河豚川ポンズ

ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうたの河豚川ポンズのネタバレレビュー・内容・結末

4.3

このレビューはネタバレを含みます

新たな世界へと駆け出していく応援歌みたいな映画。
最近はキツイ話の映画ばっかり見がちだし、世の中もこんなことになってるから、こういう優しい映画は脳と心にとても良い。


ニューヨークの片隅にある小さなレコードショップ「レッドフックレコーズ」。
オーナーのフランク・フィッシャー(ニック・オファーマン)は元ミュージシャンで、音楽好きからミュージシャンを引退後はこの店を経営してきた。
しかし、それも今は赤字続きで、娘のサム(カーシー・クレモンズ)の大学進学を考えると閉めるしく、ずっと思い悩んでいた。
サムとは妻が亡くなってから2人暮らしだったが、自分と違って現実主義で大学も医学部への進学だった。
そんな二人は昔から家にある楽器でセッションをすることがあり、この日もフランクは半ば強引にサムをセッションに誘う。
いつかサムと親子でバンドを組むのが夢だったフランクは、今日出来た曲の出来栄えからバンドを組もうと提案する。
しかし、自分は医者になるのだから無理だといってきっぱり断られてしまう。
それでも諦めきれないフランクはふとした思い付きで、今日完成した曲「Hearts Beat Loud」をSpotifyに投稿するのだった。


自分の周りでは公開時にあんまり話題に上がらなかった気がするんだけど、何となく観てみたら大当たり。
音楽映画となるとストーリーと同じくらいに音楽の趣味が自分に合うかどうかがかなりキモになると思ってるから、それが今回は自分に刺さりまくった。
サムを演じるカーシー・クレモンズのソウルフルな歌声がまず良すぎるし、これが女優だけじゃなくてミュージシャンもやってるからと聞いて納得。
名前も聞いたときはピンとこなかったけど、「さよなら、僕のマンハッタン」に出てきたあの彼女かと分かって、派手じゃないけど良い役柄に恵まれる人だなと思った。
バンドを組んでどうこうという話よりも、音楽をきっかけに父親と本心をぶつけ合うという話だから、曲数も少なく、そもそも本編も90分ちょっとしかないけど、どれも心に強く残る出来栄え。
もう本編観てすぐにサントラ買った。

やっぱりこの映画の良いところは、父親と娘の互いの想いのすれ違いが織りなすドラマだろう。
音楽が好きでレコードショップを始めたフランクが、目の前で娘の才能を見せつけられ、そこに亡くなった妻の姿を重ねてしまえば、昔諦めた夢をまた追わずにはいられない。
一方で、娘は地に足を付けた目標があり、そのために努力もしてきた。
その目標のためには父親、そして恋人の下から離れなければならないのに、父親がそんな能天気なことを言い始めれば当然怒りもするだろう。
そんなすれ違いが起こり、フランクも半ばやけっぱちになってしまうが、そんな2人を取り持ったのもまた音楽だった。
サムはニューヨークを離れて大学へ進学し、フランクはレコードショップを閉めて新しい仕事を始める。
2人の新たなステージへと進むための第一歩が、ラストのレコードショップでのライブシーンだろう。
それまで大きな出来事が起こるシーンは少なく、全編を通してしっとりとしたストーリー展開だけど、だからこそ最後のライブシーンにはささやかな幸せに包まれてる。
今まで思い描いてきた夢じゃなくて、これから描いていくことのできる夢を2人は共有することが出来た。
そしてきっと本当の大団円というのは、この映画のストーリーの先にあるのだろう。
この映画はそこへ向けてのまさに旅立ちを描いたもの、そして音楽はそこに吹き抜ける爽やかな風のようなものだった。
物足りないという人はいるかもしれないが、自分はこのくどすぎない爽やかさがとてもよかったなあ。