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ロベルトは今夜
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『ロベルトは今夜』に投稿された感想・評価

菩薩
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かの大空翼氏に「ボールは友達…怖くない…」なる恐怖思想を植え付けたロベルト本郷氏の功罪に迫る告発ムービーかと思ったらサッカーボールは出て来なかったし、そもそもロベルトは女性でありました、ちなみに巣鴨で愛しいお爺ちゃんと束の間の逢瀬始めるわけでもない。ストーリー自体は谷崎みたいなNTRジジイ物だが、どうもよく分からず、去年の奇想天外映画祭もろくすっぽ分からんかったが2年連続2度目の屈辱を味わう羽目に…。「この100年は老人が支え若者が滅ぼした」とか自民党かよって思ったし、終盤突如サイレントモードに突入しておっぱいちゅぱちゅぱした後に「すまん…」って、謝るくらいなら吸うなや!と思ったが、結局よく分からんまま終わった。
dita
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@ シネ・ヌーヴォ〜奇想天外映画祭〜 27

まぁいうても2年待ちましたからね。会えない時間が愛を育てますよね。

ということで胸を張って言おう、ぜんっぜんわからへんかった!!テツガク、ムズカシイデスね。

わかったのはロベルトは今夜も昨夜も大変やったなってことと手舐めプレイはヤバいってこと、謝るんやったら乳首舐めるなってことくらい(ここはちょっと笑える、ほいで女もなんで謝るの?みたいなこと言うてるしもうなんなんこの人たち…)。

あと若者は精子放出を我慢しろ?みたいな台詞もあったっけ…もうおもしろいおもしろくないとかそういう次元ではなくほんとうに「ワカラナイ…」で埋め尽くされた100分間、奇想天外映画祭の洗礼とはこういうことか…。
フランスの異端作家ピエール・クロソフスキーが脚本を書き愛妻と主演したカルト作。監督はクロソウスキーの著書『生きている貨幣』(1970)で挿画写真を担当した有名な映画スチル写真家ピエール・ズッカ。「思春の森」(1977)で主演の少年を演じたマルタン・ローブの最後の出演作。

1958年パリ。老いた神学教授オクターブ(ピエール・クロソフスキー)は19世紀の画家フレデリック・トネール(※架空)の絵画を収集していた。同時に、絵画のモデルとよく似た妻ロベルト(ドニーズ・モラン・サンクレール)を自宅を訪れる男たちに分け与え、その背徳的な光景を覗き見るという奇妙かつ神学的な「歓待の掟」を実践していた。ロベルトは夫の望みを受け入れていたが、いつしか自身が堕落した女性へと変貌したことを自覚していた。夫妻は戦争孤児アントワーヌ(マルタン・ローブ)を養子として引き取っていた。彼は養父オクターブから「歓待の掟」の論理を教え込まれる一方、養母に淡い恋慕の感情を抱いていた。危うい家族関係はやがて終わりの日を迎える。。。

翌年のクロソフスキー脚本作「盗まれた絵画の仮説」(1978:ラウル・ルイス監督)の姉妹編と言える一本。同作は本作の主人公オクターブの前日譚として観ることが可能。

個人的にはかなり好みで興味深かった。「盗まれた絵画の仮説」と同様に、ブニュエル監督の皮肉な笑いとフェティシズム+ジョルジュ・フランジュ監督のキッチュな耽美性が混在したような印象。プロットは意外にドラマティックで、ラストのニュースフィルムのみ突飛に感じられるが解釈は可能。

硬直した観念に囚われ閉塞した老教授とその信徒にされた家族の姿は小さなカルト教団と同様。その異常性を滑稽に描かれた末に、老教授は殉教し妻ロベルタと養子は脱出する。二人が辿り着いたのはローマの海岸に立つ展望台。ここはロベルタが戦時中に前線の看護師として赴任していた場所。彼女が看護していたファシスト党員が連合軍に連行される直前、ユダヤの子供たちが閉じ込められた部屋の鍵を奪い取った記憶を、現在の自分の状況と重ねて思い出す。遠くの眼下にはバチカンが見える。その日、サン・ピエトロ大聖堂では新教皇の着任式が開かれていた。新しい時代の始まりを告げて映画は終幕へ向かう。

※ラストのニュース映像
1958年10月のローマ教皇庁。厳格な保守派だったピウス12世が死去し、「開かれた教会」を目指すヨハネ23世が即位した。カトリックの歴史的転換点と位置付けられている。

言うまでもなく、クロソフスキーが演じた老教授は本人の投影であり、これまでの自身はファシストのようなものだったと自嘲気味に解体してみせる。即ち、自らを含めた当時フランスの芸術的権威やカイエ派に代表される映画界の権威を、自ら道化を演じて見せることで空洞化・無力化する事が本作のねらいだったように思う。観念の世界を破壊し、ニュース映像と言う現実の世界を提示する結末に「書を捨てよ町へ出よう」との言葉が頭をよぎった。

個人的に根っから反権力が沁みついているので、本作のテーマはとても痛快に感じられて楽しかった。映像美術もキッチュで好み。監督のピエール・ズッカは「ジュデックス」(1963:ジョルジュ・フランジュ監督)のスチル・カメラマンを務めたことが映画業界入りのきっかけだった。本作終盤のクライマックスでは「ジュデックス」を思わせるマスクを付けた応酬が演じられていた。

そもそもクロソフスキー(1905~)とフランジュ監督(1912~)が、同時代のパリ・アヴァンギャルドコミュニティで通じており、共にバタイユやマルキ・ド・サドから影響を受けている。さらにヌーヴェルヴァーグ左岸派との交流など、当時ヨーロッパのパリを中心とした芸術家人脈は興味深い。本作へのダニエル・シュミットのカメオ出演もその一端なのだろう。この周辺の人脈についてさらに研究していけば、自分の好みの美学がさらにハッキリすると思われる。

※ドニーズ・モラン・サンクレールについて
クロソウスキーの愛妻であり彼の文学・絵画作品に繰り返し登場する象徴的キャラクター「ロベルト」のモデル。俳優をしたのは本作のみ。第二次世界大戦中はフランスのレジスタンス運動に参加し、ラーフェンスブリュック強制収容所に収監されたが生還。戦後、クロソウスキーと結婚した。

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