こうん

aftersun/アフターサンのこうんのネタバレレビュー・内容・結末

aftersun/アフターサン(2022年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

散文的な映像の羅列の中にジワジワと染みるように広がっていくのは、抱え続けるしかない苦しみと輪郭のはっきりしない喪失感、そして日焼けした肌に残ったヒリヒリするぬくもりでした。

感覚的でしかも非説明的な映画なので、ともすれば父娘がトルコでぼんやりバカンス♪しているだけの映画でしかないんだけど、断片的に見せる演技の余白や一風変わったフレーミングや取りとめのないディテールでもって、父娘それぞれがなにを見ているか/見ていないのか、なにを感じているのか/感じていないのか、を絶妙な足りなさで描き出していて、それがそこはかとない余韻として響き、観客はなにかしらの感情をお土産にして帰ることになっているんじゃないでしょうかね。
日曜日の新宿ピカデリーほぼ満席でしたけど、聴く限りけっこうな人の鼻をすする音がありましたね。届く人には届くし、響く人にはすごく響く映画です。ま、なんでもそうか。

まず、なにはなくとも主演のポール・メスカルさんとフランキー・コリオさんですよ。
彼らが演じる父カルムと娘ソフィの関係性、愛し合っているし信頼し合っているし屈託のない関係性であるのに、なにか越えがたい距離…それは別個の人間であり、ましてや20歳の年齢差…という分かり合えなさ、というのをチラチラと見せてくれて、そのナチュラルさと親近感あふれる芝居が素晴らしかったですね。
芝居っていうか、そういう父娘にしか見えなかったですよ。

とくにフランキー・コリオさんのちょっと大人びているけど成熟にはまだ遠い11歳の感じ、マジでめんこい。ありきたりな表現になってしまいますけど、無邪気で気まぐれで、パパ思いで、ちょっと背伸びしてみたい冒険心もあり、やはり幼さゆえに理解できないことへの恐ろしさもうっすらある、そのさまざまな表情の塩梅が見事でしたね。
ちょうど本作と同じ20才離れた姪っ子のことを思い出したりしました。

本作が特徴的なのは、おそらく2000年頃の旅先で撮影したビデオ映像(懐かしいミニDVだ)とその時のソフィのまなざしを、それから20年後の31歳になったソフィの視点として映し出していることですかね。
先にあらすじ読んでいないと映画だけ観て読解するのはけっこうハードル高い、アートハウス映画です。
その語りがほぼ主観的記憶といってもいいので、物語的な推進力がない。悪い言い方すれば、ちんたらまったりした映画ですよ。ただ旅が終わりに近づいていくことだけはわかり、主に父カルムの纏う空気がどんどん不穏になっていく、というゆるやかなサスペンスが醸し出されていく作りになっています。

そのゆるやかなサスペンスが、なんとなく焦点を結ぶラストで「あぁ」と観客はすべてを理解するんですけど、そのすべてというのが、現在のソフィさんが気付き得たなにかで、ただしかしそこはなんにも具体的に示されない、というある種のオープンエンドというか、抽象度の高い結びになっていましたね。
あんまり響かない人には「なに?なんなの?」ということになるし、なにかしら響いた人にはそれぞれの解釈の余地がある、そういう開かれた(もしくは丸投げされた)エンディングでございました。

わたしの解釈だと、カルムはおそらくゲイで、それをひた隠しにして生きている。一方でソフィという娘の存在を愛してはいるけれども、同性愛者でありながら子を作った責任を罪深く感じてもいる(2000年頃の話です)。そしてそれらが関係しているとは思うんだけど、人生にすごく行き詰まっている。
映画が後半に行くにつれ、そういうカルムの仄暗いニュアンスやディテールが散見され、カラオケ拒否のところで確信しましたね。

そんな父親との思い出を31歳の現在のソフィが見つめている。現在の彼女には同棲のパートナーと乳飲み子がいる模様。その彼女があの日の父の姿に、なにを見てなにを思うのか、想像に難くありません。

そしてラストショット、やや抽象的に表象されるこちらにカメラを向ける父親は、おそらく彼女が“最期”に見たカルムそのもの。ソフィを一瞥し、その無機質な部屋から出ていくカルム。
それが何を意味するかは…みなまで言うまい。

最後に映画は鋭く深めの苦味を放り投げてきますけど、しかし同時に今まで観て来たカルムとソフィの刹那のバカンスの楽しさが覆るというわけでもなく、よりその思い出が複雑に切なく浮かんでくるわけで。
いい映画…とシンプルに思いましたよ。もう1回観ると味わい深く受け取れるだろうなと思います。

劇中を彩るさまざまな音楽も2000年頃青春真っただ中だったわたしの琴線を刺激してくれて、チャンバワンバでさえちょっと沁みました。あとホテルの従業員がマカレナ踊るの、なんかサイパンとかで観たことあるぅ~と思いました。

そうそう、トルコのやや寂れた感じのリゾートも旅行欲をグイグイ刺激してくれましたね、コロナ明けたので(明けたよね?)、近場のリゾートでだらだら過ごしたい~
という凡人感想で終わります。
こうん

こうん