ヨーク

ボーンズ アンド オールのヨークのレビュー・感想・評価

ボーンズ アンド オール(2022年製作の映画)
3.9
まず結論を書くと面白かったんだけど、ちょっとモヤモヤ感も残るというか結構一筋縄ではいかない映画でしたね。タイトルが『ボーンズ・アンド・オール』というものなんだが、中々言い得て妙でまさに骨まで愛してな映画でしたよ。骨まで愛してとか言うと昭和の情念歌謡曲のようだが実際ラブストーリー的な側面はある。側面というか、むしろそこを本作のメインの見どころとして楽しむ人も結構いるのではないだろうかというくらいには若い男女の恋愛模様が描かれる映画であるのは間違いない。
でもなぁ、最初にモヤモヤ感が残ると書いたのも正にその部分なんだけど、これ恋愛映画として消費するようなお話なんだろうかと思ってしまうんだよな。そこやっぱどうしても引っ掛かりましたよ。
確か予告編でも言われてたと思うのでネタバレと見做さずに書きますけど本作は食人ものの映画なんですよね。カニバルですよ、カニバル。レクター博士のアレね。詳細は分からないけど生まれ持ってどうしても拭いきれない食人の欲望を持った人がいるというジョジョ4部の吉良吉影みたいな設定で、主人公もそういう性を生まれ持った食人ガールなんですよ。普段は何とか抑えつけてるけど彼女の食人欲求は本能レベルなのでどうしても他人を傷つけてしまうことになる。その設定だと本当はそんなことやりたくないのに…! でも本能はコントロールできないから罪悪感を持ちながらも人を食べちゃう! っていうそういう映画なのかなと思いますよね。でも違ったね。そういう描写も序盤では多少あったが、食人に対する忌避感とかタブー感というのはほぼ描かれずに作中では淡々とその行為が映され続けるんですよね。これはちょっとどういうことだろう? と思うよね。
ちなみにお話はその食人ガールが父親に見捨てられて、幼い頃に別れた数少ない母親の痕跡を辿りながら同族の少年に出会って食人しながらアメリカを放浪していくというものです。吉良吉影みたいと書いたが実際に行く先々でスタンド使い並みに同族に出会いまくるので食人族も惹かれ合うのか…とか思ってしまうが、ぶっちゃけその中での年の近いティモシー・シャラメ演じる食人少年、いや青年くらいかなっていう男の子との奇妙な恋愛関係がメインの映画ではある。ただ普通のさわやかカップルのキラキラ映画と違うのは何度も書いてるように本作のメインキャラは食人族であるということです。そしてこれも繰り返しになるがその食人描写はおぞましい行為としてではなくサラッと描写される。そこなんだよな、この映画のキモは。
たとえば恋愛が主軸の映画でセックスがサラッと流されるような描写なのは普通に飲み込めるじゃないですか。どれくらいの頻度でやってるかはともかく、セックスという行為自体は別に異常な行為でも何でもないからね。喧嘩とか、それに伴う多少の暴力行為とかも程度の差こそあれまぁよくあることだよな思う。でも人を食うのは異常でしょ。明らかに。どう考えても。それが普通の恋愛映画に於ける濡れ場くらいのノリでスッと入ってくるんだよな、この映画は。そのことをどう思うかなんだけど、俺は結構それはダメなんじゃないですかねって思ったよ。
ダメっていうのは社会通念上の倫理とかそういうのに照らし合わせてダメってだけで、そういうことを描いてはいけないという意味ではないけど、でもダメでしょ。人を食って何とも思わないような奴らが普通に生活してる姿に感情移入させようとする映画は。そりゃまぁ厳しめのレーティングになるよなって思うよ。
正直観ながらずっと、やってることが単なる恋愛劇なら食人設定自体がまるっといらないだろと思いながら観てたんですよ。共通する社会のマイノリティである男女が出会って恋仲になるお話なんて履いて捨てるほどあるじゃん。同じ難病を持った二人でもいいし、移民同士の二人でもいい。描くことが単なる恋愛描写ならそこに食人族的な飛び道具は別にいらないだろって思いながら観てたわけですよ。
でも面白いのもそこですよね。なんでわざわざ食人設定のラブストーリーにしたんだろっていう。そこを読み解くには食人を何のメタファーとして描いているのかということが大事なんだけど、俺としては多分、恋愛におけるセックスとかではないと思うんだよな。そうじゃなくてもっと逃れようのない血の呪いのようなものではないだろうか。主要登場人物は大体家族関係に問題を抱えていてそのことで人生に大きな重しを感じているんですよ。そこに食人という特殊過ぎる嗜好も手伝って彼らはみんな孤独である。また、本作に登場する食人族の中では「同族間での食人はタブー」という暗黙の協定のようなものがあるらしい。ここは二重のレイヤーが施されてるようで面白いですよね。家族(同族間)ではみんな問題を抱えている。だがしかし同族間(広義の家族、いや部族か)の間で共食いをしてはならない。これは血縁から解き放たれてもっと外に行けよというメッセージを感じる一方、どうも食人の嗜好自体が遺伝的に受け継がれるようなのでどこまで行っても血の呪いから逃れられないという絶望感も感じてしまう。
個人的に俺は本作に於ける食人をそういう感じで捉えましたね。だからやっぱやってることはただの青春恋愛劇なんだけど、その結果として主人公たちが結ばれて子供を作ったらまた新しい悲劇の食人ストーリーが再生産されるのかもなという悲しみのようなものもある。そういうことを考えちゃう辺りが一見不要に思える食人要素を入れた意味で、本作の面白いところなんじゃないかなと思いますね。ただその部分の解釈の仕方でかなり印象が分かれる映画だろうなぁ、とは思いますね。少なくとも単純な泣ける純愛映画とかではないよ。
そういうこと踏まえてみると「ガソリンが切れた場所で一緒に暮らそう」みたいなセリフはグッとくるなぁ、と思う。いや中々面白い映画でしたね。
しかし気になったのはティモシー・シャラメのジーパンなんだけど、あそこまでボロボロになっても穿く? いい加減新しいの買えよ! って思ってしまいましたね。面白かったからいいけどさ。
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