
菅野榮子(かんの・えいこ)さんは 79 歳。孫に囲まれた幸せな老後を送るはずが、福島第一原発の 事故で一転する。榮子さんが暮らす福島県飯舘村は全村避難となり、ひとりで仮設住宅で暮らすこ とになった。支えは親戚であり友人の 78 歳の菅野芳子(かんの・よしこ)さんだ。芳子さんは避難生 活で両親を亡くし、ひとりで榮子さんの隣に移ってきた。「ばば漫才」と冗談を飛ばし、互いを元気 づける、2人の仮設暮らしが始まった。 榮子さんの信条は、食べるものは自分で作ること。ふたりで畑を耕し、トマト、キュウリ、芋、 大豆、大根、様々な作物を収穫する。かぶや白菜の漬物、おはぎ、にんじんの胡麻和え・・・、「おい しいよ」と笑顔で食卓に手料理を並べる。村の食文化を途絶えさせたくないと、昔ながらの味噌や 凍み餅(しみもち)の作り方を、各地に出向いて教えるようにもなった。 飯舘村では帰村に向けた除染作業が行われている。だが高い放射線量、変わり果てた風景・・・。ふ たりは先の見えぬ不安を語り合い、泣き笑いながら、これからを模索していく。
戦後75年目の残留。生き別れた者が伝える、日本という国の今。「私を日本人と認めてほしい!」-フィリピン残留日本人 。「私は日本人。でも言葉がわからないの!」-中国残留孤児。太平洋戦争以前、…
>>続きを読む舞台は越後妻有(えちごつまり)の里山。この雪深い村に都会から移り住んだ木暮さん夫婦は、茅葺き屋根の古民家を修復し、見よう見まねで米を作って暮らしてきた。ゴリゴリと豆を挽いてコーヒーを淹れ、…
>>続きを読む熊本県で訪問介護の仕事をしている林恵子、67歳。子どもたちはすでに独立。休日は友人らとカラオケや居酒屋に通い、一見平穏な日常を送っている。しかし恵子には、家族や親しい友人にも語ってこなかっ…
>>続きを読む『春を告げる町』が描くのは、華やかでシンボリックなセレモニーの後景で、こつこつと日々の暮らしを築いていく人びとの営み。この土地で新たに生まれ、すくすくと育っていく子どもたちの物語。被災体験…
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>>続きを読む生まれ育った海沿いの町で、漁師の夫、2人の子どもと幸せに過ごしていた佐藤千恵子(夏木マリ)の暮らしは、2011年3月11日に一変。津波に流された夫は帰って来ない。それでもいつか夫が戻って来…
>>続きを読むYoutubeで累計100万アクセスを集めている超人気動画が長編ドキュメンタリーとして堂々完成!映画監督の娘が具に記録した認知症の母と家族の暮らしは、笑って、怒って、泣いて、そしてまた笑う…
>>続きを読む1977年11月15日夕刻、新潟。学校のバドミントン部の練習の帰り道で一人の少女が忽然と姿を消した。横田めぐみ(以下敬称略)13歳である。拉致工作員の手によって船底に閉じ込められためぐみは…
>>続きを読む©Mizue Furui 2016