平野レミゼラブル

最後の決闘裁判の平野レミゼラブルのネタバレレビュー・内容・結末

最後の決闘裁判(2021年製作の映画)
4.7

このレビューはネタバレを含みます

【三者三様の視点で描かれ見える騎士道の真実と悪徳】
御年83歳の巨匠リドリー・スコット御大が、14世紀末のフランスで実際行われた法的に認められた最後の決闘を描く歴史巨編。
ロマンスの原点とも言われる「騎士道」が重んじられる中世ヨーロッパという舞台ですが、まあ実際の歴史を見れば全然そんな高潔さとは無縁で、侵略・略奪が横行した野蛮な時代であり、舞台となるフランスも百年戦争の泥沼真っ只中です。
決闘裁判はそんな時代を映す鏡のような仕組みでして、証人・証拠が不足している事件の判決を神に委ね、原告と被告どちらかが死ぬまで闘うことで決着をつけるかなりどうかしている裁判方法。「神は正しい方に味方する(だから死んだ方は神の加護が足りない=正しくない者)」とかトンデモ理論ですが、神を絶対とする当時としては明確なロジック足り得たのですね。まあ『最後の~』とあるように、この時代辺りでは「流石にこれはおかしくね?」って声が大きくなって下火になっており、100年ぶりくらいに行われたという古臭い仕組みらしいですが。

本作はそんな記録としては残っているものの、それ以上のことは真相不明な歴史的事実を、事件を告発した被害者、被害者の夫、容疑者の3人それぞれの視点で追い掛けていく物語になっています。
脚本を担当したのが『グッド・ウィル・ハンティング』のマット・デイモン&ベン・アフレックの久方ぶりの黄金コンビで、決闘裁判に至るまでを「被害者の夫→容疑者→被害者」で微妙に観方が異なる形で描いていく『藪の中』…というより黒澤明の『羅生門』形式で丹念に描き切った筆力が流石。ただ、『羅生門』のように三者三様で真実が異なるというより、あくまで見方や価値観が違うから違うように思う(思い込んでいる)だけで真実は絶対的に一つを貫き通しているのがミソですね。
2時間半の大作で場面が重複することも多々ありますが、この人物によって見え方の違う物語の奥行き、そして徐々に明かされる3人の二転三転するキャラクター像が興味深くてのめり込むように観てしまったため、全く飽きさせません。
何より鎧武者達が闘う迫力の戦闘画面に一切の妥協がなく、常に本物の画を見せつけてくるスタミナ力が物凄いから史劇としても「これが観たかった!」に溢れています。

そういう作品じゃないのは百も承知ですが、もうアバンの甲冑着込みフェイズからテンションが上がりまくっちゃいましてね……この時点ではマット・デイモン演じるジャン・ド・カルージュも、アダム・ドライバー演じるジャック・ド・ルグリの人となりも何で争っているのかもわからないんですが、それでも心の中の男のコが拍手大喝采。甲冑騎士のロマンスに溢れていて、それはもう大興奮なワケです。
そもそも、この最初に激突する寸前の2人の画をお出ししてから、2人の人となりをじっくり掘り下げていく描き方ってボクシング映画とかのそれなんですよね。最初に見せ場をちょい見せして期待を煽り、2人の物語が最大限まで深まって両方とも応援する気持ちにさせてからゴングを鳴らす。自然、観客側はどちらにも負けて欲しくなくなっているし、それでも血湧き肉躍る戦いに感情移入してのめり込んでしまう。

実際、本作の甲冑アクションは滅茶苦茶に凄いです。ジャン視点、ジャック視点どちらでも冒頭で描かれる捕虜奪還の為の川中での闘いから物凄い密度で、全身甲冑に身を包んだ騎士達が鎧をガッチャガチャ言わせながら殴り、刺し、ブチ殺す映像の迫力ったるや……!ですよ。
甲冑同士だから一撃必殺は互いに狙えず、まず相手の動きを封じることに徹した棍棒でのぶん殴りあいの重量感!殴り合いの結果倒れればすかさずトドメを刺す容赦のなさ!互いに甲冑の隙間の急所を貫こうとする組んず解れつの大乱闘ぶり!乱戦の中で武器を失えば千切れたチェーンメイルを手に巻き付け、マウント取ってボッコボコに殴り殺しにかかる!!とか滅茶苦茶アガるじゃないですか……!!森での奇襲も矢が滅茶苦茶降り掛かり、狭い中で泥臭く這い回りながら死に物狂いで闘う凶悪さで映像としての見応えが物凄すぎます。
あまりこういった甲冑残虐ファイトに熱狂しすぎた感想書くのは、見るからに暗愚として描かれたシャルル6世のようで気が引けますが、滅茶苦茶熱狂しちゃったんで仕方ねェ!!
僕の一番好きなフェイタリティは喉元に槍を突き刺しそのまま槍ごと地面に叩きつけて串刺しにするフェイタリティです(フェイタリティ言うな)。

ただね、こういった表現に一切手を抜かない演出を見せつけられたら、映像においては全幅の信頼を置いてしまうじゃないですか。本作は誰かが嘘を吐いて映像を歪めているというより、誰かの視点によって真実の映り方が大きく変わり、人によっては非常に都合の良い映像にしているってことを表しているので、映像自体は嘘を吐いていないってことは何よりも重要なことになるんですよ。
あくまでも映像自体は変わってないのですが、視点が変わるだけでこうも印象が変わるし、この映像を見せるか見せないかでこんなにも真実の映り方は変わるのか…って衝撃がある。映像自体を加工するんじゃなくて、編集方法を大きく変えて三者三様の視点から見た真実を見せているのです。
それでは、映画に倣って「ジャン(被害者の夫)→ジャック(容疑者)→マルグリット(被害者)」の順番で映画全体を見ていきましょう。

[ジャン・ド・カルージュの真実]
ジャン視点で描かれるジャン像は最も騎士らしい騎士という感じで、正に最初に描かれる主人公!とでも言うべき造形をしています。川向かいで捕虜が虐殺されているのであれば、真っ先に突撃して助け出そうとする男らしさに溢れたナイスガイ。裏切り者の一族とされている家の美しき娘とも結婚しますし、細かいことは気にしないもののそれなりに順調に進んでいる筈でした。

ところが、ベンアフ演じるピエール伯爵からは、その熱血漢っぷりを疎まれていて、不当評価されている。友人のジャックはそんなジャンとピエールの仲を取りなしてくれますが、当のジャック本人はピエールに気に入られているためジャンの妻の実家の土地の領主に任じられるし、代々父から相続されている役職まで奪われてしまう。
そんな屈辱を受け続けて憤るも、男らしく全てを水に流して彼主催のパーティーに参加することで和解します。そう、全ては己の信じる熱く尊い騎士道に基づいた友情の為に……

しかし、大規模遠征から帰ってきたジャンは妻の様子がおかしいことに気が付きます。何でも妻が言うに、ジャンの留守中にジャックに陵辱されたとのこと。わだかまりを捨て、歩み寄りまでしたにも関わらず、裏切られたことにショックを通り越え怒りしか湧かぬジャンは今度こそブチギレた!しかし、ピエール伯爵の庇護を受けた卑劣なるジャックは権力によって守られている!!正に最初から勝敗は決まっているという無理ゲー!!
だが、ここで退いては男が廃る!そこでジャンはピエールよりも立場が上の国王シャルル6世を頼り、さらに現在は廃れていて最早知る人も少ない「決闘裁判」という起死回生の一手を突きつける!!熱血主人公らしい意外な逆転方法!!究極の盤面ひっくり返し!!『半沢直樹』だったらテーマソングが流れて「倍返しだ!!」のキメ台詞が出るところ!!
「ウオオオオオオオオ!俺は馬鹿だが、それでも許せねェものはわかる!!ジャック・ド・ル・グリ!!テメーのことだぜ!!俺と『決闘裁判』で勝負だァーッ!!」

[ジャック・ド・ル・グリの真実]
ところ変わってジャック視点になるとジャンの印象が大分変わってきます。目の前で捕虜を虐殺するなんて誰がどう見ても罠ですし、それに引っ掛かるヤツなんて馬鹿しかいないのです。だからこそ、馬鹿が突出しないよう冷静沈着に……誰だ……突出した馬鹿は!?ジャンだ……!あ…あのクソ馬鹿野郎が……!!

こうして見るとジャンが何故、ピエールから嫌われているのかもわかってきます。戦場では足を引っ張りがちなのに妙に自信満々で生意気だからです。一応、友人だからでジャンを見捨てず、ピエールに取りなすだけのことをしている分、ジャックの方が立派に見えてきます。
まあ、ジャン視点でなくてもピエールが最悪なのは純然たる事実ではありまして、コイツのやることと言ったら女を侍らせてお気に入りの臣下と共に興じる乱交パーティーですからね。マット・デイモンもベンアフも、脚本書いたにも関わらず熱血漢のバカと放蕩クソ貴族という格好良くない(だけどだからこそ美味しい)役を自ら進んで演じていく姿勢は逆に好感を持てます。
一応、ジャックもそんなピエールに付き合いますし、それにキレてはネチネチ文句つけてくるジャンとの友情も大事にしますが、心情としてはその両方に呆れて疲れ切っている。ある意味、中間管理職の悲哀というものが常に漂っているワケです。
そんな中、女性でありながら相当なインテリでないと読めない本(少なくともピエール臣下ではジャックしか読めなかった)を読む知性と気品を持つジャンの妻・マルグリットには心惹かれてしまう。少なくとも彼女は粗野で馬鹿なジャンにうんざりしている筈。それよりも本の話で気が合う私の方と気が合う筈だ!!

そう考えてからのジャックの行動は早かった。ジャンの出張と従者の不在を狙いすましたジャックは、マルグリットが一人残された城に突入したと思えばそのまま犯す。
これまで、馬鹿の友人と無能上司に挟まれて大変だね……なんか事情があったんだよね……って思ってた俺の気持ちを返せや!!100%有罪(ギルティ)じゃねェか、テメー!!
何が最悪って、一応この行動を罪深いとは思ってはいるけど「神に祈ったら、無罪。」と開き直っているところですね……しれっと無罪主張しているの、マジで禊はもう払ったしって思考回路っぽいのが最悪。何だったら禊を払うと同時に「ジャンより俺の方がマルグリットに相応しいやん」って思考を強くしているっぽいのも居直りが極まっていて最悪の最悪。この時点でジャンの印象も大分悪いけど、ジャックが最悪を更新しまくるので、まあジャンが勝てよ…って気持ちにはなっていたのですが……

[マルグリットの真実→真実]
最終的な視点にして、この章題のみ「真実」の文言が最後まで強調された以上、彼女の真実こそが最終的なジャン像とジャック像の落ち着く先になるワケです。そして、その二人の真実の騎士像なんですが……まあ底だと思っていたさらに底を突き抜けていくモンだから恐れ入るよね!!

まず、ジャック。ジャック視点ではマルグリットは馬鹿なジャンに飽き飽きしていて、その代わりインテリな自分に惹かれていた!と自城での読書談義の時に感じていました。
ところが、マルグリット視点では城に招待されたところまでは描写されても、その後にジャックと読書談義した部分がまるっと抜け落ちているんですね。作中でもマルグリットは再三、ジャックのことを「顔は良いかもしれないが、良い男とは思えない」と言及していましたが、読書談話総スルーによってそれが紛れもない真実だと証明されるという。
ジャック視点ではマルグリットを犯した時に喘ぎ声も聞こえていましたが、マルグリット視点では悲鳴しかあげてないなど、ジャック視点がいかに身勝手極まりないものだったかということも証明され、余計にジャック像は最悪と化します。
こうしてマルグリット視点も合わさったジャックの最終評価は、自分とマルグリットは精神的に想い合っている!!と勝手に信じ込んでいただけの哀れな横恋慕野郎に落ち着き、「よし!わかった!潔く決闘に負けて死ね!!」と結論付けられます。

ただでさえジャック視点で底が知らされていたジャンも、さらなる底を曝け出していきます。彼にとっての決闘裁判に臨む真の動機がマルグリット視点で見えてくるんですが、それは妻のために立ち上がった義憤でもなんでもなく、ただ単に自分をとことんコケにしてくるジャックやピエールを見返すためというどこまで行っても自分本位ですからね。
思えば、ジャン視点の時点でマルグリットの為の行動が表向きの理由でしかないって感じはありましたね。「妻の土地を奪いやがって!」とキレていましたが、そもそもジャンが結婚した理由は土地目的でしたし。
ジャンの身勝手さが気持ち悪いの領域に達していたのは、マルグリットがジャックに犯されたと告白した後の行動でしょう。ジャックにキレるのはまあ当然としても、その後に傷心の妻を慰めるでもなく「アイツを最後の男にはしない」とばかりにセックスの上書きですからね。もう、マルグリットのことなんて1mmも思いやっていない。俺の所有物を汚しやがってくらいにしか考えていない。最悪。
起死回生の一手とした決闘裁判にしても、敗北したらマルグリットも偽証罪で火炙りの刑ってリスクの部分を伏せたまま勝手に臨んでいくもんだから、お前マジふざけんな状態。
妻を想う熱血漢の不遇の騎士からスタートしたジャンですが、もうこの頃には完全にベールが剝がれ切っており「自己中心的な虚栄心に溺れた自分を有能だと思い込んでいる無能の世渡り下手な愚物」まで成り下がっています。
こっちはこっちで無惨に負けて死に晒してほしい気持ちが湧きますが、負けるとマルグリットも巻き込まれるというジレンマ。

マルグリットを取り巻く環境も最悪さを助長させており、「中々妊娠しないのに妊娠したのは感じてたからじゃないの?」とか抜かす「快感=妊娠」というどうかしている科学的根拠も、それを衆人環視の裁判で詰められる状況も、マルグリットはジャックをイケメンだと言っていたという友人の裏切りの証言も全てがジャンとジャックと同等の最悪っぷりです。
中世ヨーロッパという時代背景だから仕方ない…で飲み込むことも出来ないのは、純粋な被害者として描かれ続けてきたマルグリット視点故ですね。姑も「レイプされても名誉のために黙っているべきだ」とマルグリットを追い詰めますが、これは彼女の経験も踏まえての助言であり、中世ヨーロッパの倫理観が女性をいかに追い詰めて価値観を歪めていたかってのもわかってしまい複雑な気持ちになります。まあ、姑に関しては如何なる時でもマルグリットをいびっていたから、そこまで同情的にはなれないけれども。
あと中世ヨーロッパの倫理観とは言うけど、現代でも同じような感じでマルグリットを苦しめるような輩はいるので、他人事でないことにもゲンナリですが……

そんな最悪っぷりを描いたからこそ、毅然と立ち上がって真実を訴えたマルグリットの自立心と勇気に感情移入して、彼女を応援したい気持ちになるのはやっぱり巧いですね。
マルグリットが自立した女性だというのは、ジャンの留守中に活き活きと領地を切り盛りしている描写からも明らかでした。また、この場面は「領地の切り盛りが出来るのはジャンだけではない」「マルグリットは確かにジャンに不満を持っていたが、こういう形で不満を昇華できていた」ってことも表していまして、男衆二人の視点がさらに馬鹿らしく思えてきます。
そんな馬鹿たちがマルグリットをトロフィーにして勝手に殺し合いだすワケですから、本当にこの辺は観ていて辛いですね……


最初にこの決闘裁判をボクシング映画に例えて、どちらにも負けて欲しくない気持ちになるなんて言いましたが、ごめんなさい。ありゃ嘘です。
馬鹿2人の自分勝手な喧嘩なので、心情としては本当にもうどっちも勝手に闘って死ねや!!でしかない。でも、ジャンが死んだらマルグリットが自動的に酷いことになるので、ジャンは絶対勝てっていう。
そんな全く乗り切らないままに決闘が始まるので、全然盛り上がらなかった……って言い切っちゃうのも大嘘になりまして、いやアクションはやっぱり滅茶苦茶に面白ェ…!なんですよ……!!馬上槍の戦いなんて初めて映像で観ましたが、一突きごとに鎧が弾け飛んで致命傷を食らう迫力が物凄くてさあ…!最高に滾っちゃったね…!!
ジャンが落馬して「ふざけんな!お前死ぬな!」から、ジャックを馬から突き落として安心させる緊迫の演出も考え抜かれててね……迫力の馬上戦から泥臭い地上戦にもつれ込んでなお面白い戦闘描写だから、常に興奮しきり。
ここら辺、マルグリットの処遇とかもうどうでも良くなって決闘を楽しんでいる民衆たちと同じ目線になっちゃってるので居心地は非常に悪いですが、面白いもんは面白いから仕方ないんですよ……この辺で抱いた罪悪感も、リドリー御大の術中に見事にかかった結果な気がしてならない。

重傷を負ったもののジャンはジャックを打ち倒し、ジャックの悪徳は認められ、マルグリットも名誉を回復したため物語としてはめでたし、めでたし…なのですが、マルグリット視点なので全くカタルシスにはなっていないというのが凄まじい。
得意満面な笑みのジャンの横で、全く浮かない顔をしながら凱旋するマルグリットの姿が象徴的でして、この後も彼女はジャンに抑圧されたまま生活をせざるを得ないんですよね……おまけに自分を取り巻く環境がいかに最悪なのかも改めて思い知らされたので、生きてて良かったが、生きていく先も虚しいだけという……ここに至ると、全裸で引きずり回されそのまま逆さ吊りにされて晒されるクソ野郎ジャックの姿を見ても、ちっともザマミロ&スカッとサワヤカな気分には成り得ません。
ある種、『シグルイ』の決着のようなやるせなさでこの顛末を見届けることになりまして、なんだこの行き場のない感情は……

せめて我々が出来ることと言えば、決闘後に映される子供と城下で戯れるマルグリットの笑顔から、どうかその後のマルグリットの生涯は幸福であれ…と祈ることしかないという……
ラストに字幕で表示される「遠征でジャンが死んだ後も、マルグリットは再婚することなく女領主として一生を終えた」の一文はただの記録でしかありませんが、2時間半にも及ぶ映画を観た観賞者にとっては、また違った感慨と前向きな想像を生みます。これもまた歴史の醍醐味ではありますね。
多面的な要素を持たせながらも、重厚かつ濃厚な史劇でもあり見応えしかない作品でした。

超絶オススメ!!