ヨーク

イノセンツのヨークのレビュー・感想・評価

イノセンツ(2021年製作の映画)
4.2
これは超面白かったな。
多分に日本向けの宣伝文句であろう、大友克洋の『童夢』に影響を受けた、というのは非常に分かるのだが正直『童夢』ほどの派手な破壊描写などは無い。ただロケーションとしての団地、正邪どちらにも振り切れてしまいそうな危なげのある子供性の描写というのは『童夢』からのエッセンスだというのは感じる。もちろん『童夢』ばかりではなく同じ子供のサイキックものというジョシュ・トランクの『クロニクル』や超能力はないがルネ・クレマンの『禁じられた遊び』や、その他にも影響を受けたとみられる作品はたくさんあるが、それらのタイトルにピンとくるものがあるのならまず間違いなく観るべきだと言えるだろう。
映画のあらすじ自体はどうということはないし、そこは説明が必要なものでもないんだけど、一応書いておくとノルウェー郊外の団地に引っ越してきた4人家族、両親と姉と妹のお姉ちゃん、そのお姉ちゃんが知的障害と多分自閉症を持った子供であり、主人公である妹は両親が姉のことばかり気にかけるのを不満に思っていた。しかしそのお姉ちゃんは実は超能力を持ったサイキックガールで引っ越し先にの団地には同じような能力を持った子が他にもいたのである。それぞれに複雑な家庭環境を持ったそのサイキック・チルドレンたちの関係性を巡り人知を超えた力がどのように使われていくのか…というお話ですね。
この手の超能力キッズを描いた映画にはよくあることなのだが、本作でも超能力というのは子供が持つ無限の可能性的な真顔で言うにはちと恥ずかしいような意味を持たされたギミックとして使われているのだが、本作が素晴らしいのはそこにある子供が持つ無限の可能性というものには正邪の区別がないということなのである。何というのかな、映画という、しかもアート系ではなく娯楽映画という括りでいうならばかなりパターン化された物語が重用されるメディアにおいて本作はかなり先の展開が読めないタイプの映画だったのである。映画のおススメの仕方としてはよくある文句だが「どんでん返しに次ぐどんでん返しで先が読めない!」的なものとは少し違う。どんでん返しというのも物語の文法の中では凄くありふれたものではあるので、上手く忍ばせれば効果的なものではあるのだがどんでん返しというパターンに内包されてしまうものではあるのだ。そういうのとは違っていて本作では体系化および類型化された語り口というのがあまりないのである。一番分かりやすいのは主人公である妹のキャラクターなのだが、コイツ実はクソ野郎なんですよ。サイキックお姉ちゃんが上記したように知的障害と自閉症を持っているような子なので自分の意志を上手く他人に伝えられない子供なのだが、それをいいことに親に叱られたりというムカつくことがあったらお姉ちゃんの太ももをつねって鬱憤晴らしをするようなクソガキなんですよね。もちろんハリウッド映画とかにも根性の曲がったガキというのは出てくるがそういうのはほとんどの場合は悪役として登場するでしょう。『ハリーポッター』シリーズのマルフォイなんかはその典型だ。でも本作ではそのどうしようもないクソガキが主人公なのである。これは面白いですよね。何をしでかすか分からないもん。
その不安定さっていうのがすごく上手く演出されていて素晴らしい映画でしたよ。『イノセンツ』というシンプルなタイトルもそれを含んだものなのだろうが、冷静に考えると当然なんだけど子供の持つ無限の可能性というのは善い方向にいくこともあれば悪い方向にいくこともあり、常にその狭間で揺蕩っているようなものなんですよね。善悪という社会的な物差しがないから自分にとっての快か不快かで行動を決めてしまう。結果としてそこに大人の目線での善悪はあっても子供にはそんなもん関係ないんですよ。主人公は怪我をしてその痛みを訴えることができない姉に対して「お姉ちゃんは何も感じてないよ」とか言ってのけるようなカス野郎なんだけど、そこには私に理解できる痛みのサインがないから痛みを感じていないのだという判断があるだけなのである。そういうある種の残酷な子供性の中で悪意や慈愛というものに出会い、それを理解していくお話なのであるが、その残酷で独りよがりな子供性というものが自分の子供時代を思い出しても心当たりがあるようなもので非常に懐かしくもあり恐ろしくもあった。
ゲラゲラ笑いながら田んぼの畦道でカエルに石を投げて遊んでいた昔の俺はあのガキと大して変わらないよなって思ったし、だからこそあのクソガキが飛行機の玩具でテンション上がって一緒に遊ぼうぜ! ってなったときに落涙しそうなほどの切なさを感じた。主人公も脇役たちも、本作に登場する全ての子供は環境や状況が少し違えば全然違った道を歩いただろうと思うし、子供というのはそういうものなのである。そのような子供が歩く世界の綱渡りのような恐ろしさを超能力という題材を用いてここまでの緊張感をもって描いた作品はそうはあるまい。
子供という存在を描いた作品で名作と言われるものは映画に限らずたくさんあるが、この『イノセンツ』という映画は間違いなく近年の子供を描いた作品のマスターピースの一つであると言えるだろう。一歩を踏み出す場所がどこなのかで全くその後が変わってしまう子供時代のおそろしさ、そして主人公がどこにその一歩を踏み出すのか、本当に最後までドキドキしながら見守っていた。
めちゃくちゃ面白い映画でした。
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