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ライラック/Leylak
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ライラック/Leylakの作品紹介

ライラック/Leylakのあらすじ

ニューヨークのクィーンズに住み、墓掘りが仕事の男は、辛い真実に向き合うことができず、彼に残された最愛の娘との絆を失いかける。

原題
Leylak
製作年
2020年
製作国・地域
アメリカ
上映時間
17分
ジャンル
ドラマショートフィルム・短編

『ライラック/Leylak』に投稿された感想・評価

KUBO
3.5
ライラック ★★★.5

Short Shorts & Film Festival & Asia 2021 秋の国際短編映画祭受賞プログラム1より

見始めて何をやってるのかわかった時点で「勘弁してくれ」と思った。コロナで死んだ大量の人たちを埋めるずらっと並んだ穴。この光景は重すぎる。

その穴を掘る墓掘りの人夫をしている父と、いっしょに暮らす美しい娘。父は娘に母親が不在のワケを言えずにいる。

コロナ禍をモロに描いた見るのも辛い作品。フィクションではあるが、限りなくドキュメンタリーを見ているような気分にさせられる作品だ。

https://www.shortshorts.org/2021autumn/ja/
3.0
これは現実とほとんど一緒だ。
コロナに感染されて亡くなった者は気の毒だと思う。
葬式せずに、家族も親戚も誰一人、立ち会いがないので、墓掘り一人がコロナの死者の遺体を埋めることはとても辛い仕事である。
墓掘りの娘はその故人である母親に対しての想いで、ライラックの花を供える。
 現実と向き合えず、娘との心の距離が離れていく父親を、コロナ禍の社会の中に描く。

 辛いけど、2周観たくなる短編。悲しみ・現実逃避の描き方がずっしり重くて、短編を観た後とは思えない深い感覚になりました。

 やっぱり前後を想像させるって短編ドラマにとって重要なことだと思うし、それができているだけで観た満足感がかなり上がりますよね。父娘の演技も良かったです。

---
観た回数:2回
直近の鑑賞:SSFF&ASIA(21.06.14)
     SSFF&ASIA(21.06.15)


短編2021

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