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思春の泉
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『思春の泉』に投稿された感想・評価

3.0
話は大したことないけれど、中川信夫監督の優しい演出になごみ、デビューしたばかりの初々しい宇津井健&左幸子の溌剌とした演技にほっこりし、それを物語的にも先輩としても見守るベテラン俳優たちの温かい視線とのびのびした演技に心が和むTHE・石坂洋次郎映画。

俳優たちの顔ぶれの豪勢さ(俳優座が製作に携わっているためその関係者が多い)が印象的だが、それ以上に毒蝮三太夫や佐藤允、成瀬昌彦(ウルトラセブンのロボット長官で有名)、この間亡くなった野村昭子などちょい役で出てくる後の名優・タレントの初々しい顔ぶれに驚かされる。

ラストの決着の付け方があまりにもなあなあ過ぎて「えー?」という気分に、あれでは村の若者が叫ぶ民主主義が泣くのでは?
3.0
映画「草を刈る娘」を見ました。

昭和28年の映画です。

公開当時は「思春の泉」というタイトルでしたが、再上映時に原作のタイトルである「草を刈る娘」に改題されたそうです。

私は高校生の頃に石坂洋次郎の原作を読みました。細かな内容は忘れましたが、田舎の若い男女の恋愛を淡く描き、素朴ですが読後感がとても良かったのを覚えています。

その記憶と、「飢餓海峡」を見て以来左幸子のファンだったこともあり、左幸子が主演する本作が今回映画館で上映されると知り、興味があって見てきました。

──

簡単なあらすじです。

東北のある農村では、秋になると集団で山中に数週間滞在し、一年分の馬草を刈るのが恒例行事です。

集団を仕切る婆さんは、18になる姪のモヨ子を初めて草刈りに連れてきます。それは、山には他の村も同じように草刈りに来ており、モヨ子と他の村の男の縁談をまとめるためです。

モヨ子は、婆さんらにより時造という青年と引き合わされ、二人だけで草刈り作業を行わされます。最初こそ口をきかずに作業をしていた二人でしたが、徐々に打ち解けていき・・。

大まかにはこのような話です。

この映画では、原作には無い喜劇的な騒動をストーリーの中心に据えながら、田舎の若い純朴な男女の恋愛を描いています。

──

映画を見て色々と感じることがありました。

まずは自然の美しさ。東北の雄大な山麓を背景に、白い穂を付けた秋のススキが一面に広がっていました。

山と草しか無い景色。その中で草刈りをする数十人の小集団。昭和20年代の当時は珍しくなかったのかもしれませんが、私はとてもシンプルな、なかなか見ない光景だなと思いました。

また、劇中に気になるセリフがありました。

モヨ子は、時造に対して将来の理想を語ります。

「私は嫁っこになりたい。
 そして亭主の言うことをよく聞いて沢山働く。
 そして子供を沢山産む。
 そして婆さんになったら煙草を吸い、どぶろくも飲む。」

このようなことを、目をキラキラと輝かせながら語るのですが、私は正直、それが理想の人生なのか?と思いました。

モヨ子が語るのは、おそらく当時の農村の女性に求められた「役割」であり、その役割を立派に果たすことが理想の人生だと、若いモヨ子は考えていたのでしょう。

その是非に対する思いは現代視点では複雑ですが、なんにせよ、この70年余りの間に、日本の社会は随分変化したんだなと思わされました。

また、最後の「婆さんになったら煙草を吸う、どぶろくを飲む」は、「余生は、金持ちでなくてもいいから、生活に困らない程度の暮らしをのんびりとしたい」と言っているように私には聞こえました。

言い換えれば、もしかしたら、そんなささやかな幸せを理想と言うほど、当時の農村の生活は厳しかったのでしょうか?

映画を見ながら、そんなことを思いました。

モヨ子を演じた当時23歳だった左幸子は、ツヤツヤしてはっきりとした顔立ちと、はにかむような笑顔がとても美しく、印象的でした。

左幸子は、彫刻のようなとても整った顔なのに、なぜか都会よりも田舎娘の方が似合いますね。本作も歯に衣着せずにものを言う、飾らない娘の役柄が合っていたように思います。

──

一方で、ちょっと寂しく感じるところもありました。

原作では、ケガか病気か忘れましたが、モヨ子の婆さんが動けなくなり、時造がおぶって集落まで送る場面があります。

その時のことを、後に婆さんはモヨ子に打ち明けます。

「自分は、時造におぶさりながら、実は小便を漏らした。
 時造は気付いた筈だが、何も言わずにそのままおぶって集落に送り届けてくれた。
 そして誰にもそのことを言わなかった。」

婆さんが時造の優しさをモヨ子に伝えるとてもいい場面でしたが、映画では残念ながらそのエピソードはありませんでした。

上に書いたように、映画は喜劇寄りな騒動が中心でしたので、このエピソードは合わなかったのかもしれませんね。
左幸子が宇津井健の野糞の臭いを辿りながら、彼の落し物を探しに行くという、狂気的としか言いようのない場面が存在するが、それを普通の青春映画として簡素に演出していて衝撃を受けた。下は裁判、上は婚礼として、家屋を空間的に上下二分割したうえでそれぞれをモンタージュしている。

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