フランキー堺の三味線ロカビリー(？)は愉快極まる。東京の東玄関上野の旅館を舞台にした群像劇。番頭の森繁、頑張りすぎてバイトと本分が逆転しちゃった学生バイトにフランキー堺、番頭仲間に伴淳。モグリの客引きカッパ勢の頭領に山茶花究。前半のコメディでググッとキャラクターに惹きつけられます。
後半はひとつのジェネレーションギャップドラマなのですが"古いものばっかり良くて新しいものはケシカラン"と情緒的にすると不毛な懐古趣味になるところ、どこか乾いた質感がある。なので高度成長を迎え激しい変化に疲れる人が、その変化に打ちつけられてもなお逞ましい様子が見え、どうにも良い味わいがありますねえ。

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◎上野駅前旅館マスプロ化に取り残される番頭

1958年 東京映画製作 東宝配給 109分 カラー
シネスコープ　＊音質前半とくに悪く聴き取れず

ドジョウは駒形に行くんだ
駒形屋茂兵衛のドジョウ入りでござんす

1955年に名作『夫婦善哉』を送り出した巨匠豊田四郎（1906-77）監督、森繁久彌、淡島千景の出演による上野駅前の旅館を舞台とする群像喜劇。



【以下、一応ネタバレ注意⚠️】





正直、はじまって中盤過ぎまで、これが名作『夫婦善哉』と同じ監督の作品かと疑うほどつまらなかった。

戦後も復興期から高度経済成長期に差しかかり、駅前旅館も修学旅行生や企業団体旅行などのマスプロ化の時代の洗礼を受けつつある、という趣旨はよく分かる。

しかし、登場する中学生たちが、とにかく型通りにうるさいだけで逆に紋切り型の無個性描写にしか見えない。
酔っ払った女子高生役で、若き市原悦子が登場したりするが、やはり紋切り型で役の本質も俳優の美点も引き出せていない。

やはり明治生まれ、当時52歳の豊田監督には、同時代の中高生の実像を描く感性はなかったということなのか、と半ばあきらめかけた。

未読だが、前年に刊行された原作の作者が井伏鱒二（1898-1993）だというのには驚いたが、同じく明治生まれだから、戦後世代の若者たちの心情には迫れていなかったのだろうか。

まぁ、善意に解釈すれば、本作の主題は、旅館業のマスプロ化にあるわけで、最初から学生や団体客たちは大量生産の商品と同じく判で押したような無個性だ、との主旨で描写しているのだ、ということかも知れない。

ただ、終盤、森繁演ずる「番頭」生野次平が「カッパ」と呼ばれる不良客引きグループに対抗して騒動になった前後から、時代遅れになって旅館主から解雇されるに至るくだりになって、ようやくテーマが明確になって、一応ドラマらしい体裁は保たれていた感じだ。

ラストは、都落ちして、甲州は昇仙峡遊覧馬車に揺られて、新天地（湯村温泉の旅館街か）に向かう次平。
それに追って来たお辰が馬車を並べて（渋滞する自動車列にクラクションを鳴らされながら）ゆっくり道行するという粋な終わり方だ。

だが、次平がなぜ淡島千景演ずる辰巳屋のお辰に惚れられるのかを含めて、次平の過去は描写されないから、このラストも唐突感の方が強い。

ただ、女にだらしない基本ダメ男が妙にモテる、というのは、江戸時代以来、上方の浄瑠璃、歌舞伎で定番の役どころで、「つっころばし」などと呼ばれる。
近松の名作『心中天網島』の紙屋治兵衛はその代表であるから、本作の「次平」の名も、あるいは、そこを当て込んだかも知れない。

フランキー堺、伴淳三郎、浪花千栄子、左卜全ら一流の芸達者を贅沢に集めていながら、今ひとつ彼らの持ち味を活かしきれていない恨みも残る。

>ドジョウは駒形に行くんだ
>駒形屋茂兵衛のドジョウ入りでござんす

↑これは、足を怪我した女性職員の治療薬としてドジョウを探しに来たフランキー堺に言いかけた伴淳三郎の地口（シャレ）。
もちろん、長谷川伸の『一本刀土俵入』の名セリフのパロディである。
これは、なかなか上手い。

フランキー堺は、地方からの宗教の信者団体から求められて、「ロカビリー」（＊）を躍動しながら歌い、女子高生たちも乱入して大混乱する。
＊1956年に小坂一也がプレスリーをいち早くカバーしていたが、日本における本格的なブームは1958年以降とされる。
ありあわせの扮装で歌い踊るフランキーの姿を、信者の老人たちが手を合わせて拝むあたりは面白かった。

その他、風俗的なことでは、
カッパ一味の若頭格がゲイボーイ風、
焼鳥を食いながら観るストリップorヌードショウ、
女子高生たちの部屋で、布団をはがすと抱き合って寝ていた２人がびっくりして立ち上がる、
旅館街に、「京城料理、朝鮮料理、アリラン軒」と看板に掲げた店、
など、興味深い描写もあるにはある。

團伊玖磨の音楽も、本作では、彼らしい和風味は少なく、穏やかなハリウッド調で自己主張しないところがかえって効果的だった。

《参考》
＊1 「駅前旅館」で検索
ja.m.wikipedia.org/wiki/

＊2 喜劇　駅前旅館
1958年7月12日公開、109分、コメディ
moviewalker.jp/mv25643/

＊3 KINENOTE 喜劇 駅前旅館
レビュー 20
www.kinenote.com/sp/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=25824

＊4 『駅前旅館』（1958年・東京映画・豊田四郎）
佐藤利明（娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー）の娯楽映画研究所
2020年7月13日 13:49
note.com/toshiakis/n/nbccb8c522cc8

＊5 一夜一話
映画「喜劇　駅前旅館」　監督：豊田四郎
2022年06月14日 更新 2017年11月06日 公開
odakyuensen.blog.fc2.com/blog-entry-1675.html

《上映館公式ページ》
京都府京都文化博物館
【生誕100年記念】映画女優淡島千景特集
Date
2024.4.2(火) 〜 5.9(木)
www.bunpaku.or.jp/exhi_film_post/20240402-0509/

今の時代に鑑賞すると、日本には喜劇役者と呼べる人間はもういないのだと再認識させられる。
決して優れたシナリオの作品ではないが、役者の力でここまで見せられるというのは近頃の邦画では皆無と言っていいだろう。