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⽣者と死者のかよい路 新野の盆おどり 神送りの⾏事

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⽣者と死者のかよい路 新野の盆おどり 神送りの⾏事の作品紹介

⽣者と死者のかよい路 新野の盆おどり 神送りの⾏事のあらすじ

⻑野県阿南町新野で毎年 8 ⽉ 14〜16 ⽇に開催される「新野の盆踊り」。夜を徹した盆踊りで、⽣者と死者が交歓する。踊り続けた三夜が明ける早朝、「神送り」が⾏われる。名残を惜しむ踊り⼿達に道を阻まれながら運ばれた切⼦燈籠が燃やされ、盆に迎えた祖霊が東の空へ送り出される。⼈々は後ろを振り返らずに「秋唄」を歌いながら家路につく…。『ゆきははなである』を完成させた野⽥が 1981 年から 5 年に渡り新野に通って作り上げた、⺠俗神事芸能記録の集⼤成。

⽣者と死者のかよい路 新野の盆おどり 神送りの⾏事の監督

野田真吉

原題
製作年
1991年
製作国・地域
日本
上映時間
36分
ジャンル
ドキュメンタリーショートフィルム・短編
配給会社
ノーム

『⽣者と死者のかよい路 新野の盆おどり 神送りの⾏事』に投稿された感想・評価

京都シネマの野田真吉特集Cプログラム3本立ての3本目。

カラー、スタンダード。

これは比較的、映っている人びとも現代とさほど変わらない感じで、前2作ほど面妖不可思議な印象は受けないが、それでも夜を徹して行われた総踊りが終わろうとするとき、群衆が暴発するさまを見せることを忘れない。

ナンマイダンボーの唱和が次第次第に暴力的なガナリに変わっていくさまが面白い。

美しく作られた切子灯籠が盆行事であることを思い起こさせる。
海
-
生きているひとたちの姿が美しくて涙がでた。この道のさきに空があって、生者のたましいも死者のたましいも、そこまで浮かんでいくのだろう、とおもった。そのようすが映っていた。ふと思い出した。お盆に親戚で集まって、亡くなったひとたちのことを話す時間が、幼い頃わたしは好きだった。いつもおとなたちは、わたしたち子どものことを未来そのもののように扱うのに、そのときだけは目のまえの子どもという大事ないのちから目をそらして、遠くを見つめる。わたしの知らないひとの話をして、笑ったり、急に黙ったりする。そしてふと視線が戻ってきて、「あのひとによう似とるね」と髪を撫でられる。梨を食べて、うたた寝をして…わたしは、おとなの真似をして手を合わせて、写真でしか見たことのないひとのために、心の中でおいのりをする。祈りのさきだけに、会えないひとの姿は見えてくるのだと知る。「お盆を楽しんでいるうちに、いつのまにか秋の風に抱かれ…春からお盆を待ちわび、お盆が過ぎたら干草刈り…」そんな内容の詞が心に残った。みんな、旅路にいて、戻れない道がある。言いかけた言葉と、つくりかけた詩と、描きかけた絵と、愛しかけたひとがいて、わたしは生きてる。真昼の夏の病室で、顔も思い出せないひとの手にふれていたときのことをおぼえている。そのひとのために祈ったことがあるのもおぼえている。朝の台所の静けさも畳の部屋に入ってくる夜風もすべて。多くの多くのいのちのなかのひとつとなっておどるのだ。はじめたことを終わらせること、それをくりかえし続けていくこと、限りのないものがあるとするならそれは、そういうものだろう
Juzo
4.5
長野県阿南町新野で毎年行われる「新野の盆踊り」を記録した短編。伊豆神社と諏訪社を中心に、夜を徹して三晩踊り続けることで、生者と死者が交わる時間が立ち上がってくる。踊りの反復と身体の疲労が、信仰や意味づけを超えて、死者を迎え、送り出す感覚をそのまま伝える。夜明けの「神送り」に漂う静けさが、この祭りが単なる行事ではなく、通過儀礼であることを強く印象づける。

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