平野レミゼラブル

TOVE/トーベの平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

TOVE/トーベ(2020年製作の映画)
2.8
【ムーミン誕生の裏にある自由奔放なる女の情念】
ムーミンの原作者であるトーベ・ヤンソン。彼女の数奇で風変わりな人生を描いた伝記映画。
『たのしいムーミン一家』はアニメ版(スナフスキンが子安の方)の再放送だかをほのかに観たような記憶がある程度でそこまで詳しくはありません。原作も未読。それこそ日本のアニメ版はトーベがその翻案に否定的だったという逸話が残されているぐらいなので、実際にアニメの内容をハッキリ覚えていたとしても、あまり本作の理解の手助けにはならないやも……

というより、思っていた程に映画ではムーミンが描写されません。いや、そりゃトーベをフィンランドにおける国民的偉人にまで押し上げた出世作のため、彼女がムーミントロールを描いている姿は映されますし、ところどころで作中に登場する逆さ言葉が台詞に混ざったりはしていますが、全面的にクローズアップされるワケではない。
むしろメインとなるのは、恋多き女性であるトーベ・ヤンソンの自由奔放とでも言うべきバイセクシャルな恋愛模様です。
そのため、本作は伝記映画というよりは恋愛映画と評する方が正しいかもしれません。感覚としては化石婦人メアリー・アニングの偉業よりも、フィクションである女×女の関係性に重点を置いた『アンモナイトの目覚め』が近いでしょうか。

聞くところによるとムーミンの物語の始まりは戦争中で、防空壕の中で近所の子供たちに話した妖精の物語が原型だとか。本作でも冒頭で映されるのは防空壕のため、早速この逸話が披露されるのかと思ったら数分後にはもう地上で、そんな話はなかったかのように話が進んでいってしまいます。
また、トーベは彫刻家の父と画家の母という芸術家の血筋に生まれており、戦時中は風刺画家として活躍。しかし、父や画壇からはトーベは芸術家としては認められておらず、そのことに鬱屈とした思いを抱きながら糊口をしのいで生活している。じゃあ本作ではそんな彼女の芸術家としての業が描かれていくのだなと思えば、彼女が仕事を通じて知り合うことになる舞台演出家の女性・ヴィヴィカに惹かれていく過程だったり、彼女の良き理解者にして政治家でジャーナリストの男・アトスとの不倫関係を描く恋愛方面がピックアップされます。
個人的にはムーミンの成り立ちとか、理想と現実の狭間で苦悩する芸術家トーベ・ヤンソンとしての姿を観たかったため、正直トーベの描き方については肩透かしもいいとこでした。

恋愛映画としても面白いかと聞かれるとちょっと肯定し難いです。時代ごとに話を区分して進行させていくんだけれども、どうにも話自体がゆったりしすぎていて、ちとかったるい。構成上、描かれることがない幕間でムーミンが大ヒットしている過程すっ飛ばしの手法についても、わかりやすいカタルシスとかエンタメ要素を差っ引いている感じで味気なく思えてしまいます。
ただ、最愛の女性であるヴィヴィカが他の女性に心移りしていたり、アトスがその間に妻と離婚していてトーベと真面目に結婚したいという想いを抱いていることが判明する恋愛的な移ろいが空白期間に進行している部分は良いシンクロ具合。ムーミン等の仕事にかかりっきりで恋愛をする余裕もなかったトーベが、この束の間の恋愛期間にやはり奔放かつ爛れた愛を育む姿は情熱的です。
『Sing,Sing,Sing』をはじめとしたジャズミュージックに合わせて踊るサマは、自由に生きて恋をするトーベの哲学を表しており開放的な気分になります。

しかし、今でこそ同性愛先進国とはいえ、戦前~戦後にかけては当時の他国と変わらず白眼視されていた筈なのに、あっけからんとレズの関係を次々と結ぶヴィヴィカには驚かされます。いくら何でも性的に奔放すぎて浮気者の誹りは免れないのですが、本人のカラッとした性質もあってトーベが執着する理由もわかる気がします。
反対に男性のアトスは(最初こそ不倫関係とはいえ)かなり真面目でして、トーベもヴィヴィカへの想いを捨て切れないまま甘えてしまうようなズルい関係を持ってしまうってのが何とも。因みにアトスはスナフスキンのモデルと言われますが、映画内ではあまりそんな雰囲気ではなかったですね……

生涯のパートナーとなる女性アーティストのトゥーリッキ・ピエティラと知り合ったばかりのところで物語はぬるっと終わるため、最後まで物足りなさが強い作品ではありましたが、まさかムーミンの製作の裏側でここまで奔放な恋愛模様があったとは知らず、そういう意味では中々興味深い作品でした。
「ねえ、ムーミンこっち向いて♪」って和やかな雰囲気というよりも「ねえヴィヴィカ!こっち向いて!ホラこっちこっち!ヴィヴィカ!ヴィヴィカ!!」って感じに女の情念吹き乱れる感じなんだもんなァ……