昭和10年、出羽三山の主峰・月山の麓を、急ぎ歩く女性がいた。志田周子(ちかこ)、26歳。故郷の父から『ハナシタイコトアリ スグカエレ』という電報を受け取った周子は、取るものもとらず帰郷した…
>>続きを読む19世紀末のニューヨーク。編集者を夢見るレオニー・ギルモアは、若き日本人詩人、ヨネ・ノグチと出会った。彼の詩才に魅せられたレオニーは、やがてヨネと結ばれる。だが妊娠を知ったヨネが一方的に日…
>>続きを読む1926 年、ニューヨーク。オランダからの移民アントニアは、指揮者になるためならどんな困難にも挑むと決めていた。「女性は指揮者になれない」と言われながらも、音楽への情熱だけは誰にも負けなか…
>>続きを読む江戸時代末期。死に至る病として恐れられていた疱瘡(天然痘)が猛威を振るい、多くの人命を奪っていた。福井藩の町医者で漢方医の笠原良策(松坂桃李)は、患者を救いたくとも何もすることができない自…
>>続きを読む貧しい農家に生まれ大火傷に苦しんだ少年はアメリカに渡り世界的な学者となった やがて届いたのは無学で字が書けないはずの母からの手紙だった。15年ぶりに帰国した英世は母と再会するが・・・
明治3年。淡路の稲田家主従546名は、明治政府から北海道移住を命じられた。家臣・小松原英明の妻も凍てつく大地に立ち向かうが、さまざまな不運に見舞われる。英明は家族を残し、厳しい環境でも育つ…
>>続きを読む空手講師の桧山大介は、ある日突然白血病と診断され、医師から骨髄移植しか助かる道はないと告げられる。やがて骨髄バンクに登録した大介のもとに、ついに適合するドナーが見つかったとの知らせが届く。…
>>続きを読む貧しいユダヤ人家庭に生まれたルース・ギンズバーグは、「すべてに疑問を持て」という亡き母の言葉を胸に努力を重ね、名門ハーバード法科大学院に入学する。1956年当時、500人の生徒のうち女性は…
>>続きを読む