ゆーあ

イニシェリン島の精霊のゆーあのネタバレレビュー・内容・結末

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

コレはほかの人の考察を聞きたくなりますね…!イニシェリン島の「精霊」という訳し方なのでファンタジックなイメージを持ってしまうけれど、原題は「Banshees」で、叫び声で人の死を予告する妖怪的な存在。というわけで全体的に不穏な空気にみちた作品です。内戦などの時代背景や神話的なメタファーがいくつもちりばめられていそうな難解な気配を感じるのだけど、表出している題材は極めて卑近で普遍的なものなので、深く理解、共感ができました。

舞台は1920年代のアイルランドの離島。冷たい風が吹く海辺の牧歌的な村。すごく、バリー・コーガンがいそう(いる)。また八ツ墓村的な因襲ババアもいて、まさにこれから悪いことが起こるド田舎のフォーマットが整っています。

ある日の午後2時、主人公のパードリックはいつものように、長年の友人であるコルムをパブに誘うため、彼の家に行きます。しかしそこにいるのに、呼び掛けても一切反応しない。その後パブで合流した後も、あからさまに邪険な態度。耐え切れずパードリックが問い詰めると、コルムは「お前のことが嫌いになった」と一方的に絶縁状を突きつけます。とても納得がいかないパードリックは、どうにか関係を元通りにしようと試みますが…。

序盤でコルムがはっきり言うように、絶縁の本当の理由はコルムの内面によるものです。つまり「残りの人生で、自分の生きた証(音楽)を残したい。そのためには、退屈なお前と日々駄弁っている暇はない」と。おそらくこれは本心で、何かの理由でコルムは漠然と死の気配を感じており、価値あるものを創造することでその恐怖に抗いたいが、その時間を作るためには自分に構う友人の存在が煩わしい。しかしこの閉鎖的な田舎では、「なんとなく距離を置く」ということはほぼ不可能。そのため思い切った拒絶をするしかない…。

ということで絶縁の原因はコルムの極めて個人的な事情によるものなので、外から解決しようと思っても暖簾に腕押しなのですが、パードリックにはそれが分からない。もちろん一方的に絶交されて黙っていられない気持ちは当然ですが、それを抜きにしても、パードリックはこういうことをあまり理解できない性格だということが、物語の随所からわかります。家族に無断で人を家に泊めたり、やめろと繰り返されてもペットを屋内に入れたり、家を出ていくといった妹に「俺のメシはどうなる」と言ったり(これ一番あかん返事!w)、なんの罪もない音大生を深刻な嘘で動転させたり…。良いやつなんだけども、基本的にさみしがり屋で自分のことしか考えていないちょいウザ男なんですね。なのでシボーンたちが言うように、この状況は放っておくのが正解なのだけど、どうしてもそれができない。それゆえにどんどん状況が悪化していきます。

しつこく絡んでくるパードリックに対し、コルムは「これ以上話しかけたら自分の指を切断する」と宣言します。岸部露伴みたいなこと言うじゃんと思ったら、本当にやります。パードリックのウザさにあきれていた観客も、ここでコルムも尋常でないことを実感し、一気に不穏な緊張感が高まります。

そもそも開幕5秒で絶縁されるため、こうなる前のパードリックに対するコルムの接し方は一切描かれないので、コルムの狂気が老人性鬱によるものか、はたまた超自然的な何かの影響なのかは知る由もありませんが、とにかく自棄になっていることは分かります。でも「限られた人生で何か意味のあるものを残さなければいけない」という強迫性の恐ろしさって、普遍的なものだと思う。そして、その実行に伴う人間関係の難しさや、他人の心は親友や家族であっても絶対に理解できないということも。1920年代のド田舎を舞台にすることでよりハードモードに極端化しているけれど、これらはむしろ現代の方が顕著な問題で、今製作される価値のある映画だと思いました。

「この島で退屈でない人なんかいないわ!」とシボーンが言うように、一念発起して自己実現をするなら、実際この村に閉じこもっていたところで意味ないんですよね。また村を出ていくことは、この諍いの土俵から穏便に下りる手段でもあると彼女は最初から気づいているので、自身もそのようにしますが、兄とコルムはハナからその発想がない。年齢や仕事のこともあるとは思いますが、ここにも二人の固着した愚かさを感じます。

全体を通して不穏な空気のなか印象に残ったのは、ドミニクの父親に殴られて倒れたパードリックを無言で抱き起し、馬車を曳いて途中まで送ってあげるコルムと、それに泣き出してしまうパードリックのシーンです。嫌いになったわけじゃないんだよね…。同じく、コルムの家に火をつけているときのパードリックが、午後2時の鐘を聞いて、仲がよかったころの毎日を思い出してつい屋内を覗いてしまうシーンも。互いに手放してしまった友情の残滓を嗅ぎ取れるシーンが辛かったです。

ラストの海辺のシーンでは、コルムとパードリックのベクトルは完全に逆転してしまっています。「嫌いじゃないので、許して、ただ放っておいてほしい」コルムと、明確な憎悪が生まれたパードリック。恐ろしくも滑稽なのは、これからもこの島で二人が暮らし続けることですよね。ここが、この作品のブラックユーモアの極致だと思います。
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