ホレス・ウォルポール(1797年イギリス貴族生まれの政治家・ 小説家)は、 "The world is a comedy to those who think, a tragedy to those who feel." (和訳)世界は考える者にとっては喜劇であり、感じる者にとっては悲劇である。 てな言葉を遺してるが、今作品は、真逆に描かれていた。 その不条理さを感じるなら笑えるし、よくよく考えたら今作品は悲劇やと思う。 ペーペーのポリスと先輩がある事件現場に入ると、家の中には何十体もの死体が散乱。 装飾用ライトの縄で首を吊った男、 自分の嘔吐物を喉に詰まらせて死んだと思われる男、 感電死した者が数名、 残りは銃弾の痕が。 これらはすべて、あるパーティーの夜に起こったことであり、その不運な家で起こったことが今作品を構成してる。 冒頭からして、こりゃダークで不条理なコメディであることがわかる。 そんため、登場人物が一人ずつ紹介され、彼らの間に内面的な葛藤があると、このプロットは確信に変わるかな。 ここから先は、まるで煮え切らない青春ドラマのような展開が待ってました。 ほんでもって、主人公の一人、マレク(カミル・ピョートロフスキ)が狂気のうちに殺されてしまう。 映画のトーンが変わり、突然、ハラハラさと、不気味さがパワーアップする。 加えて、小ネタが枝分かれしても、映画は緊張感を持続させることに成功し、まれにある刺激的でない文章も、最後に大きな報いがあることを暗示していました。 そして、対決のシークエンス。 バックにはメタルが流れ、銃弾が飛び交う痛ましい死、ホールの真ん中での腹の底から突き上げるような殴り合い、洗濯室で精神崩壊する主人公、外で起きている非道な災難を全く感じさせず爆発的な大声でセックスするカップルと、シーンはどんどん切り替わる。 このシーンは確かに大げさやけど、その演出と絵作りは、本当に待った甲斐があったかな。 振り返ってみると、今作品はティーン・スリラーとしての素質を備えてる。 特に、登場人物の中には実に興味深い資質を持ったキャラもいる。 しかしながら、彼らの円弧は、前述の残虐な持ち寄りパーティーで見事に幕を閉じるものの、それまでは、陳腐な脚本のせいで、実に生気のない(シャレにならへん)印象に終わってしまう。 例外はピザの配達員(アダム・ボビック)。 このキャラの最終的な運命は、この血のように赤いベルベットの桜を取る。これは、人生の目的の存在に対する作家の風刺的な見解であり、この見解は最後のショットまで続きました。 さらに、ピザ屋の死は他の人物とあまり関連性がない。 登場人物たちの不注意で放蕩な生活が早すぎる死への道を開くという話。 特筆すべきは、家の外のベンチに座っている見知らぬ夫婦の存在かな。 彼らはすべての悪ふざけをただ目撃するだけでなく、その冷徹な表情でさらなる笑いを提供してくれる。 彼らは、この物語を支える第三者の目なのだ。 彼らがいなければ、このホラーハウスと現実を切り離すのはあまりにも簡単なことやろう。 結局、今作品は、視聴者に、一体何を目撃したんや?と思わせてくれる。 しかし、それこそが、このシニカルで洒落た、不完全とはいえ暗く面白いポーランドのティーン向けスリラーの真骨頂なのかもしれないなぁ。