ヤマト(本土)から島へ帰って来た奈々子。
船着き場に迎えに来たおじぃとおばぁに再会し、家までの小路を軽トラの荷台に揺られ、風に髪をなびかす。
道すがら同船していた老紳士と青年を一旦追いやるイントロダクションが、穏やかに流れる島の空気と抜ける様な空の青さを存分に伝えて心地良い。

手付かずの自然は美しいけれど、その暮らしには小さなコミュニティ独特の閉塞感があり、
内/外を隔てる窓のない家屋は開放感があるけれど、本家と分家には折り目正しい区別が為されて、相談事を霊的に解決するユタは時に理不尽な弊害をもたらす。
外からは見え難い風習が残る島の暮らしを、映画は主に奈々子の視点で観せていきます。


沢木耕太郎の短編集「チェーン・スモーキング」に与那国島に伝わる本作と似た言い伝えが紹介されていて、最初に観た時はそのバッドエンドを思い出して結末までハラハラしながら見守った記憶が。
引き裂かれた恋心、理不尽な婚姻、報われない愛情。
本作はタイトル通りに恋焦がれるナビィを描きながら、同時に自分の事よりも大好きな人の幸せを第一に考える愛情の尊さを、おじぃの姿を借りて描いていきます。

英語や下ネタ、トボけたユーモアを交えて訥々と喋る。気弱な所があって親戚には頭が上がらないようだけど、ナビィを愛する気持ちは誰よりも強い「おじぃ」。
これは自分が男だからかもしれないけど、こんな愛すべきキャラクターは滅多に出会えるもんじゃなくて魅了されてしまい🎯 以降、完全に肩入れして観ることにww。


“あなたしか見えない/あなたは魅力に満ちている/ドラマチックな恋/秘められた思い/私はあなたを信じます…”、いずれもナビィと老紳士サンラーの強い絆を示すような、ブーゲンビリアの花言葉。
おじぃはきっと花言葉なんか知らなかっただろうけど、サンラーが想いを託した小さな枝葉とそれを慈しむように育て上げたナビィの想いは宙に透かさなくても見えてたはずで。

庭を埋め尽くし燃える様に咲き誇る赤い花、、おじぃは毎日どんな思いで見つめていたのだろう？
言葉少なに気遣いの言葉をかけ、さりげなくその背を押す。寡黙で、不器用な優しさ。
ナビィの想いを誰よりも知り、その幸せを願うから？
でもおじぃ、それで良いのですか？、本当に良いのですか？… (ノ_･､)

ユタが推すケンジではなく、相思相愛の福之助を奈々子とくっつけようとする姿には精一杯の反骨を見る思い。
ランチを奈々子に言い付ける, いつもとは違う朝のやり取り。 “女は、初めての男は忘れないもんだよ..” の台詞…何気ない伏線の回収が胸に沁みる。
だから、
オペラの歌詞に涙し “寄り道” の途中で髪を直して「19歳」に戻ってしまうナビィには、
せめておじぃと暮らした60年の歳月は “寄り道なんかじゃなかった” って、思っていて欲しい。
“婿入り出来てベリーハッピー” と無償の愛を貫いて煙草を燻らすおじぃの姿にそう思わずにはいられない、そんな映画でした。


男性と女性、年齢や恋愛経験によってそれぞれの受け止め方は異なると思いますが、
あらすじから想像するより大らかで風通し良く感じるのは、おじぃを演じた登川誠仁に代表される役者の魅力に加えて、舞台である沖縄・粟国島の空気感による所が大きいのは言うまでもありません。

海を見下ろす高台の草地、焚き火を囲む夜のビーチ、涼しげな風がそよぐ祭りの帰り道ー。
本作を観ると粟国島へも行ってみたくなりますけど、ケンジの船ではイヤかな(笑)

あんなに好きだったのに。
あんなに愛していたのに。

よく聞くこうした言葉の「あんなに」の部分には、非常に曖昧でいて、強い気持ちが込められている。
当人が声に出して伝える言葉の内に込められた念の比重だけで言えば恐らく、寧ろ文法上伝えなくてはならない「好き」、「愛」の部分を軽々と凌駕していることだろう。
多くの人はその愛する人と幸運にも一旦結ばれてしまうと、本来当初に抱えていたはずの愛を余らせてしまう。
愛するがあまり、「愛する」が余り、その取り残された愛の形を何か別の形に変えてしまう人のなんと多いことか。


東京から遥かな故郷、沖縄県に属する離島・粟国島へ帰ってきた菜々子の胸の内には、語られはしないが東京で抱えた澱がある。
そんな彼女を暖かく迎えるオジィ・恵達、オバァ・ナビィだったが、菜々子の乗ってきた同じ船には観光地でもないその島の人の眼には明らかに目立つ二人の男が乗っていた。
一人はバックパッカーの若者・福之助。もう一人は白いスーツに身を固めた老紳士、彼はかつて60年前に許されぬ恋路に走ったばかりに島を追われた曰く付きの男、サンラー。
その恋の相手とはオバァ、若き日のナビィであった。


愛の深さを測る尺度は人それぞれに違い、その客観的評価は例え下されたとて虚しさしか残らない。
例えばロマンティックな逢瀬も、腕に寄りを掛けた料理も、散々に苦労して計画したデートも、瞬間を彩る燃料でしかない。
同じく誰かの為に、という切実な想いも時々の為に消費され、実を結ぶと結ばざるに関わらず、燃焼してしまった後は恰も廃油の様にその行き場を喪い、勢い胸の奥深くに仕舞われる。
結果、それらの瞬間にどれだけの熱量が込められたとしても、後になってその腹を掻っ捌いてみれば、あんなに優しくして「あげた」のに、あんなに尽くして「あげた」のに、といったドロドロとした膿のような自己愛が渦巻いている。
それが愛ではないとは言わない。しかし明らかにそれは最初に胸に抱いた愛とはもう形を変えてしまっている。
あんなに好きだったはずなのに、あんなに愛していたはずなのに。

私たちは人に恋する時、いつも恋や愛の行き先を想像する。
若き私たちの想像の中の未来の旅路は、何処かから拾って来たような知識と知らず知らずに根付いた因襲めいた社会常識に彩られ、また金銭の問題や二点間の物理的距離の問題といった現実的要素を加味して飽くまでドラマティックにそれは評価される。
私たちはいつも結論を求める。
そしてその結論に向けて、最初に胸に抱いた愛の形を無理矢理型に嵌めて変形させてしまう。
あんなに好きだったはずなのに、あんなに愛していたはずなのに。

長閑な風景の中で人々はゆっくりと生活し、何事もないような暮らしの中にも村社会特有の因襲は深く根付いている。
因襲はその小さな社会を守るために機能するが、それに従う者らは当たり前のように本来の想いや自由を犠牲にする。これは舞台となる離島の小さな村に限った話ではない。私たちが暮らすもう少し大きな村、この社会全体の縮図である。

独占欲や自己愛から解き放たれ、慈愛に満ち溢れた恵達の愛。
時間や空間、社会的因襲に解放されたナビィとサンラーの愛。
気付かぬうちに社会の一員に組み込まれ、気付かぬうちに仕組みの中で雁字搦めになっている私たちの眼には一見、彼らの愛は異形の愛にも映るかもしれない。
しかし、実はこれらの愛の姿こそが、本来人の心の内から産まれたままの姿ではないか。
そして気の遠くなるほどの長い間風雨に晒されて猶、奇跡的に姿を変えずにとどまったそれら愛の形のなんと尊いことか。

人々の関係性は変わっても、彼らがその心に抱く愛の形だけは永遠に変わらないのだろう。
そしてまた長い時が過ぎて、喜びも悲しみも全て飲み込みながら、生命の営みは続いて行く。

• #パッケージを開封せよ
• #輝く爺

おじぃ…🥺←きっとみんなこうなる。

粟国島という小さな舞台。
言語、文化がここで完結していて、ひとつの国として成立している。
登場人物ほとんどが粟国の人たちで構成されているから、それがよく滲み出ていてリアル。

一方的に想うこともつらいけど、
おばぁのように双方想い合っていても結ばれないってしんどい。片想いのほうが相手の気持ちが変わる希望があるだけマシかも。

恋と愛の違いについてよく問われるけど、
恋はおばぁで、愛はおじぃ。
これを見ればわかる。