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100万回生きたねこ
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『100万回生きたねこ』に投稿された感想・評価

3.7
あの有名すぎるベストセラー絵本のドキュメンタリーだということで、ふんわりした気持ちで観始めたのに、心が居心地悪くてぞわぞわするほど重い話が盛りだくさんで、私なんかが受け止めていいものだろうかと思うほどいろんな感情が渦のようになっていった。
この絵本を、幼い頃最初に読んだ時、なんでなんでという気持ちがどんどん押し寄せて訳がわかんなくなったのに、ラストのねこが死んだシーンで涙を流した。
あの時は単純にねこが最後に死んじゃったからなんか悲しくなって泣いたのかもしれないし、本当の意味をどこかで感じて感動したのかもしれないしちょっと本当のところは分からない。
でも、ほかの好きとか嫌いとかに区分けできる絵本とは全く別物の独特さによって大人になるまで内容をはっきり覚えていた絵本でもあった。

この、とんでもなく売れてしまった絵本を書いた佐野洋子さん。
この作品では彼女の声と、写真しか出てこないけれど、佐野さん自信があのネコのような人だった。
不機嫌で、ぶっきらぼう、そしてなかなか人を信用しない。
ただ、ひとたび心を開くと洗いざらい心の中の真実を正直に見せてしまう不器用さ。

このドキュメンタリーに出てきたこの絵本のファンたちはこの不器用な佐野さんの分身のねこに、自分の何かしらを重ねている。
それは自分がこの世に生きてきた意味を考えたり、愛することこ本質を学んだり。
もしかしたらこの絵本に救われなかったら自ら命を絶ってしまったかとしれない危うい人もいる。
佐野さんは、きっとこういう人たちを救うためにだとか、人生を生きることを教訓じみた意味で子供たちに伝えようとしたわけではないのかもしれないけど、孤独な彼女がこの絵本をスラスラと書き出せたという事実は、やはり佐野さんが書くことに意味があったからなんだろう。

大人になればなるほど深みを増していく絵本というのはいくつかあるけど、たくさんの人生がこのねこの人生に肉付けされて、読む人に多種多様の感動を与えてくれる「100万回生きたねこ」の奥深さ、もう一回じっくり噛み締めながらよみ返してみようかなと思う。
先日初めてこの絵本を読んだ。
いや、もしかしたら昔読んだのかもしれないけど、きっと何が伝えたいのかよく分からず、モヤモヤしたまま忘れてしまっていたのかもしれない。

愛してくれたけど身勝手に連れ回された飼い主の事を100万回嫌いで、何度生まれ変わっても自分の事が一番好きだったねこが、初めて自分以上に好きな相手を見つけて喉を鳴らした。
でも気づけば年老いてしまっていた愛しい白いねこが動かなくなったとき、ねこは100万回泣いて、遂に生き返る事はなかったという絵本でした。

その絵本に感動する読者の裏側にいた、作者の抱えていた複雑な感情や家族との関係。
そして自分の母親との確執と、それが溶けていった末に訪れる自らの死までも描かれたドキュメンタリー映画でした。

人生って誰にとっても正解や間違いはなく、正義も悪もない。
その時々にうつろう感情に苛まれつつ、やがてそこに埋もれる様に死んでいくのが幸せなのかもしれないって思う。
【百万回生きたネコの解釈】
自己が自己を愛しているだけでは不完全であり、完全なる幸福、すなわち天国へは行けない。他人からもらった自分を愛する能力を他人のために使ったときのみ、完全なる幸福すなわち天国へと行くことができる。つまり、完全なる幸福を目指す自己愛に、もし自己犠牲が欠けているならば、それは画竜点睛を欠いていることになる。自己愛がなければ完全なる幸福に到達できるわけがないが、そこに最後に自己犠牲が付け加わらないと完全なる幸福にはやはり到達できない。①他人から受けた愛→②自己愛→③自己犠牲→④完全なる幸福という順序を守らなければ、完全なる幸福に至れない。③からスタートしようとしたり②からスタートしようとしても駄目で、完全なる幸福を目指すならまず①からスタートして、しかるのちに②、しかるのちに③、しかるのちに④という順序で進まないといけない。人は他人から百万回愛される(=①)ことで、自分を好きになることができ(=②)、そんな自分への安心感がいつしか自己犠牲を可能にするほどまでに大きく育ち(=③)、その自己犠牲によって人は大いなる幸福を味わう(=④)。こういう順序になっている。

だから、自己愛がなければ自己犠牲はないが、その最初の自己愛自体が、また別の他人(=その多くは養育者)による自己犠牲によって成立したものでもある。こうして、

(養育者の)自己犠牲→(子どもの)自己愛→(養育者となった子どもの)自己犠牲→(孫の)自己愛

というループが発生していく。

このループが重要で、自己犠牲(=アガペー)と自己愛(=エロース)は、お互いがその起源となって<ウロボロス構造>をつくっていることになる。自己犠牲があるから自己愛が成立し自己愛があるから自己犠牲が成立する。蛇(=自己)が自分の尻尾を食べる(=自己犠牲する)ことですこしだけ成長する(=自己愛)。このとき、自己愛は自己犠牲によって可能となるが、自己犠牲も自己愛によって可能となっていることがわかる。この死と再生、愛のプロセスには終わりがない。こうして生命は永続していく。ゆえに愛にも実は生命の論理が底流にあることがわかる。


【この絵本に内在する4つの衝撃】

⑴自己だけが自己を愛しているだけでは自己愛が完成しない。

⑵良い子よりも悪ガキのほうがいい。

⑶愛された人は愛せる人になる。

⑷愛されなかった人は愛せない人になる。


【⑴の根拠】
自分だけが自分を愛しているだけでは画竜点睛を欠く。それでは真の自己愛とは呼べない。そうではなく、たとえ自分がどんな状態になっても他人は自分のことを愛してくれるはずだという他人への信頼があってはじめて、自分をそれまでよりも遥かに強く愛することができる。真の自己愛は愛してくれた他者からの贈与品なのである。ここまで愛してきてくれた他者を信頼すると、それがそのまま自分を信頼することになって戻ってくる。

【⑵の根拠】
良い子だと、どれだけ親から褒められていても、テストで高得点を取るなど、良きこととされていることを自分がたくさんしているから褒められているかのように思えてしまう。それに対して、悪ガキだと、褒められたときにそのように受け取る余地がない。むしろ悪ガキなのに愛されているということから、愛してくれる者の愛の強さを察知しやすい。さらに、小さい頃に悪ガキでも大人になってから良い大人になれるが、小さい頃に良い子だと大人になってから悪い大人として羽目を外すのは非常に難しい。そしてそもそも、悪ガキの悪事の悪さなど、多くの場合は、たかが知れている。子どもが悪ガキとして暴れまわっていたほうが発育にもいい。さらに、子どもが変なことをするのを許容できる社会はポテンシャルが高い。放蕩息子の比喩やヨブ記など、聖書には頑張らなかった者が褒められる話や頑張った者が怒られたりする話が散見されるが、それも傍証として使えるだろう。

【⑶の根拠】
「自分はもう大丈夫だ。自分はもう十分愛されてきた」という信頼と安心感、そして自分が愛されている理由は自分の財産ゆえにではないと確信している愛されてきた人は、その財産を困っている人のために手放すことが容易になる。幸せのお裾分けができるようになる。自分が常に既に周囲の人に愛されていたから生きてこれたと気づいた人には、周囲の人にその返礼をしたいという気持ちが芽生えやすくなる。The beatlesの『アビイ・ロード』というアルバムに入っている「ジ・エンド」という曲がある。誰でも知っていることだが、この曲は素晴らしい。何しろほんの僅かしか歌詞がないのだが、これが極めて深いからである。音楽的にも、リンゴ・スターによるドラムソロは、現時点で聞いても、何度きいても、それでも未だに感動するほどである。

And in the end, the love you take is equal to the love you make.
あなたが手に入れる愛は最終的にあなたが創り出す愛と釣り合う。

とThe beatlesが述べていることも傍証として使えるだろう。ただし、注意すべきは、ここで言われているのが、「最終的に返ってくることになるのだから与えなさい」という規範の提唱ではなく、「与えたぶんは最終的に返ってくることになる」という事実の記述である、ということである。『100万回生きたねこ』という絵本の中で他人に100万回泣かれたネコが他人のために100万回泣くことができるのはこの事実に対応していると思う。

【⑷の根拠】
パノプティコンのなかにずっといて規範を押し付けられながら生活していると、いつも自分がその規範を守っているかどうかチェックされているのではないか、実は常に誰かに見張られているのではないかと不安になる。その不安を解消するためには、規範を内面化してしまえばいい。つまり、自分からその規範を好きになってしまえばいいのである。こうしてあれほど嫌いだった特定の規範が好きになるということが起こる。人は心の奥にある本当の希望が実現できないとわかったとき、自分の選好のほうを変えてしまうということがある。不幸な社会や制度の中で自分の本当の希望を突き通そうとすると、余計にフラストレーションがたまって苦しいから、そんなことをするくらいだったらいっそのこと諦めて、現状の不幸の中でせめてもの幸福を見いだそうとするのが適応的選好形成である。さらに、こうした苦労をしてしまった人は、他人が自分の受けた苦労をしないで済むのを見過ごせない。だから、好きにならされた規範を他人にも押し付ける。こうして過剰要求的な規範が上からだけではなく下からも横からも押しつけられるようになる。「なぜ自分ばっかりこんなにひどい目にあうのか、うらやましい」と憤慨して、他人を傷つける。自分の過去が無駄ではなかったと思いたい、自分の過去を否定されたくない、自分の過去に意味を見出したいという気持ちが働くためである。

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