伊太八縞の作品情報・感想・評価

「伊太八縞」に投稿された感想・評価

ALABAMA

ALABAMAの感想・評価

2.4

このレビューはネタバレを含みます

この間無事に仕事納めを迎えたので、正月は映画を沢山観たいと思う。
東宝映画。Mr.怪談の中川信夫の初期時代劇作品。長谷川伸の小説『伊太八縞』を原作とし、脚本を中川監督自ら執筆している。『伊太八縞』は中川よりも先に1932年、当時新興キネマ所属であった松田定次によって映画化されている。
物語は寺の境内で2人の町人、伊太八と銀之助が何やら話し合っているところから始まる。どうやら伊太八と銀之助は同じ女、お俊のことが好きなようである。伊太八は以前、巾着切り(スリ)を繰り返しており、今では更生して大工を目指しているが札付きの悪だった。方や銀之助は真面目で自らの店も構える安定した男。お俊の母親は銀之助との縁談を勧めているが、イマイチ乗らないお俊。お俊は伊太八のことを想っているようである(直接的な描写はないが、そう捉えられる)。伊太八とお俊、互いに好き合っているのに決して交わらない平行線の片思い。その構図に対して外的環境が齎す危機。一人の女を巡って衝突と訣別を繰り返す純粋なロマンス作。大作とは呼べないが、小作でありながらも細やかな人物描写が光る刀を抜かない人情劇。
決して良いとは言えないシャシンであった。当時、中川監督の第二作目にあたる本作は、好評であったらしいがその斬新さは確かに目を引く。移動ショットではなく、あくまでカットを用いて様々なアングルからのショットを試みる。ローアングルから屋根上の俯瞰ショットなど、ワンシーン中の会話であっても多角的な側面からその場、その状況を窺い知る事が出来る。ただ、カットが多いと画の切り替わりにスピード感が出てしまい、テンポが速くなるため、カーアクションやスタントシーンでは多カットは非常に有効に作用するが、こういった芝居をみせる映画では逆効果になっている。この多カットの手法は以前観た『怪異 宇都宮釣天井』でも観られた手法で中川監督の特徴でもあるが、やはり好きにはなれない斬新さだった。ただし、こうやって色々なアングルから撮っているもの観る事によって自分の好みのアングルを見つける事が出来る。
ここまで、キャメラに関する演出の不満点を書いたが、評価する部分も大いにある。それは中川組でのエキストラの動かし方。まるでそこに生き、そこで生活を営んでいるかのような市井の人々の動きだ。今の時代劇の後ろにいるその他大勢の人々は、背負子を背負って、若しくは大八車を引いてただ歩いているだけ。娘同士が店先に突っ立って何か話しているだけ。出店の主人が声を張り上げて何かを売り込んでいるだけ。と、どこか味気ない。面白くない。本作では、人々は雨が上がれば傘を干し、下駄を壁に立てかける。一人一人が生活を営む芝居をしようという意識を持って、演技をしていると感じられる画作り。ついつい主役の芝居に夢中になり、バックを埋めるエキストラの人たちをいい加減にしてしまいがちだが、フレームに写る者全て画を構成する役者である。その一人一人を丁寧に演出することで画の時間、空間に魂が吹き込まれる事をこの作品は教えてくれた。むしろバックの多様性に対し、メインの役者の動きが非常に単純で味気なく、旨味がなかった。彼らの芝居の段取り調が少し頂けない。
心象表現の分かりやすい作品で、心穏やかではないシーンでは雨が降る。平行線は交わる事なく、最後までゆくが、最後の最後微妙なブレを見せる。そのブレが後に交わる事になるか、将又、離れる事になるか…。
総合的に観て、良いとは言えないシャシンだが、中川監督の作品は10のうち4は大変勉強になる演出がある。偉大な4。