2007年のソフト発売以来1番観ているバージョンが白地のラッドカンパニーで始まるこのワークプリント版。
オリジナル版公開前にダラスとデンバーで一般試写された、1番最初のネイキッドなブレードランナー。
何故ワークプリントが魅力的かと言いますと、まず自分の様なリアル世代でない人間がVHSの様な荒い画質に触れられる点と、コントラストのドギツさ、黒の黒さ。つまりネオンノワールのノワールっぽさがより強調されているのがこのワークプリント版なのでやんす。
多重露光による光学合成の特撮シーンは流石にザラつきがキツすぎてたまらんのやけど、実はそれも大好きなもんで、何故なら2019年の大気汚染が図らずともそこで表現されてしまっているからでごさいます。
他にも色々このバージョンでしか観られないカットは多々あり、1つも要らないノワールシュリンプや、終盤のフィルム2巻分にヴァンゲリスの音楽が間に合っていなかったり、ワークプリント版のみで語られるデッカードのナレーションも入っております。
創造主を求めて地球へやって来たレプリカントたちの旅は、要はプロメテウスの逆流な訳で、今となってはその辺りもちゃんとリドリー・スコット作品に共通するテーマやと感じます。
女レプリカントしか処分出来ないデッカード。背後から撃たれたゾーラの穴の二つ空いた背中は、まるで羽をもぎ取られた天使のよう。
ルトガー・ハウアー自身がCビームスピーチを生み出したというのは有名な話やけど、ブレードランナーを観てから『ノッキンオンヘブンズドア』のルトガー・ハウアーの詩に耳を傾けるとまた余韻が深まります。
「天国では皆が話す—— 海の事 夕陽の事
あのバカでかい火の玉を眺めてるだけですばらしい
海と溶け合うんだ
ロウソクの光のように一つだけが残る
心の中にな」
これは生命の火が尽きようとしている主人公たちに向けてマフィアのボスであるルトガー・ハウアーが詠む詩やけど、これをロイがやるというのがとても感慨深いね。
そしてブレードランナーが心を掴んで放さない要素の結構大きい部分がデッカードブラスター。
SF映画最高の銃器であるこの銃は、エイリアンに於けるゼノモーフな訳で、シド・ミードのドライヤーガンが未来的すぎた為に急拵えで作られた割に最高すぎて、そこがまた魅力な訳やけども、とにかく簡潔に言うとオオクワガタの様な幅広のフォルムとレシーバーのアール。樹液の様なグリップ等、夢しか詰まっていないのでやんす。
ありがとうございました!