
月1日埼玉県狭山市でおこった女子高生殺害事件、いわゆる〝狭山事件〞。犯人にでっちあげられたのは被差別部落に住む石川一雄さんだった。獄中32年、仮出獄から19年。事件から半世紀「殺人犯」というレッテルを背負い続けながら、石川さんは今もなお「私は無実です」と訴え続ける。 映画はそんな石川さんと連れ合いの早智子さんに3年間寄り添った。「不運だったけど不幸ではない!」というふたり。「冤罪」という強いられた人生を受け止めまっすぐ歩む、その何気ない日常のなかからあぶりだされたものは普遍的なメッセージだった。 「幸せとは」「愛とは」「友情とは」そして「正義とは」……映画は問いかける。
戦後75年目の残留。生き別れた者が伝える、日本という国の今。「私を日本人と認めてほしい!」-フィリピン残留日本人 。「私は日本人。でも言葉がわからないの!」-中国残留孤児。太平洋戦争以前、…
>>続きを読む「家族みんなで支えていたことが、さっちゃんにとって本当に幸せだったのだろうか。辛い辛いで生きていたのではないだろうか」。2021年3月、浅川幸子さんの一周忌で、兄の一雄さんは涙を拭った。地…
>>続きを読む生後すぐに「脳死に近い状態」と宣告された帆花ちゃん。 母親の理佐さん、父親の秀勝さんと過ごす家族の時間にカメラは寄り添う。常に見守りが必要な帆花ちゃんとの生活は誰にでもできることではない。…
>>続きを読むノーベル平和賞候補になり、朝日賞や埼玉県民栄誉賞などを受賞した水墨画で風景画家の丸木位里(1901‐1995)と人間画家の丸木俊(1912‐2000)夫妻は、「日本人側から見た記憶を残して…
>>続きを読む太平洋戦争中、約19万人もの日本の将兵がビルマ戦線で命を失った。その生存者の中にはタイ・ビルマ国境付近で敗戦を迎えた後、祖国に帰らなかった6人の日本兵がいた。2005年から3年にわたる彼ら…
>>続きを読む熊本県で訪問介護の仕事をしている林恵子、67歳。子どもたちはすでに独立。休日は友人らとカラオケや居酒屋に通い、一見平穏な日常を送っている。しかし恵子には、家族や親しい友人にも語ってこなかっ…
>>続きを読む©2013 映画「SAYAMA」製作委員会 All Rights Reserved.