高校時代に、TBSの「月曜ロードショー」で、「エノケンからたのきんまで東宝映画の５０年」と題した特集番組が放送されたことがあった。数々の名場面を編集して荻昌弘が解説した番組。榎本健一喜劇、黒澤明、ゴジラから「スニーカーぶるーす」まで、紹介される映画の大部分はもちろん初めて観るもの。それが僕と友人たちにはよい刺激になって、あんな場面があるならいつかちゃんと観てみたい！と話しておりました。

その番組の中で、本作「忍ぶ川」のクライマックス、初夜の場面がちょこっと流れた。加藤剛が栗原小巻に声をかける。
「雪国じゃね、みんな裸で寝るんだ。その方が寝巻きなんか着るよりもずっと暖かいんだ」
「あたしも寝巻きを着ちゃいけませんか」
「ダメだ。もう雪国の人なんだからね」
そして…
この場面の会話に同じクラスの男子高校生たちは悶々とした。
あれ脱がせるための口実じゃね？
でも風習みたいに言ってるやん。
絶対大岡忠相（※）はせっかちなんだよ。
※当時、僕らには加藤剛≒ドラマの「大岡越前」イメージしかなかった。

それから40年位経って、「忍ぶ川」を初めて見た（恥）。上記のアホな会話をしたメンバーの中には亡くなっている者もいる。「おーい！観たぞぉ！」と天に向かって叫びたいww

家族が相次いで自殺や金銭がらみで失踪したりと不幸が続く主人公哲郎。遺伝的な理由で自分に障害が起きる不安を抱えている中、きちんと身を立てようと大学で学び直している。そんな彼が小料理屋忍ぶ川で出会ったのが仲居の志乃。だんだんとお互いに好意と信頼を寄せるようになる。

深川に二人で出かける場面では志乃が生い立ちを包み隠さず哲郎に語る姿が心に残る。
「私のことは全部あなたに見てもらいました。これでスッカリです。」
家族のことを深く話したくない哲郎は嘘をついて全てを口にしなかった。それを恥じた彼は志乃に手紙でこれまでのことを打ち明ける。お互い今までで苦労してきた身の上なのだ。

惹かれあって信頼できる相手だったら、自然と今までの自分について話してしまうことあるよな。…とわが身をちょっと振り返る。

「ひとは見かけによらない」と気安く哲郎が言ったひと言。志乃が生まれや苦しかった少女時代をきちんと話す横顔は、それに対するアンサー。この場面の栗原小巻、芯の強いヒロイン像がいい。廓で働く女性たちを＂お女郎さん＂と呼び、昔のそうした女性たちには品があったと語る様子にも、亡びの血を恥じている哲郎に「あなたも死なないでください」という姿がにも、志乃の人柄が感じられ、観ている僕らも引き込まれていく。栗原小巻ファン、コマキストの気持ちがこの辺りでわかってきた気がする。

映画後半は哲郎がまっすぐな気持ちを告げて志乃が「はい」と答え、志乃の父の死、そして結婚するために哲郎の故郷青森へと舞台が移る。臨終が近い志乃の父が、哲郎のことを「いい男だな」と言うのが胸に沁みる。

苦労や不安はあったにせよ、２人が一緒に生きて行こうとする前向きな物語。まっすぐな純愛もので、２人を引き裂こうとする邪魔者も出てこない。昼メロや映画のドロドロ恋愛劇を見慣れた目には、退屈に映る映画だと思う。話の起伏は志乃に婚約者が！？と哲郎が焦るパートくらい。

クライマックスの身内だけの結婚式と初夜。将来を誓い合った２人の儀式として美しく描かれる。冒頭に書いたテレビ番組ではこの場面だけが切り取られたが、そこに辿り着くまでの物語を知ると印象はガラッと変わった。というか、その短い映像が男子高校生だった僕らにも驚きだったように、公開当時の衝撃はさぞ大きかったんだろう。ヌード場面だけで映画が注目されたくない、とは言ったものの、熊井啓監督はこの翌年関根恵子を起用した「朝焼けの詩」で似たような話題を呼ぶことになる。

「銭が人間を幸せにするんじゃねえぞ。結婚なんてもんはなぁ、死ぬほど惚れた相手ができたらさっさとするのが一番いいんだ」
いい台詞がいっぱい。

芥川賞を受賞した三浦哲郎の私小説「忍ぶ川」を社会派と呼ばれた熊井啓が映画化した格調高い純愛映画。
撮影は黒田清巳。
美術はその後熊井啓と組む木村威夫。
音楽は松村禎三。
(1972、120分、俳優座作品。モノクロ・スタンダード)

学生の哲郎(加藤剛)と料亭「忍ぶ川」の看板娘・志乃(栗原小巻)は、互いの境遇を語り合う中で心を通わせる。
東北の旧家出身の哲郎は6人兄姉のうち4人が相次いで自殺や失踪を遂げ「滅びの血」の恐怖と世間に対する「恥」の意識に苛まれている。
一方、東京・下町の遊廓街に産まれ育った志乃は、貧しい家族のために料亭で働く。
暗い人生を歩んできた哲郎と健気に生きる志乃は純粋な愛を育み、哲郎の郷里で結ばれる。

～登場人物～
①志乃(栗原小巻):洲崎パラダイスにある射的屋の娘。深川の料亭「忍ぶ川」の看板娘。
・父(信欣三):郭では"当り矢のせんせ"と呼ばれていた。志乃が12歳の時、戦争で焼け出され、一家は栃木へ移住し、神社のお堂に住む。志乃が一人東京に出て一家を養う。
・母(阿部百合子)
・弟、要(鹿野浩四郎):ホウキ職人(見習い)。
・上の妹、小夜子(大西加代子)
・下の妹、多美(宮川真理)

②哲郎/てつお(加藤剛):東北の旧家の息子。六人兄弟の末っ子。上の姉二人は自殺、長兄は失踪、次兄も逐電。２年間教師をして大学に戻った苦学生。26歳。
・父(永田靖)
・母(滝花久子)
・長兄、文哉(可知靖之):失踪。
・次兄(井川比佐志):実家の全財産を持って逐電する。
・上の姉、亜矢(山口果林):服毒自殺。
・2番目の姉、美那(片山真由美):入水自殺。
・姉、香代(岩崎加根子):目が不自由。

③料亭「忍ぶ川」
・女将(木村俊恵)
・最年少のトキちゃん(渡辺千鶴子）

④その他
・哲郎の学友・潮田/うしおだ(鶴田忍):志乃に振られる。
・志乃の婚約者、本村幸房(滝田裕介):セールスマン。
・木村の上司(稲葉義男):課長
・列車の乗客(菅井きん)

"毛布一つ"
"馬橇の鈴音"
"ウミネコの群れ"

「私は、子供の頃から、兄姉のことを聞かれると、いつでも、死んだと答えていたのだ。それだけ言えば、何も言わずに済んだからである。」

「もし、あたしもそんなだったら、死ななければならないんですのね。でも、あたし、死にたくないわ。あなたも死なないで下さい。」

「哲郎ちゃん。あたし、生きていてもいいの？生きていてもいい？」

「私は、初めて一人の人間が尋常に死んでいく様をつぶさに見ることができた。肉親の異常な死に方に慣れた私は、この父の死の意味を思わずにはいられなかった。それは、志乃に私を選ばせた、新しく生きさせるための死だった」

「雪国ではね、寝る時、何にも着ないんだよ。生まれた時のまんまで寝るんだ」

①映画では、哲郎の郷里が、原作者三浦哲郎が産まれ育った青森県八戸から同じ東北だが山形県米沢に変更されている。
②モノクロ映像で撮られる、日傘を差して歩く栗原小巻の和服姿や東北の冬景色が美しい。
③映画の成功は清純派女優と言われた栗原小巻の起用による。
栗原演じるヒロインは、そのきちんとした言葉、立ち居ふるまいや作法から、生まれ育った環境にそぐわないが、そんなことを忘れさせてくれる日本的な美しさを持つ。
(加藤剛こそは、東北出身の苦学生に見えない)
④加藤剛の「死」のイメージは、栗原小巻と結ばれることで、両者の「生」へと昇華される。

～日本の主な恋愛(関連)映画～
(2025.4.6 外国映画にはラブストーリーの名作がたくさんあるが、邦画となるとベスト10とか聞いたことがない。(恋愛を語ること。それ自体が「恥」とされた時代が長く続いたのではないか？)そこで、思いつくままに。
でも、恐らく何か忘れてる。皆さんも思い思いに考えてみてね。どんな作品が挙がるかな…)
※未鑑賞 ✳️お気に入り
・愛染かつら(38)
・無法松の一生(43)
・わが恋せし乙女(46)
・青い山脈(49)
※また逢う日まで(50)
・君の名は(三部作)(53～54)
✳️近松物語(54)
・浮雲(55)
✳️野菊のごとき君なりき(55)
・雪国(57)
・純愛物語(57)
✳️古都(63)
・乱れる(64)
✳️清作の妻(65)
・乱れ雲(67)
✳️心中天網島(69)
・忍ぶ川(72)
※約束(72)
・男はつらいよ 寅次郎相合い傘(75)
・幸福の黄色いハンカチ(77)
✳️時代屋の女房(83)
※時雨の記(98)
・Love Letter(95)
・たそがれ清兵衛(02)
・世界の中心で愛をさけぶ(2004)
・ALWAYS 三丁目の夕日(2005)
・秒速5センチメートル(2007)
番外(外国作品扱いのため)
※愛のコリーダ(76)

No.4604

キネマ旬報・第1位

熊井啓といえば社会派だが、これは毛色が違う。

ある意味じゃもっと重い。

主人公・哲郎の生い立ち、悲惨な家族の末路。

調べたら、原作者・三浦哲郎の家族そのままであり、誇張がないのに驚き・・。

一方の栗原小巻はとてもかわいらしい。当時、脱いだことがとても話題になったそうだが、ほんとくだらない。

「女優は脱いで一流」みたいなオッサンの妄想、早く消えてなくなってほしい。