【⑶の根拠】 「自分はもう大丈夫だ。自分はもう十分愛されてきた」という信頼と安心感、そして自分が愛されている理由は自分の財産ゆえにではないと確信している愛されてきた人は、その財産を困っている人のために手放すことが容易になる。幸せのお裾分けができるようになる。自分が常に既に周囲の人に愛されていたから生きてこれたと気づいた人には、周囲の人にその返礼をしたいという気持ちが芽生えやすくなる。The beatlesの『アビイ・ロード』というアルバムに入っている「ジ・エンド」という曲がある。誰でも知っていることだが、この曲は素晴らしい。何しろほんの僅かしか歌詞がないのだが、これが極めて深いからである。音楽的にも、リンゴ・スターによるドラムソロは、現時点で聞いても、何度きいても、それでも未だに感動するほどである。 ↓ And in the end, the love you take is equal to the love you make. あなたが手に入れる愛は最終的にあなたが創り出す愛と釣り合う。 ↓ とThe beatlesが述べていることも傍証として使えるだろう。ただし、注意すべきは、ここで言われているのが、「最終的に返ってくることになるのだから与えなさい」という規範の提唱ではなく、「与えたぶんは最終的に返ってくることになる」という事実の記述である、ということである。『100万回生きたねこ』という絵本の中で他人に100万回泣かれたネコが他人のために100万回泣くことができるのはこの事実に対応していると思う。