セックス・ピストルズ 破壊の設計図を配信している動画配信サービス

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』の
動画配信サービス情報をご紹介!視聴する方法はある?

セックス・ピストルズ 破壊の設計図

セックス・ピストルズ 破壊の設計図が配信されているサービス一覧

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』が配信されているサービスは見つかりませんでした。
代わりに『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』を上映している映画館が見つかりました。
上映館
 - 9館
U-NEXTに入会して対象映画館のチケットをお得に入手する方法

U-NEXTに入会すると上映作品を映画館でお得に観れます。
TOHOシネマズ、イオンシネマ、109シネマズなど多くの映画館が対象になっています。

  • 無料トライアル登録特典
    31日間無料の初回登録で500ポイントがもらえます。
  • 映画チケット引き換えクーポン
    1枚1,500ポイントで映画チケットを発行できます。無料登録後に1,000ポイントを追加すれば、実質1,000円で映画を観ることができます。
  • 月額プラン会員特典
    次月以降は毎月1,200ポイントがもらえ、300ポイント追加で毎月1本映画を観ることができます。

セックス・ピストルズ 破壊の設計図が配信されていないサービス一覧

Prime Video
U-NEXT
DMM TV
FOD
TELASA
Lemino
ABEMA
Hulu
Netflix
WOWOWオンデマンド
アニメタイムズ
Roadstead
J:COM STREAM
TSUTAYA DISCAS
music.jp

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』に投稿された感想・評価

minavo
4.0
セックス・ピストルズのベースでいまだに影響を与え続ける唯一のオリジナルアルバム「勝手にしやがれ」のほとんどの曲も作ったグレン・マトロックのドキュメンタリー映画。

何ものでもない頃から、ピストルズ脱退、現在の姿まで、本人インタビューを中心に当時の映像を挟み丁寧に描く。

マルコムとヴィヴィアン・ウエストウッドの店が、最初は、20年代の王族ファッションから生まれ、進化したテディボーイ(ロカビリーファッション)をやってて、方針転換でボンテージ服を扱い出して「SEX」となり、いわゆるパンクファッションとロカビリー勢が小競り合いをしてたのがおもしろかった。

グレン・マトロックが鼻歌を歌って、実際のライブシーンに変わるところは、キーがばっちり合ってるところから、絶対音階を感じられるし、部屋で弾くベースから、ピストルズのライブに変わるところは、音楽映画の良さである、音楽が作られるカタルシスを感じてグッとくるところ。

ジョニー・ロットン加入前のピストルズメンバーがフェイセズ好き(ボーカルはロッド・ステュアート)。その頃、イギリスのロックがプログレになって、自己満足だとグレンが物申す映像でリッチー・ブラックモアが映ってるのも笑った。

ラストは現在のグレンがプロンディのバックで「コールミー」のベースを弾く。ライブをしたい、楽器を弾きたいって純粋な気持ちで、音楽と向き合った姿が尊いとすら思えた。
3.8
馴染みの映画館、新宿武蔵野館が、入居するビルで発生した火災の影響により臨時休館しているとのこと。1日も早い営業再開を願っています。(2026/10/07)

ーー

元セックス・ピストルズの初代ベーシスト、グレン・マトロックの視点から描いたドキュメンタリー映画。過去にジュリアン・テンプル監督の『NO FUTURE A SEX PISTOLS FILM』(原題:The Filth and the Fury/2000年)を劇場で観たときは、それなりにパンクスらしき人種もいたけど。しかし、このドキュメンタリー自体が少々毛色の違う作品なのか? 私が見る限り、イブニング(早朝)パンクスは、どこの席にもいなかった。サービスデーなので、もう少し入っていると予想していたが、客席は3分の2ほど。客は年齢不詳の人が多かった。入場者にはポストカードが配布。

【↓以下ネタバレがございます↓】

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』(原題:I Was a Teenage Sex Pistol/2025年)は、初代ベーシストのグレン・マトロックの視点で、バンドの結成から成功、崩壊までを語るドキュメンタリーである。1970年代後半のロンドンに現れ、音楽のみならずファッションや若者文化まで揺さぶったバンドの姿を、当時の映像と関係者の証言で追っていく。マルコム・マクラーレンやヴィヴィアン・ウエストウッドにも触れながら、パンクの象徴となったバンドの実像と、神話が生まれた過程を浮かび上がらせる。

本編を観る前に、ピストルズの海賊版『SPUNK』(1977年)と、マトロックが脱退後に結成したリッチ・キッズ(Rich Kids)の『Ghosts Of Princes In Towers』(邦題:王子の幻影/1978年)を律儀に聴き直してから劇場に向かった。あらためてリッチ・キッズを聴くと、バズコックスを思わせるメロディアスでキャッチーな曲が並んでいて、のちの“パワーポップ”の時代を先取りしていたように感じる。短命に終わったが、過小評価されているバンドではないか。

スティーヴ・ジョーンズの自伝『ロンリー・ボーイ』は購入したものの、まだ読んでいる途中。それを映像化したダニー・ボイル監督のドラマ『ピストルズ』(原題の単数形“PISTOL”のままの方が好みだ)は未視聴。

仮にドラムスのポール・クックが半生中心とチーフス・オブ・リリーフ関連のドキュメンタリーなら、わざわざ劇場へ行かず、配信を待っていたかもしれない。本作はグレン・マトロック自身が語るピストルズ像であるが、内容は、著名なバンドだけに本や他のメンバーのドキュメンタリーと重なる部分が多く、やや物足りなさも残った。(バンドの回想録では定番の「ビル・グランディ事件」のエピソードを、いったい何度見せれば済むのだろうか…。)故人(マルコム・マクラーレンら)は仕方ないとして、スティーヴ・ジョーンズとポール・クックは、制作時点の本人として当時を語っている。ところがジョン・ライドンだけは非協力で過去のビデオ映像の流用だけである。マトロックとの確執というより、他のメンバー間の関係が最悪だということが透けて見えてしまった。(周辺の証言で意外だったのはL.A.ガンズのトレイシー・ガンズ。)

ライドンとの不仲にマクラーレンの思惑も絡み、マトロックの後任にシド・ヴィシャスが入った経緯は知ってはいたが、それでも証言として改めて聞くと生々しい。にもかかわらずマトロックはシドを親友として、ピストルズ解散後には、アメリカに行かせる資金のため、一時的にライブも参加している。自分が同じ立場なら、親友でもしこりは残ると思う。懐があまりにも深いのか、ピストルズ自体にもともと執着がなかったのか。そんな気さえしてくる。

ピストルズの前身バンド、スワンカーズ(The Swankers)のギタリストだったウォーリー・ナイチンゲールが、のちのエルヴィス・コステロではないかという噂は流れたことを思い出した。(もちろんデマ)当時の写真を見ると、風貌は確かに似ていなくもない。

マトロックは初期のピストルズで「アナーキー・イン・ザ・U.K.(Anarchy in the U.K.)」や「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン(God Save the Queen)」の原曲への関わり、過去のピストルズを中心にしたドキュメンタリー映画『D.O.A.』(1980年)にもリッチ・キッズとして登場し、「プリティ・ヴェカント(Pretty Vacant)」ではベースを演奏しながら歌っていたので、音楽面で主導権を握っていたのは分かる。ただ個人的には、マトロック脱退後に生まれた「さらばベルリンの陽(Holidays in the Sun)」と「ボディーズ(Bodies)」の方が疾走感があり、ジョーンズ色の強い曲を推している。とはいえ、マトロック時代の曲だけを通して聴くと、他のパンクバンドとは一線を画した独特のグルーヴ感があることは認めざるを得ない。

最後は、ブロンディのツアーにサポートのベーシストとして参加し、ステージで弾く場面で終わる。和やかな空気で締めくくるのも、人の良い彼らしい締めくくり方であった。

パンフレットは中綴じの28頁。イントロダクション、グレン・マトロックのインタビュー、キャスト紹介、監督インタビュー、著名人のコラムとショートコメント、ディスコグラフィなど。体裁は当時のファンジンを意識しているようだが、欲を言えば、タイプライターや手書き、レタリングといった文字の風合いにもこだわってほしかった。

[アップリンク吉祥寺]
セックス・ピストルズを語るとき、真っ先に挙がるのはジョニー・ロットンやシド・ヴィシャスの強烈なイメージだろう。フロントマンとして圧倒的な存在感を放ったジョニーはもちろん、パンクというジャンルが語りの中心に据えられる以上、破滅的な生き方を貫いたシドが伝説として語り継がれていくのも、無理からぬことである。

しかし、バンドという集団は、音楽を愛し、音楽に真剣に向き合い、音楽とともに生きるような人物がいなければ成り立たない。そして、セックス・ピストルズにおいてその土台を担ったひとりこそが、グレン・マトロックだった。スタジオアルバムをわずか1枚(『Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols』)しか残さずに伝説となったこのバンドにとって、初代ベーシストとして楽曲制作にも大きく貢献したグレンは、欠かすことのできない重要なピースであった。

成功への道半ばでグループを去った彼自身が証言者として語り、さらにプロデュースも手がけることで、よく知られたバンド史を別の角度から捉え直し、再構成してみせた本作は、非常に貴重なドキュメンタリーといえる。

自分の求める音楽を追求したいという思いや、メンバー選出に関するわだかまりがあったとしても、自らが去った後に伝説の域にまで達したバンドに対して、何の感情も抱かずにいられるわけではない。グレン・マトロックの胸の内には、言葉では容易に表現しがたい複雑な思いが、今なお残り続けているように見える。本作は、そうした感情がひとつの映像作品として世に送り出されることによって、ある程度の昇華を果たしているのではないか。そう感じさせる1作でもある。


粗削りなサウンド、挑発的な言動、そして破れた服や安全ピンを用いたファッション。セックス・ピストルズは、後世のパンク文化を決定づけた存在であり、反逆と破壊の申し子として広くイメージされてきた。一方で、その背景にはマネージャーのマルコム・マクラレンやデザイナーのヴィヴィアン・ウエストウッドといった人物の存在があり、バンドの成功は、さまざまな才能がその瞬間に交わったことで生まれた化学反応だったともいえる。

本作は、自由と反抗の象徴となったバンドと、彼らを世に送り出したショービジネスとの関係にも目を向け、表現と商業主義が交錯する舞台裏を掘り下げていく。彼らが伝説のバンドであることに疑いの余地はない。しかし、彼らもまた一人ひとりの人間であり、その活動はショービジネスという仕事の一環でもあった。本作は、彼らを神話として仰々しく祭り上げるのではなく、比較的客観的な、地に足のついた外側の視点から見つめている。だからこそ、当時の彼らをとりまくリアルな空気感が浮かび上がってくるのだ。


本作には、スティーヴ・ジョーンズやポール・クックをはじめ、デボラ・ハリー、ビリー・アイドル、ウェイン・クレイマーら、パンク/ロック史をその身で知るミュージシャンたちが顔をそろえる。フェイセズやデヴィッド・ボウイの名前が語られる一方で、オアシスのノエル・ギャラガーも登場し、セックス・ピストルズへの賛辞を送っている。当時のライブ映像やアーカイブ資料を織り交ぜながら、セックス・ピストルズのみならず、その周囲で急速に拡大していった1970年代のパンクムーブメントそのものを振り返ることができる構成も、本作の大きな見どころだ。

熱狂を少し外側から落ち着いて見つめる姿勢はここにも貫かれており、映像と関係者の証言を通じて、移りゆく時代の1ページへと観る者を誘う。あの時代の空気をそのまま復元してくれるかのような感覚で、当時を肌で感じ取ることができる。

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』に似ている作品