
1960年(昭和35)、オリンピック開催を間近に控えた日本ン。終戦から15年が経ち、誰もが上を向いていた時代。人々は開発の熱気に満ち溢れていた。そんな日本を飛び出し、ダム建設調査の為、ラオスに渡った日本人がいた。将来の成功を夢見た青年の名は「川井」。しかし川井は調査中の事故で消息を絶つ。当時、内戦中だったラオスの首都ビエンチャンでは戦闘が勃発、政府による川井の捜索も打ち切られてしまう。2015年急激な都市開発が進むラオス。家族とのすれ違いで故郷を飛び出したラオス人女性「ノイ」は、慣れない都会暮らしに埋もれていた。そんなある日、友人からのナムグム湖観光の誘いをきっかけに、1960年のラオスへと迷い込んでしまう。ゆるやかな川のほとりで二人は出会い、辺鄙な農村で、暢気な村人たちとの共同生活が始まった。
フィリピンの首都マニラから 300キロ南にあるパナイ島の田舎町パンダン。海水混じりの井戸水しかないパンダンでは、多くの村人が腎臓病などに悩まされていた。友人に誘われ軽い気持ちで、パンダン水…
>>続きを読むベトナム・ハノイで日本語教師として働くみさおの元に、父の訃報が飛び込んできた。故郷・新潟で目の当たりにしたのは、認知症を煩い、父の死さえ理解していない母シズエの姿。後妻として家に入った母の…
>>続きを読むキットは両親の遺灰を埋葬すべく、30年ぶりに祖国であるベトナムのサイゴン(現ホーチミン)に足を踏み入れる。彼は6歳のとき、家族とともにベトナム戦争後の混乱を逃れてイギリスへ渡った”ボート難…
>>続きを読むわが子に先立たれた喪失感と後悔の念を抱え、息子が生きた証を探し求める父がその先に見つけたものとは――― 社会的名誉も地位も手に入れた著名な作家の唐大道。彼は自ら選んだ道こそが最も正しい道だ…
>>続きを読む©ジャパン-ラオス・クリエイティブ・パートナーズ