けめこ

沈黙のパレードのけめこのネタバレレビュー・内容・結末

沈黙のパレード(2022年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

すごかった…。人の気持ちが絡み合いもつれあって、ゆっくり1枚ずつ皮をはいでいくように真相に近づいていく。
実行犯は蓮沼に強い恨みを持つ人物、強い憎しみがないと人は人を殺せないとは思ったけど、そうではなかった…。新倉先生の妻を守りたいという愛と、自分が妻をそうさせてしまったという罪の意識、脅されているという現実的問題…。蓮沼が憎い、で街の人たちのみならずあの元同僚までが一枚岩かと思いきや、全く違う思いを抱えていた人が最後のピースだったとは…。

あれ、新倉先生が審査席で妻の手を握ったとき、佐織のことを思い出す妻を安心させるため、じゃなくて、俺も人を殺してきたぞ、俺の手もお前と同じく人を殺した手になったぞ、ってこと…。
でも、そこで罪によって固く結ばれたはずのつながりは、留美さんは殺してない、という真相によって断ち切られる…。なんて残酷。結局殺人罪となったのは先生だけ。
留美もかわいそうな人間ではある、嫉妬はもちろんしてたけど、佐織が妊娠した、のが決定的で。そして佐織から明確に嫉妬してるんでしょ、と言葉にされて、改めてはっきりとそれを自覚してしまって。あと自分が先生の期待に応えられるような歌手にはなれなかったって思いもあるのかな、嫉妬の言葉は自分からあまり口にせずに「あの人の夢はどうなるの!」だったから…。

話してください、と迫る草薙と新倉先生のところがいちばん鳥肌立ったし泣けた。「立証してみせます」なんて、そんなに簡単じゃないってわかってる。どのタイミングで佐織が出血し、致命傷はなんなのか、可能性の高い推論はできるけれど明確な証拠はない。それでも草薙は約束する。そして、一呼吸つく新倉先生…。静まり返った映画館に、たったひとつの呼吸音だけが重く響いて。
あのあと新倉先生は自供したんだろうか。湯川の推理を、きちんと、自白の言葉として。ここを最後観客に委ねられてぞくぞくした。仮に妻が自供しても、夫には動機があったことを立証するだけで、夫の殺人そのものの証拠とはならない。彼が自白するというのは、自分が妻に寂しい思いをさせたことや、妻が自首するというのを止めて人を雇ってまで殺人を選んだこと、自分の犯してきたあらゆる罪に向き合うことになる。しかも共に罪を背負ったはずの妻は実は罪人ではなかった。それは先生にとっては、救いであると同時に、絶望の宣告でもあるだろう。だって、妻が佐織を殺したと思い込んだことから全ては始まり、先生はここまでのことをしてきたのに。その前提が崩れてしまったら、何のためにここまでしてきたのか、ってなるじゃん…。

物理学的なトリックは1つだけど、その1つを成立させるための前後の条件までを含めて湯川の推理なんだな。物がどう運ばれた、という側面しか気にならないはずの湯川が、珍しく人の心にまで踏み込んでいったのはやっぱり、草薙のためであり、内海に影響されて、なんだよな…。湯川には人の心がないわけではなく、必要以上に発揮しないだけ、なんだ。この3人を見るために映画館に行って本当に良かった。昔の空気感そのままで、作中の年月も感じさせて。
湯川の知人が、という展開は容疑者Xの献身でも禁断の魔術でもあったけど、今回は湯川と草薙両方に個人的な思い入れがある新しいパターン。そこをバランスよく駆動させていく内海のチームワークが本当に見てて気持ちよかった。ガリレオと言えばこれ!!!
けめこ

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