコードは自分自身の現身にして、恋文。傑作の誕生を喜ぶレコード会社をよそに、1900は「この音楽は僕と共にある」とレコードを渡すことを拒みます。

レコードを少女に渡そうにも、これまでこうした経験がない1900はタイミングを逸します。そんな最中で耳にする彼女の生い立ち。それは彼女こそ海の声を聴いた男の娘であるということ。
少女が船から下りる時、やっと1900は彼女と話すことが出来ますが、レコードは渡せずじまい。それでも少女は自分の父親の店の住所を伝え、陸でまた会いましょうと誘うのです。その時から、明確に1900には陸へと降りる理由が出来ました。しかし、彼はそれは決して出来ないというような哀しい表情となり、その夜のうちにレコードを割り捨ててしまいます。そして時折、塞ぎ込み何かを考えだすのでした。

しばらくそんな状態が続く中、1900は唐突にマックスに陸に降りることを伝えます。思い悩む親友の胸の内を知っていたマックスは素直に祝福し、自分のコートをプレゼントします。船の上の皆も見送る中(1900を邪険に扱っていた船長も寂しそうなのが凄くイイ…)、タラップを降りていく1900。そして中段で立ち止まり、ふと目の前に広がる広々としたニューヨークの街並みを見ながら考え込みます。やがて、帽子を取って街並みへと向かって投げる1900。しかし、帽子は風に煽られ海に落ちます。それをどこか寂しげに見た1900はタラップを引き返し、船へと戻るのです。
彼は『海の上のピアニスト』として生きる道を決めたのです。

その後、数日はまたしても塞ぎ込んだものの、それが終わると同時に元に戻る1900。相変わらず演奏は素晴らしいのですが、マックスは彼の中に渦巻く大いなる哀しみを感じ取ったのでしょう。やがてマックスは1900を残して船を降り、時代は激動の第二次世界大戦へと向かいます……

マックスが語る話はここで終わり。船を降りた後、1900がどうなったかは知るハズもありません。しかし、戦後幽霊船となり爆破処分されることが決まった1900の世界たる船を見たマックスは確信します。今も1900はこの船の中にいる…と。
何度も、何度も探し回るマックス。しかし、1900は子供の頃から船長にも、警察にも見つからずに何日もやり過ごした不思議な男。中々見つかりません。
そして、いよいよ爆破される直前、最後のチャンスをもらい、何故か楽器店にあった1900の壊れたレコードを船上で流しますが、それでもやはり気配はありません。いつもと同じ結果に終わろうとしたその時…「コーン(トランペット吹き)」とかつての船上のようにマックスを呼ぶ声が。そう、やはり1900は今もなお、この船の上にいたのです。

遂に再会し、船を降りてからのことを語り合うマックスと1900。大戦下はやはり辛い思い出が多く、豪華客船だった船は負傷兵を乗せる医療船へと変わり、1900の音楽も乗客を楽しませるものから死に逝く人々をせめて安らがせるためのものへと変わったことが語られます。
そして、共に陸上に降りてバンドを組もうと誘うマックス。このまま意地を張って船と運命を共にすることはない。君の才能は本物だ。今からだって世間を認めさせることは十分できる…と。
しかし、それでも1900は船から降りることを拒みます。
その理由を彼は「無限の鍵盤が怖くなった」と語ります。タラップを降りようとした時、ニューヨークの街並みを眺めた時、そこに終わりがないことが恐ろしくなった。数に限りのある鍵盤でこれまで様々な人々の想いを弾いてきたが、あの街には人が多すぎる。そんな雑多な中に混ざると、1900は1900ではなくなってしまう。

この独白は1900がこれまで語ることのなかったパーソナルな部分であり、彼の貴重な胸の内です。彼が陸上へ降りなかった理由、「無限の鍵盤が怖くなった」というのは、正確に言うならば「自分の役割が変わることを拒んだ」ということではないでしょうか。
戦時下で時代が変わることで、船も音楽もその役割を変えましたが、実は1900自身の役割って変わってないんですよ。だって、死に逝く人への安らぎとなる音を奏でるって、幼少期の彼が自分の「ママ」であるダニーを看取る際の読み聞かせと同じなんですもん。
彼の役割はあくまで船の上の人々の感情を読み解き、それを開放する音を奏でるピアニスト。その感情と言うのはあくまで海の上で想いを共にする少人数の人々に限られます。陸に上がってしまうと、その想いの量にキャパシティーがオーバーしてしまって演奏すら出来なくなってしまう。このことを1900は誰よりも恐れたのです。
思えば、彼を陸へと誘ったレコード会社の人は1900の名前を終始「19」と間違えていました。これは陸に上がった瞬間に1900の音楽は消え、19の音楽へと成ってしまうことを意味していたのでしょう。

変化を拒む1900は役割に殉ずることを決め、そのことをマックスに伝えます。マックスも心のどこかで1900の覚悟はわかっていたのでしょう。1900の意志を尊重し、彼をそのままに陸へと降りるマックス。そしてダイナマイトによって爆破され沈んでいく船。マックスと別れたその瞬間に1900は姿形も消え失せていましたが、確かに1900は船と共に海へと還っていきました。


思いがけず訪れたマックスが語ってきた1900の御伽噺の続き。それは親友との別れによって完結しました。
思えば、マックスの語る物語は幸福な部分しかないんですよね。1900にとっても辛い思い出であった戦時下には、既にマックスは船から降りていたのだから。映画内で描かれるのはあくまで幸福な部分のみ。幸福だけを切り抜き、そのためにしみじみと良い思い出だけが語られ美しく見える。
それだけに、この結末はマックスにとってもショックです。トランペットを売った楽器店に戻り、店主に物語の結末まで語ったことで2人して打ちひしがれます。

ただ、1900はどうしても陸ではその役割のままではいられず、『海の上のピアニスト』としての役割を果たして消えましたが、陸には陸で良い部分もあると語っています。それは「海の声」を聴いて再出発ができるということ。1900は別れ際に、自分にはどうしても出来ないその役割をマックスに託し、幻として消え去りました。

楽器店の店主も1900が捨てた筈のレコードが陸にあったのは、その一部始終を見ていたマックスが拾って保存したからと指摘。海の上のピアニストはいなくなっても、その物語を伝える役割がレコードを捨てたままにはしておけなかったマックスにあると言うのです。そして、良い話を聞かせてもらったお礼としてマックスが売り払ったトランペットを持たせ、彼を店から送り出すのです。

店を出たマックスはきっとこれから「海の声」を聴きに出かけるのでしょう。
そしてその後も、1900の純粋さを閉じ込めたレコードを持ちながら、彼の伝説を語り継ぐ伝道師としての役割を果たすのでしょう。
役割を果たした者を描き切り、これから役割を果たす者の再起で物語は終わりを迎える。
あまりに見事な人間賛歌の優しさ、心にジーンと来てしまいました。正直さ、役割、幸福、優しさ。これら全部を伝えられたんだから、もうこりゃ傑作としか言いようがないですわ……


しかし、これだけの傑作の全てを収めた完全版が日本では発売されていないというのがあまりにも惜しい……!だからこそ、今回の完全版上映は有難かったのですが、やっぱり僕はあの幸福な切り抜きを、空間を、音楽をいつだって堪能しておきたい……!!完全版ディスクの製作を切に願います。
……とかなんとか言ってたら11月18日に完全版同梱の4K修復版BD発売!!ヤッター!!早速ポチっちゃお!!
ほうほう4K版は日野ちゃまとポルポル小松さんのコンビかァ……とWiki先生で吹替も確認しながら、通常版のキャストも見ていたら、ゲェッ!?そっちは1900の吹替ミキシン!?滅茶苦茶ピッタリやんけ!!うわあ、通常版も買っちゃおうかなァ!?

超絶オススメ!!!!