フランス田舎町の夏祭り、アメリカのドキュメンタリーに感化された郵便配達人のドタバタ喜劇。装置と動作の仕掛けが完璧に機能したスピーディなギャグで革新主義へのアンチテーゼを飾り、刺激よりも安堵をもたらす。これがジャック・タチという男。天晴れ。

モノクロスタンダード　完全版(87分)

※カラー版は鑑賞後に追記

何か三種類くらいあるっぽいのだが、恐らく全部観てるので完全版は白黒87分と思います。自転車に飛び乗り一瞬で通り過ぎ、居合切りのように手紙を置いていくあの荒唐無稽な速度がたまらない。ただしこのフランソワは結局、ありのままを肯定するディズニー的な寓話めいた存在に終わっている。突風のごとく現れて人生観を変えてしまうユロ氏登場まであと三年、『ぼくの伯父さん』は更に五年後。寡作なのが寂しいよね…。

我らがジャック・タチ監督の長編映画デビュー作品。
本作の主人公は前のめりの立ち姿で余り口を開かない、いつものユロ伯父さんではなく、とある村の郵便配達員であるフランソワ(演者はユロ伯父さん同様、タチ本人)である。

私はタチの笑いが好きである。
彼の誰も腐さない、軽妙洒脱でナンセンス、ユーモアに富みつつも人口に膾炙した笑いには或る意味普遍性がある。
本作も半世紀以上前の作品であり、冗長さ、繰り返しに起因するくどさはあるものの、観ていて荒んだ気分と成る事や古めかしさを感じる事は無い。
スラップスティック・コメディではあるが誰をも傷付けない彼の作品は、その一群の中でも特異な物である。
一般にコメディ作品の名監督にはチャップリン、キートン、ハロルド・ロイド、マルクス兄弟等コメディアン出身者が多いが、タチ本人も同様であり、自身の経験が糧として活かされていると思われる。

作品内容に入る。
先述の通り主人公はフランソワであるが、本作がタチの後作と異なる点は「主人公が寡黙なパントマイマーでは無く」、また「身体を張った笑いを披露」している点、「ナレーターが存在している」点にもある。
タチが独り走る自転車を追って野や街を駆け抜け、他の自転車競技者達とスピードを競い、オチとして○○へ飛び込むのは他作には見られない笑いであり、キートンをすら彷彿とさせる。
この点一種目から鱗であり、本作で鑑賞出来た事が先ず僥倖であった。
ナレーターに就いては作中フランソワとは全く接点の無いお婆さんが担っており、作品に良いメリハリを与えている。

後作に見られる社会へのアンチテーゼは未だ表面化してはいないものの、「アプリオリとして老若男女に通じる笑い」とは何か、を考えさせてくれる監督であり、作品である。