平野レミゼラブル

パラサイト 半地下の家族の平野レミゼラブルのネタバレレビュー・内容・結末

パラサイト 半地下の家族(2019年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

面白い映画は数多くあれど、ここまで完璧な構成を見せつけられると参っちゃうね……。しかも「経済格差」という社会問題をしっかり浮き彫りにして問題提起した上で、そこまで暗すぎず、硬すぎず、エンタメとして単純に面白い…!ってんだから本当に完璧な映画と評するしかありません。ジャンルは途中滅茶苦茶笑ったしブラック・コメディと定義したいところだけど、それだけに留まらないクライム、ケイパー、スリラー…といった要素も盛沢山。それらの要素がどこからどう来るかわからないという予測不能さも合わさって(この辺りは去年観た『メランコリック』に近いかも)、これはもう早くも今年のベスト級です。
 
冒頭から例によってソン・ガンホを家長とする半地下一家の底辺生活が描写されるが、そこは『グエムル』で駄目一家の駄目さをコミカルに描いたポン・ジュノ監督。不思議と悲壮感がなく、フフフと笑える底辺ギャグに仕立てています。
近所のWi-Fiがパスワード制になったからカフェの無料Wi-Fiが使える位置を探して便器の上に陣取るとか、ネットで学んだピザの箱の早畳み技を内職で実践したら「仕事が雑」と給料減額されたりとか、市の消毒作業に「家の害虫を駆除してもらおう」と敢えて窓を開けたままにして咳き込むとか凄く面白い。
 
合格祈願の山水景石をくれる優しい先輩(ここでも食べ物のが良かったとこぼす即物的価値観が見えて笑う)の紹介で、一家の長男が金持ち一家の家庭教師として入り込む。ここからが寄生パートで、家族や娘の信頼を得た長男は続いて、長女を赤の他人と偽り末っ子の美術教師として紹介する。金持ち一家のあまりの単純さと馬鹿さですぐに兄妹が受け入れられる過程も面白いが、その後に父親を運転手に、母親を家政婦として潜り込ませる手法がテクニカルで唸る。
お抱え運転手にカーセックス疑惑を持たせ辞職させる、長年いる家政婦も桃アレルギーを利用して結核に見せかけ追い出す…とやることがクズの極みではあるのだが、咄嗟の機転の見事さ、半地下一家のスペックの異常な高さ、なんか台本読み合わせて頑張っているなどの要素から妙に感心してしまい、やはり不思議と不快には思わない。追い出し過程で「なんでパンティー脱いだの?」という疑問や、ピザソースといった伏線を持たせてスピーディーに解決・回収する部分にケイパーモノの趣があるのも大きいだろう。
こんなにスペック高いなら、そのスペックを活かして真っ当に働け…とは言いたくなるが、スペックに乗じて真っ当に這い上がれるなら苦労はしないワケで…ここら辺、格差社会の根深さが浮き彫りになっている。ところでソン・ガンホ父ちゃんは台湾カステラの事業に失敗して破産したとのことですけど、これは今のタイミングでタピオカ屋始めたみたいな感じなんですかね。もう一人、元同業者出るし。
 
完全に寄生に成功した半地下一家は金持ち一家が末っ子の誕生日祝いにキャンプに行ったのを良いことに屋敷でどんちゃん騒ぎを慣行。家にある高いお酒を飲み散らかしているが、広いリビングの中でちゃぶ台くらいのスペースに集まり、酒に対して安っぽいつまみ(ジャーキーに至っては犬用だったし)を食べてる辺りに貧乏性が染み付いていて何とも言えなくなる。
「金持ちは余裕があるから優しい。金があれば私ももっと優しくなる」などの真理めいた話題が流れる中で元家政婦が雨に濡れながら不気味な登場を果たし、物語は一気に予測不可能な方向へ転がり出す。
 
実は、この家には前に住んでいた建築家が密かに用意した防空壕があり、そこに元家政婦は借金取りに追われる夫を匿っていたのだ。自分達より以前にこの家に寄生する者がいることを知った半地下一家は驚愕。そしてさっきまで「私は優しい」と宣っていた母親が、その秘密を知って露骨に見下すのが酷い。お前ら人のこと言えないだろ!下には下がいるとわかると、途端に見下しだすのが人のサガなのだろうか……でもアクシデントで元家政婦も、半地下一家が自分を追い出した張本人にして現寄生一家だと知る。
 
そして、勃発する底辺バトル・ロワイヤルに大爆笑。あの仁義もクソもない闘いからの流れ、完全にスラップスティック・コメディとして成り立っている。特に北朝鮮ナレーションから笑いのツボにハマりすぎて終始腹を抱えていました。向こうでもあのネタ、鉄板なのね。
底辺バトル・ロワイヤルも半地下一家の逆襲で決着がついたか?と思われたタイミングで、大雨でキャンプを中止にした金持ち一家が帰ってくるという不測の事態が発生。さらに状況が混沌と化すのも最高。本当にゴキブリみたいになってしまった半地下一家が、いつ見つかるのかというスリルまで加わってくるという娯楽性の乗算効果。いやぁ〜〜〜本当に面白い…!
 
しかし、本作で純粋な笑いが続くのはここまで。ゴキブリと化した一家は金持ち一家の「貧乏臭い臭いが運転手の欠点だ」というナチュラルな見下し発言を聞いてしまう。金持ち夫婦の貧乏人ロールプレイセックスに関しては、何を見せられているんだというシュールさはあるものの(おっぱいは時計回りに回そう)、完全に自分達と種が違うと叩きつけられる。
 
からくも、金持ち一家の家から抜け出す半地下一家だったが、今度は自分達の半地下の家が大雨で沈没しているサマに唖然とする。その前に、階段を「下りる」印象的なカットがあったが、彼らの住む半地下はそこよりさらに「下」。トイレから汚水が溢れ出す中、諦めて煙草を吸う長女の姿が虚しくも格好良い。明らかに避難所に持って行くには重いし嵩張るのに、成功と富の象徴である山水景石にすがる長男の姿はただただ悲痛だし、「計画」なんて立てるから失敗する「無計画」が一番だとこぼす父親に絶望。さらにここからの貧富の対比を徹底的に突き付けてくるので観客も唖然とする他ない。
 
金持ち婦人が今日は何を着ようかしらと服を選んでいるクローゼットからの、今日着る服が放り投げ配られる体育館。
雨が降ったおかげで今日は良い気候で良かったと、雨で住む場所を失った人の前で語る婦人。
そして、汚水を浴びたソン・ガンホに染み付いてしまった強烈な汚臭……
 
金持ち一家がキャンプから戻ってくる理由付けだと思われた「雨」が、ここで2つの家族と物語の構造を決定的に分断する壁として機能する脚本の妙。ちょっと尋常ではない。ポン・ジュノ、もう筆が乗りに乗りすぎている。
 
マジで本作はポン・ジュノが伏線・布石・暗喩全てをありったけに込め、その全てをスマートに回収ないし考えさせてくる構成なので観ていて飽きることがないし深い余韻を残してくる。思いつく限りでも「あの家政婦は2人分食う」「適当絵画カウンセリングの『下にトラウマ』が当たっている」「そもそもこの絵自体が終盤の予知」「インディアンの絵を富裕層が描いているという居心地の悪さ/もしくは侵略されていることに気付かない人を示している?」「タ・ス・ケ・テのモールス信号が解読されるが特に役立つことはない=貧困層の助けを求める声は富裕層にも届いてはいるが特に何をするわけでもない」といったところか。多分見返せばまだまだある。密度がおかしい。
 
富裕層が「上」で貧困層は「下」といったわかりやすい構図も、2組の行動がわかる絶妙なカメラワークで表現されている。ここら辺は『天国と地獄』そのものの演出だなと思ったら、実際に参考にしたらしい。流石、韓国の黒澤明と呼ばれる男。
 
そんな中で行われる金持ち一家のサプライズパーティー。この家に相応しくないと悟った長男が覚悟を決めるも、ドタバタで死んでしまった元家政婦の復讐に駆られる地下夫の手にかかり倒れる。成功と富の象徴だった山水景石がただの凶器と化すのが無情。
ここからのバイオレンス展開が圧巻で、完全に狂ってしまった地下夫の狂気が溢れまくっていて怖すぎる。というかあの地下夫、容姿が六平直政似だし、あんなのが夜中に地下から現れるサマを見たら誰だってトラウマになるに決まってるんだよな。
致命傷を負う長女、パニックに陥るパーティー客、ソン・ガンホがもはや自分が運転手なのか一家の長なのかもわからなくなる土壇場の中で何とか鎮圧される地下夫。しかし、その地下夫の強烈な臭いを嗅いだ金持ち夫が鼻を摘まんで不快さをあらわにした瞬間、ソン・ガンホの中の決定的な何かが切れた。
 
お前は何をしても貧乏人の臭いが染み付いているんだという突き付け。
 
あるいは、自分は地下夫と同じだったんだという今更のシンパシー。
 
もっと単純に自分はもう何をやっても破滅だという思考からの無敵化と、金持ちへの嫉妬と憎悪。
 
こうした複雑な感情の下で、ソン・ガンホは金持ち夫を刺し殺す。
 
 
殺意の発端をソン・ガンホの臭いから繋げているのが、シンプルかつ見事。
ぶっちゃけ金持ち夫、ソン・ガンホに面と向かって臭いを指摘しない時点で滅茶苦茶良い人だし、傍から見て刺される理由は意味不明である。前述の無意識的な見下しこそあるが、それすら本人がいるとは思ってもいない状況の発言だし、そもそも半地下一家も地下夫婦を見下した上で底辺バトル・ロワイヤルを繰り広げているため、人のことを非難できる立場ではない。それでも、前述の露骨なまでの対比やクローズアップされている「臭い」の要素の積み重ねが抜群に効いているため、ソン・ガンホが唐突に社長を刺し殺すことに説得力を与えているし、金持ち一家も「こうなっても仕方ないかァ~」って同情が薄くなってしまう気持ちになるのがつくづく巧い。
 
でも一家の長は死亡、長女も手痛いにも程がある失恋をし、末っ子に関してはもう立ち直れないレベルのトラウマが刻み込まれているので本当に金持ち一家は可哀想ではあるんですが……マヌケではあったけど善人でしかないし、純然たる被害者だからね。
 
可哀想と言えば冒頭の先輩もで、自分の好きな女の子の家族へ家庭教師を紹介しただけで陰惨な大事件に繋がるなんて、予測できないにしても背負う責任が重すぎる……というか好きな女の子、普通に後輩に取られてるし……
あの子が脈取られるだけでキュンとしちゃうくらい箱入り&初心なのは、先輩が一切触れていなかったという証左でもあるワケで、プラトニックな紳士が完全に馬鹿を見ている……可哀想すぎる……
 
というか、半地下一家の計画って先輩が留学から帰ってきた時点で詰みなんですけど(先輩が一家全員見知っているのは冒頭で示している)劇中で誰一人としてそのことを指摘&心配していない辺りのノープランさが半地下一家の駄目っぷりを強調してますね……というか長男はなんで結婚まで想定してるんだよ!ノンキすぎるぞ!!
 
エピローグ。
半地下一家の長男は一命を取り留めたし、微罪に収まったものの脳に障害が残ってしまったし、長女はあえなく死亡。父はそのまま行方不明のため、母と一緒に再生活を始めるが住まいは相変わらずの半地下という前にも増して辛いリスタート。いや、自業自得だけれども。
白昼の高級住宅街で父親はどこへ消え失せたのかという疑問に対して、こっそり例の地下室に隠れたのだというアンサーがもたらされたのは目から鱗。自らの意志で半地下より深い地下へと潜った父の姿は、とっさの激情で金持ち一家を完全崩壊させた自分への罰とも、最後にシンパシーを感じてしまった地下夫のトレースとも、ただ捕まるのが怖くて逃げているだけのゴキブリ根性とも幾重にも意味が取れるのがまた深い。
父からのモールス信号によるメッセージを受け取った長男は、次なる「プラン」を立てる。それは真っ当に働いてお金を貯めて、あの家を買い、普通に上に上がってきた父親も含めた一家全員で暮らすという途方もない夢。
 
本作のラストは「後味が悪い」「しんどい」みたいなことを聞き及んでいたから身構えてはいたけど、個人的にはそんなにネガティブな感じではなかったかな。長男は前科者だし、脳に障害を負ったっぽいし、父親は人殺しで逃亡中という風にプランの成功率は絶望的に低いだろう。よしんば金持ちになれるとしても、その前に父親が捕まるなり死ぬのが先のような気もする。しかし、ここでやっと長男には幸福を真っ当に追い求めるだけの価値観を持つことができた。格差がなくなる日が来るのは、彼のプランが成功するのと同様に難しいかもしれないけど、そんな日が来るよう一人ひとりが頑張って生きていくことが大切なのかもしれない。そんな一抹の希望とエールをあのラストからは感じ取ることができた。
 
超絶オススメ!!