女優たちの作品情報・感想・評価

「女優たち」に投稿された感想・評価

tosyam

tosyamの感想・評価

3.6

このレビューはネタバレを含みます

古くは新藤兼人の鬼婆。パーマネント野ばらも結構な鬼婆映画だったが本作も。か。人外の者や物を描く映画は。特殊メイクや特撮舞台裏など。その成立過程も興味深く。それをドキュメンタリー仕立てにする事は。高く意義の有る仕事。憑依した鬼婆を客観分析し自己の演技プランとしたりキャラ装具を自己調達したりするマリバロン高畑のベテランらしい特撮レジェンド魂。だけ。が。炸裂。している。
高畑淳子さんの役作り、現場でのあり方がすごく勉強になる。
臆せず、自分も映画づくりの一員なのだから、思ったこと、感じたことははっきりいうべきなんだなと思った
女たちのドキュメンタリー。
女優達の演技プラン👏
カットがかかっても役から抜け出せない。
監督振り回されてる感。芯がない。
評価低いけど
本編もうすぐレンタルだから観てみよ。
d173

d173の感想・評価

3.3
高畑淳子の凄み、それに尽きる。

“女優たち”だから、男優が出た途端、
ブツっと切れた笑 それで良いの笑?

篠原ゆき子にしろ、なんつーか凄い…

が、本編を観るかどうかは不明。
観るの怖くなってきた。

2021-411
すげぇ。
熱量半端ない。

高畑淳子の考え方凄い。

晴れ男、晴れ女って重宝されるなぁと思った。




ただね。
どんなタイミングで終わらせてんの笑
めり

めりの感想・評価

2.5
高畑淳子さんがとにかくすごいです。
こういう女優、俳優さんが増えてほしいです。
本編は未見でこちらのドキュメンタリーを拝見した。
ドキュメンタリーの正解とは?と言われてもその定義が何なのか私も分からない。

こちら作品でいえば本編の制作過程に照準を当て経緯やそこに苦しむ人間の葛藤をエフェクトやフィルターを掛けずにありのままの映せば成立はすると思う。

だが、これはあくまで映画のドキュメンタリーなので如何にこの作品本編の良さやセールスポイントも写したりしなければならない様な気がする、ただカメラ回しましただけではカメラマンの意思が見えないのだ、誰が撮っても同じになるのだ。それは演者に対しての質問一つにしても出てくるものである。
ラストの謎の終わり方も?である。

でも、本編が観たくなった。笑
津次郎

津次郎の感想・評価

1.0
新型コロナウィルス禍下で、わたし/あなたが、ことさらにじぶんの窮状をうったえない理由はこれが(この惑星)ぜんたいの禍だから。

局地的なこと、たとえば、身の回りでおこった自然災害や火事や交通事故や犯罪などについては、それを喧伝したり、扶けをもとめたり、訴えたりする。ことがある。ほかの人には起きていないことなので。

でも何十億もの人々が被っている新型コロナウィルスについて「こまっています」とは(言ってもいいが、ふつうは)言いにくい。みんなが被っていることなので。

「女たち」という映画の製作舞台裏をとらえたドキュメンタリーとのこと。
「女たち」の出演者だから「女優たち」。
一般に、大家ほどタイトルが短くなり、自信家ほど汎用性の高い語になるものです。ゆえに謙虚ではない大上段なタイトルだと思います。女優を代表し、女を代表してるかのよう。

配信サービスの案内にはこうあった。
『2020年7月、コロナ禍の中何度も中止が噂された映画『女たち』の撮影が強行された。予算は足りず、雨にも悩まされる最悪の条件の中、主演女優たちは奇跡の名演技を見せ、この映画を傑作へと押しあげた。なぜ最高の演技が生まれたのか、その秘密に迫る。』

なぜ、新型コロナウィルス禍下の窮状を免罪符、エクスキューズ、お断り、酌量の資材にするんですか?と思います。
否、新型コロナウィルスを度外視したとしても、作品を「がんばってつくったのですよ」と言ってしまうのは、クオリティを容赦してほしい胸算用ですよね?と思います。
せかいのどこに「がんばってつくった」がセールスポイントになってしまう映画/業界がありますか。
日本独特だと思います。

そもそも。わたし/あなたのまわりのエッセンシャルワーカー、コンビニやファーストフード、医療・介護従事者、配達員、運転手、建設作業員、販売員、教員、駅員、会社員、役人・・・誰でもいいですが、それらの人々は「コロナ禍にもめげずがんばっているんですよ」と泣きながら仕事しているだろうか。

日本の映像作品のなかには、内容が感動ポルノであるだけでなく、製作にまつわる苦労も感動ポルノにして喧伝してしまう「芸風」の監督が多い。です。

戦後まもなく、駅前には、脚をうしなった傷痍軍人が脚代わりの台車に載って、ブリキの缶をかんかん言わせてお恵みを請う姿があったそうです。
(ゲッターロボの変体で座型になるやつ、もしくはガンタンクのような・・・といってもわかんないかもしんないけど)
詐欺まがいのがあって、そんな輩はブリキに日当がたまると、人が見ていない隅っこで、正座で台車に隠していた健常な脚をほぐして、さっそうと家路へつきます。

ひとびとはかれの可哀想な境遇に同情してお金を払ったのです。
かれは可哀想な境遇に同情が集まることを知っているので、傷痍軍人姿の物乞いをやったのです。

稚拙というか、トラストリテラシーの低さ、この手の恥知らずな「物乞いの訴求」風な作風を、こじんてきには日本の映像コンテンツに(ものすごく)よく見ます。わたしは詐欺みたいなもんだと思っています。映画を自己弁護や自己肯定の道具にするのやめてください。と思います。

ゴジラVSコングでハリウッドデビューをはたした小栗旬の発言(インタビュー)を幾つか見ましたが、日米の現場のちがいについて繰り返し述べていたのは、スケールの圧倒的格差。金もかけるし、時間もかけること。にもまして、キャストにもスタッフにも余裕があること──でした。ピリピリなムードがない──と彼は言っていました。
とうぜんゴジラVSコングは、コロナ禍下にもめげず、がんばった──ことを宣伝文句にも弁解にもしていません。

わたしは一般人なので、知らない世界ですが、むかしから、日本映画界の撮影現場は、根性論が支配している──ということに、確信を抱いています。
昭和も今もスポ根みたいな現場が脈々と続いているにちがいない──と思っています。

そのような似非(エセ)な厳しさで律せられた場が、じっさいにはまったく機能していないにもかかわらず、ある種の歓喜をもたらすのは、わたし/あなたもご存知のとおりです。

つまり、いっさい高品位・有益・効果的・合理な仕事をしていなくても、根性論(精神論)が、まかりとおっている仕事現場は、ある種の達成感をもたらすのです。
言ってることわかりますよね。仕事をしたことがあるなら(あるていど)体感できることです。

たとえば24時間テレビ。
募金番組で走る?なんのために?
むりむりに感動を抽出したいとき、その絵面にしたいとき、意味も根拠も要らないわけです。走る←頑張っている←批判を封じる←雰囲気に呑まれる←内容は関係なし。それが精神論・根性論てやつ。

しょうもない作品をつくっておきながら、クランクアップに感涙して情陸風に盛り上がっている構図とか、ご覧になったことがありませんか?このドキュメンタリーにも冒頭から出てきます。
スポーツでもそうだけど、有効性・合理性のない努力は空しいだけです。日本映画の現場はそういう場だ──と思います。憶測ですが。

泣きの涙で頑張っている姿見せられりゃ、酷評しにくいですよね?
情陸とかで、いっさいクオリティの高いしごとなんかしていないのに、やたらシリアスぶっこいてる「クリエイターみたいなの」いるよね?
一国の宰相が(オリンピック開催を)「コロナに打ち勝った証にしたい」って言うのは精神論だよね?さむいシンボライズだよね?
日本人が好んで使う根性論てのはそういうことだし、日本映画も、そういう世界だ──っていう話。
YumaUto

YumaUtoの感想・評価

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このレビューはネタバレを含みます

とりあえず高畑淳子さんの偉大さ。
篠原ゆき子さんこんな感じなんだって驚き
内田監督の大らかさ。
ぴあで内田監督が絶賛してくれたの忘れてないよ?
とにかく役者陣が素晴らしい。

ようやく篠原ゆき子がスターになる準備が整った。

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