
1938年、チリ北部に光る物体が落下した・・・これが驚異的な発見につながる。ロケット技術の独自進歩を歩んでいたロシアでは1900年代に入り、ツィオルコフスキーにより宇宙旅行の可能性を証明されたことで、極秘の宇宙計画が進められる。成功のためには人間の身体への負荷は自然の摂理に逆らうレベルであり、あらゆる手段でパイロットに成りえる人材を探していく。ロケットエンジンの模擬試験が成功する中、パイロット候補生たちは1日12時間の厳しい訓練が続いたが、使命感が彼らを支えていた。1937年8月29日、ハルラモフが初の有人宇宙船パイロットに任命される。そして、1938年3月16日、ハルラモフを乗せたロケットは宇宙へと旅立つ...
アメリカとソ連が宇宙開発技術の向上にしのぎを削る1960年代。ソ連が宇宙飛行士として抜擢したのは、無鉄砲な軍パイロットのアレクセイだった。アメリカと時間的にもぎりぎりの攻防を続けるなか、訓…
>>続きを読む21世紀、地球の環境汚染は深刻化。新天地として火星を選択した人類は、移住のために酸素を発生させる計画を進めていた。ところが、その途中で問題が発生。原因調査のために現地へ向かった科学者グルー…
>>続きを読む1930年、モスクワ。8名の有識者が⻄側諸国と結託しクーデターを企てた疑いで裁判にかけられる。発掘された90年前のフィルムには無実の罪を着せられた被告人たちと、それを裁く権力側が記録してい…
>>続きを読む(C) "Dey Thoris Studio of Sverdlovsk Film Studio", 2005