
精神に不調をきたした映画監督/坪田義史が精神科で問診を受けたところ発達障害のグループの一つである「ADHD/注意欠如多動性障害」に適合すると診断を受け、親類に広汎性発達障害を持ちながら一人暮らしをする叔父さん(まことさん)の存在を知る。坪田は衝動的にカメラを持って会いにいく̶。 以降3年間、まことさんとの交流を深めていく中で「親亡き後の障害者の自立の困難さ」や「知的障害者の自己決定や意思決定の尊重」「8050問題に伴う住居課題」などの問題に直面していく̶。
外来の精神科診療所・こらーる岡山に集う患者たち。病気に苦しみ自殺未遂を繰り返す人もいれば、病気と付き合いながら、哲学や信仰、芸術を深めていく人もいる。涙あり、笑いあり、母がいて、子がいて、…
>>続きを読む山田珠子は、息子・忠男と二人暮らし。毎朝決まった時間に起床して、朝食をとり、決まった時間に家を出る。庭にある梅の木の枝は伸び放題で、隣 の里村家からは苦情が届いていた。ある日、グループホー…
>>続きを読むただお洒落がしたくて女装をはじめたら、いつのまにか男の人に恋をしていた。素敵な女の子に一目惚れをしたら、彼女は彼で、私は女で…。私たちの性は、実はとても曖昧でカラフルで、混沌としている。そ…
>>続きを読む時はバブル経済崩壊後の1995年。地下鉄サリン事件や阪神淡路大震災が起き、世相がドンドンと暗くなる中、東京は東中野の街の片隅で、とある試みが始まりました。シングルマザーの加納穂子が始めた共…
>>続きを読む生後すぐに「脳死に近い状態」と宣告された帆花ちゃん。 母親の理佐さん、父親の秀勝さんと過ごす家族の時間にカメラは寄り添う。常に見守りが必要な帆花ちゃんとの生活は誰にでもできることではない。…
>>続きを読む広島県呉市。この街で生まれ育った「私」(監督・信友直子)は、ドキュメンタリー制作に携わるテレビディレクター。18歳で大学進学のために上京して以来、40年近く東京暮らしを続けている。結婚もせ…
>>続きを読むさまざまな生き辛さを抱えた人々が、孤独を感じることなく地域で暮らしていける方法を長年模索してきた精神科医・山本昌知が、82歳にして引退。彼を慕う患者たちは戸惑いを隠せない。引退した山本は、…
>>続きを読む結婚を控えた紗耶と、その妹で空気を読むのがニガテな優子は2人暮らし。年を重ねるにつれ、その生活は変化を強いられていく。