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しびれ
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目次

しびれの作品紹介

しびれのあらすじ

曇天に覆われ、大きな波がうねる日本海沿いの町に暮らす少年、大地は、幼少期に暴君のようだった父の影響から言葉を発しない。今は母の亜樹とプレハブで暮らしているが、水商売で稼ぐ亜樹はほとんど家に帰らず、生活は苦しい。やがて亜樹と共に叔母の家に身を寄せるが、どこにも居場所はなく、ひとりで過ごしては内気になっていった。そんな中、大地は父の行方を求めて生家を訪ねることを決意。これを境に、彼の運命は大きく揺らいでいく。心のよるべなき貧困、誰にも見つからぬように生きる孤独の中のささやかな救い、憎くて愛しい母への複雑な感情。流されるままに生きているようで、歩みを止めない大地。そんな彼がかすかな光を手繰り寄せ、息をのむような大きな愛を知るまでの20年間が、徹底した少年の視点で綴られていく。

しびれの監督

内山拓也

原題
NUMB
公式サイト
https://shibire.jp/
製作年
2025年
製作国・地域
日本
上映時間
118分
ジャンル
ドラマ
配給会社
ナカチカ

『しびれ』に投稿された感想・評価

2025年44作目(劇場32作目)

東京フィルメックスにて鑑賞。
鑑賞前に監督、出演者による舞台挨拶が行わだ。本作は監督の自伝的作品であると共に初めて脚本を書いた作品とのこと。
「佐々木インマイマイン」が好きな私にとっては少しはまらなかった。映画としての盛り上がりやエモーションに少し欠けているように思えた。それを本作は度外視して、リアルに描いていることは重々承知はしているが、すごく助長に感じてしまった。それが、主人公の大地が感じていた時間感覚のようにも感じてきて複雑だった。

4人のキャストが年代毎に入れ替わりながら演じる大地は違和感なく観ることが出来た。脇を固める役者陣も流石だった。終盤にかけての展開は主人公の心情的にも必然に思えたし、それを映像と役者の表情でみせていくところが物凄く映画的に感じた。監督と本作の距離感が物凄く近いため、感情表現やリアルに振り切っている分、客観性が乏しいように感じた。正直、何度も観たいとは思えないが、いつかどこかで鑑賞したい。
内山拓也監督の最新作。

今作、これまでの『佐々木、イン、マイマイン』『若き見知らぬ者たち』の延長線上にありながら、その中でも最も私的で、最も痛切な作品であり、映画的に最も挑戦的な1作だった。

ストーリーラインだけを見れば決して珍しいものではないが、今作が特別なのは、その壮絶な人生を徹底して“大地の視点”から描いていることにあり、カメラは常に彼のすぐ隣におり、その表情をクロースアップしている。ほぼほぼ全編通して「横顔」が多いのは、あの頃の自分自身を監督自身が見つめている構図を撮りたかったのだろうか。

実際、本作において貧困やネグレクトはテーマではなく、あくまで〝環境〟の一部に過ぎない、「可哀想な子ども」を見るのではなく、一人の人間の20年を追体験するように全編通して描かれていた。

また毒親もよくある映画的なキャラクターしてただ存在しているではなく、決して母親である亜樹を断罪せず、大地自身が母を憎みながらも愛しているように、劇中でもまた母親を単純な加害者としては描かないという、その複雑さこそが映画の核になっていた。


また前述した、挑戦的な1作という部分においては、セリフがあるシーンは10分も満たなかったのではないか?BGMもなく、ただただ新潟の自然の音と沈黙の交差。

原案が内山監督という事もあり、自身の故郷・新潟を舞台に、自らの記憶や感情を掘り起こすように作られているのだろう。その為あってか、ドラマの完成度よりも「どうしても撮らなければならないモノ」という切実さと魂が宿った作りとなっている。

その魂に触れる118分間となり、鑑賞後は胸の奥にじんわりと残り続ける痺れがあり、その感覚こそが、本作のタイトルが意味しているものなのかもしれない。
2026年 74本目
2026年 74作目
2026年公開作品 32作目
2026年劇場鑑賞作品 26本目

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