ヨーク

ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービーのヨークのレビュー・感想・評価

4.2
俺が生まれて初めてプレイしたテレビゲームっておそらく高確率で『マリオブラザーズ』か『アイスクライマー』のどっちかだと思うんですよね。スーパーじゃない『マリオブラザーズ』の方ね。もしかしたら『ゼビウス』かもしれないけどちょっとその辺は記憶が曖昧。ただその辺のファミコン最初期のソフト群は俺が物心ついた頃にはすでに定番としてあって、当然『スーパーマリオブラザーズ』もその中にあった。
いやまぁやったよね。そりゃもうたくさんプレイしたよ。一応ここは現在大ヒット中の映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の感想文なので思い出話はそこまでにしておくが、俺のテレビゲーム歴の原点は任天堂でありマリオシリーズであったということです。そこは世代によって色々あるだろうが、でもまぁ今の若い人でもガキの頃にマリオやってたという人は多いんじゃないだろうか。そういう人には刺さるだろうな。テレビゲームをここまで映画として落とし込んだ作品はそうそうないのではないだろうかとも思う。
映画のあらすじはまぁどうということもないね。マリオです。配管工の兄弟が下水道で土管に吸い込まれたらその先にはキノコ王国が。弟ルイージがクッパ大王に捕らわれたので、そのクッパの侵攻を阻止しようとするピーチ姫と共にマリオお兄ちゃんがクッパに立ち向かう、というだけですね。ほんとそれだけ。潔い。
あまり詳しくその話題を追っているわけではないけれど、どうもTwitterをはじめとしたSNS上では本作の批評家ウケの悪さと一般客ウケの良さを比較してあぁだこうだと言われているらしい。繰り返すがあまり詳しくその話題を追ってはいないのでどういう議論がなされているのかは知らないが、しかしこんな映画が仕事として映画観てる評論家連中にウケるわけないだろとは思う。正直、映画を観りゃ分かるけど本作は議論の余地などないほどに大衆娯楽映画じゃん。相当巧く出来てるエンタメ映画だけどそれはあくまでもマリオというブランドを最大限にプッシュした上でよく出来ているということで、登場キャラを誰も知らないようなキャラクターに全取っ替えしたら「良い出来なのに売れなかったね」っていう評価の作品になると思うよ。例としては『ヒックとドラゴン』みたいな。マリオという固有のキャラクターの要素を抜けばそれくらいの出来の良い娯楽映画でしかない。だから目の肥えた評論家様が「ま、普通じゃね?」というくらいの評価を下すのはまったく自然だと思いますね。しかしそのマリオというキャラクターやその世界観を描くという点に於いて本作は本当に素晴らしく、テレビゲームというメディアで描かれていたそれから映画というメディアに移り変わっても何の違和感もなく「楽しいマリオ」を観させてくれるのだ。そこは本当に凄い。ただまぁ、その単なる娯楽映画であるということも強い思想に裏打ちされた娯楽映画ではあるので本作がただ楽しいだけでその他には何のメッセージもないような映画ではない、とは言っておくが、それはまた後で。
本作に於けるテレビゲームという娯楽が元ネタとしてあるマリオ、っていう点では多くの人の感想でも散見されるように「マリオ愛が凄い」とか「様々な小ネタが仕込まれていて飽きない」ということがまず挙げられる。いやもうそこは観てくれ、観たら分かる、としか言いようがないが冒頭からそうだしキノコ王国に行ってからも膨大な数のマリオ作品からの引用やアイコンのつるべ打ちが凄まじい。全て(俺も全部はやっていない)とは言わないまでもマリオシリーズを1~2本でも遊んだことがある人は、そうそうマリオってこういう感じ! となるだろう。逆に言うとマリオを全く知らない人にはほぼ響かないとは思うが。そこはまぁキャラクターものだったりシリーズものだったりの宿命ではある。でも兎にも角にも本作は『マリオ』なんだからそこは吞んでもらって、そういうもんだと思ってしまえばとにかく笑えてドキドキわくわくできる最高のアクションコメディでしたよ。
一見してお説教や深い思想はない。ゲームの中でマリオがステージを駆け抜けていくように映画もランタイム92分というコンパクトな尺の中でただ楽しく面白いだけのものを観せてくれる。それも老若男女問わずに誰が観ても楽しいだろっていう安定感のある面白さだ。クッパのキャラとかすごくいいよね。悪だけど、それはちゃんとロールとしての悪であって眼を背けたくなるような現実的な悪ではない。悪というよりも悪役、なわけだ。多分その辺は任天堂というか宮本茂のチェックが入ってるところなんだろうな。本作への評で、面倒くさいポリコレ的な思想とか惜し付けがましい正しさがないから素晴らしい、というようなことを言っている人もいるが、俺にしてみたらそう言う人たちは本当に本作を観たのかと疑わしくなるし、観た上でそう言っているのだとしたら映画を観る目どころか創作を受け取る感受性がほとんど死んでる人なんじゃないかなと思ってしまいますね。
上記したようにこの『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』という映画では明らかに意図して”誰もが楽しめるもの”というデザインが成されているわけですよ。人種、性別、年齢に関わらずに楽しいだけの作品にしようという意図は明らかに汲み取ることができる。それは立派な一つの思想でしょ。深くはなくていい。でも可能な限り広く。浅くてもいいからとにかく広く。それが本作の基本設計であり思想だと思いますよ。そしてそれというのは映画としての薄っぺらさに直につながる。さっきから俺は本作の映画内の具体的な描写については何も書いていないけど、実際特に書くべきことなんてないからなんですよ。映画としてめちゃくちゃ凄いっていうところは特にない。本当に誰が観ても楽しめるような平易な映画でしかない。だから映画の評論を生業にするような人間にとっては「まぁこんなもんか」な映画でしかないわけですよ。当然だと思うよ。もちろんディープなマリオファンしか気付かないような小ネタとかも仕込まれてるけど、それは映画としての深さではなくてキャラクターものとしてのサービスでしかないわけだからね。
だから本作に関してはどうしても映画としてのどうこうよりもメディア論的な感想になってしまうんだが、最初に書いたように本作はテレビゲームを映画として落とし込んでいるその精度が凄いんですよ。ちょっと話が飛ぶけど本作のマリオってあんまり強くないの。設定的には現実世界からキノコ王国にやって来たばかりで異世界のことは右も左も分からないんだから当たり前だけど、ゲームではお馴染みなスーパーキノコでパワーアップも初体験だからおっかなびっくりという感じ。つまり何が言いたいのかというとね、マリオめっちゃ死にます。いや、もちろん映画内に於いては死亡としては描かれないけど、これゲームだったらここで死んでるよなっていう箇所は枚挙に暇がないほどある。そんなマリオと比べると共闘するピーチやドンキーはそこまでミスをしているような描写はない。これは明らかに意図されてると思うけど、つまり本作を観に来た観客がプレイヤーとしてマリオを遊んでたときに何度もミスしてゲームオーバーになっただろ? ってことの暗喩ですよね。多分レインボーロードでショートカットするときもあれ3~4回目くらいだから。映画としては一発成功っていう見せ方してるけどあれ何回も落ちてるから。
そこねぇ、すごく良かったですよね。特に俺の原体験としてのファミコン初期の頃のゲームなんて鬼畜のような難易度のゲームが多かったからさ、クリアするまで何十回も何百回もゲームオーバーになるんだよ。でも辞めないの。そんなに失敗ばっかりするんだったらもう辞めちゃえば? とも思うけど辞めない。なぜかというと楽しいから。失敗も含めて楽しいから。上記したように本作のマリオは無敵のヒーローじゃなくてパワーアップしたと思ったらその後にやられちゃったりして、最後もクッパに追い詰められるんだけど(もう一度だけやってみようかな)って思ってまた立ち上がるんですよ。これ全ゲーマーが経験してることだよ。もう一回だけやってみようかなって。そこはちょっと泣きそうになったし、ここまでテレビゲームの感覚を落とし込んだ映画はなかったんじゃないかなと思ったんですよね。
でもそれもゲーマーじゃないと分かんないところなんだよな。純粋培養されたシネフィルにはそこのところのメディアを飛び越えた感は中々分かんないだろうなと思いますよ。でも俺はゲームもやる映画好きなんでね、これはもう傑作と言うほかない。そしてテレビゲームだけじゃなくて現実でも”もう一回だけやってみようかな”は大事なことだと思うから、やっぱ凄くメッセージ性の強い映画だと思いますよ。
でもそれがほとんど隠れちゃうくらいの徹底した面白さと楽しさというのは良くも悪くも凄いよな。そして本作がディズニーじゃなくてイルミネーションで制作されたというのもよく分かるよ。楽しいという感情だけで受け手側の様々な階層を突破しながらドライブして、さらにゲームと映画というメディアの往還までしちゃうのはやっぱイルミネーション的ハチャメチャさが必要だったんだろうなと思う。ディズニーの『シュガーラッシュ』もゲームをテーマにした映画では傑作だと思うけど既存のゲームタイトルを使ってここまでのものを撮られちゃったらちょっともう参りましたになってしまいますね。
大変面白かった。あ、でも最後に文句も書いとくか。マントマリオの出番があれだけかよ! ってのとテレサが全然出番なかったことは明確な文句がありますね。特にテレサ。テレサって人類が生み出した幽霊キャラの中で一番かわいくないですか? 目が合ったら恥ずかしくて動けなくなるお化けなんだよ? 天才かよっていう設定じゃないですか。続編あったらテレサめっちゃ出してほしいですね。ルイージとお互いビビりまくるシーンとか超面白いと思うんだけどな。
まぁ多分続編はあるだろうからテレサ出てこなくても観に行くけどね!
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