
1938年、チリ北部に光る物体が落下した・・・これが驚異的な発見につながる。ロケット技術の独自進歩を歩んでいたロシアでは1900年代に入り、ツィオルコフスキーにより宇宙旅行の可能性を証明されたことで、極秘の宇宙計画が進められる。成功のためには人間の身体への負荷は自然の摂理に逆らうレベルであり、あらゆる手段でパイロットに成りえる人材を探していく。ロケットエンジンの模擬試験が成功する中、パイロット候補生たちは1日12時間の厳しい訓練が続いたが、使命感が彼らを支えていた。1937年8月29日、ハルラモフが初の有人宇宙船パイロットに任命される。そして、1938年3月16日、ハルラモフを乗せたロケットは宇宙へと旅立つ...
1969年、アメリカ。ケネディ大統領が宣言した〈人類初の月面着陸を成功させるアポロ計画〉から8年――。未だ失敗続きのNASAに対し、国民の関心は薄れ、予算は膨らむ一方。この最悪な状況を打破…
>>続きを読むアメリカとソ連が宇宙開発技術の向上にしのぎを削る1960年代。ソ連が宇宙飛行士として抜擢したのは、無鉄砲な軍パイロットのアレクセイだった。アメリカと時間的にもぎりぎりの攻防を続けるなか、訓…
>>続きを読む特殊メイクアップアーティストとして働くビリーは、姉の恋人が監督するホラー映画の撮影のためにモスクワのスタジオに訪れていた。撮影後、忘れ物を取りに一人でスタジオへ戻るが施錠されてしまい閉じ込…
>>続きを読む1969年。月面着陸計画が進まないNASAに業を煮やした米政府は、ついに着陸映像の捏造に乗り出すことに。CIA諜報員のキッドマンは、キューブリック監督に映像制作を依頼するためロンドンへ飛ぶ…
>>続きを読む(C) "Dey Thoris Studio of Sverdlovsk Film Studio", 2005