だってしょうがないじゃないの作品情報・感想・評価

だってしょうがないじゃない2019年製作の映画)

上映日:2019年11月02日

製作国:

上映時間:119分

4.2

あらすじ

「だってしょうがないじゃない」に投稿された感想・評価

わ

わの感想・評価

3.5
発達障害の監督の描写や生活ももっと見てみたかった。
知的障害を持つ従兄弟違いの2人が支え合って生きる姿が良かった。
misa

misaの感想・評価

4.5
広汎性発達障害と診断された、まことさん(60代)。母親を亡くしてからは一人暮らし。周囲の人に助けてもらいながらの日常を綴るドキュメンタリー。

監督の坪田さん(40代)は、まことさんの親類。
坪田さん自身はADHDと診断されている。
まことさんの「生きづらさ」に共感する、温かくユーモア溢れる構成。押し付けがましいメッセージはない。
桜の木のシンボルが印象深い。

まことさんは、物を置く動作やお風呂の習慣に「こだわり」がある。本人が安心するなら、それでいいよね、って思う。それを何かの儀式のように、そしてユーモラスに撮影した坪田さん。観ているたくさんの人が、最初は「なんだこりゃ?」と思ったろうけど(笑)、「見守る事の優しさ」も、同時に受け取ったと思う。

まことさんは、福祉サービスにも支えられている。中でも傾聴ボランティアのおばさま2人は本当に素晴らしかった。一緒に観ていた夫は私に、「お前もこういうボランティアをすればいいのに!」と言うほど。その寄り添う姿に、いたく感動した。

そしてまことさんにとって、坪田さんと過ごす時間は宝物だと思う。唯一の理解者の母親を亡くした後、失意の中にも助けてくれる人たちがたくさんいる。
坪田さんとの心の交流は、画面からひしひしと伝わってきた。こんなに楽しいと、独りの時間が余計さみしくならないかな?と心配にもなったけれど。でも、楽しい時間は、絶対に生きるエネルギーになる。

まことさんの幼少時代は、発達障害などという言葉はなかったろうし、知的障害も軽度だと「ちょっと変わった子供」で済まされていただろう。

それでもまことさんはきちんと身辺の事ができるし、少しネガティブなところはあるけど、笑顔があり、好きな事を見つけて生きている。野球、仮面ライダー、新幹線、エッチな本も(笑)
きっとお母さんがしっかり支えて、愛されていたのだろう。

その反面、まことさんはオドオドして自分の意見を言えなかったり、坪田さんをはじめ後見人の叔母さんからの説得に、戸惑うような雰囲気があった。

まことさんの事がとても心配だから、みんながあれこれ手を貸したくなる気持ちは痛いほど分かる。でも、まずは一方的にならず、まことさんの気持ちを「汲む」というのが大切なんだろうなと思った。
グループホーム問題については坪田さんも、「もっとまことさんの意見を聞いてあげれば良かったね」というような事をまことさんに告げているので、安心した。家族で模索しながら、まことさんが納得できる道が開けるといいなと思った。

夫婦で、うちの息子(広汎性発達障害と診断済み)の将来に想いを馳せながら、色々な事をお喋りしながら鑑賞できた。
色々な事を話し合えた。
将来に備える必要があると思った。

うちの息子は今のところ楽しく学校に通い、勉強好きの本の虫。
でも時々大泣きして周囲を困らせたり、会話がうまくいかないことがある。
知識量は大人顔負けなのに、肝心の会話コミュニケーションが、うまくいかない。

まだ小学生のうちは可愛いけれど、そのうち目立ってくるだろう。変わり者だと判断されたり、自分の思うようにいかず、社会生活が苦しくなる時が来るんじゃないか…と、親としては不安でいっぱい。
 
でも、障がいがあっても人は成長するし、学び続ける。
そして人に愛される事は何よりも嬉しいのだから、寄り添って共感したり、違うことは違う、と何でも教えてあげて、助け合えばいいと思う。

私の周囲には、気になる子供がたくさんいる。積極的に療育に打ち込む親もいれば、支援教育を頑なに拒む人もいる。

子供の頃から不思議な行動や考え方を受け入れられずに否定されて育つと、二次障害が起き、鬱病になったり、自信をなくしてしまう事があるらしい。支援を受けずとも、せめて愛情を注がれて大人になって欲しい…と切に願う。

我が家にはしっかり者の娘(女王様)もいるので少しは安心だけど、でも老後は、誰がどうなるか分からない。
まことさんみたいに8050問題、老老介護になるとも限らない。

「だってしょうがないじゃない」

と明るく言えるような、温かい社会であり続けるといいなと思う。

まことさんの、更なる幸せを願っています!

★「みんなの学校」というドキュメンタリーも、発達障害だけではなく、どんな子供も受け入れるというインクルーシブ教育についてとても感動する話で、めちゃおすすめです。仮設の映画館でやってくれないかな〜!
joujim

joujimの感想・評価

5.0
結局まことさんの施設入所話はどうなったのかー、というところがめちゃくちゃ心配になりました…というくらいにのめり込んでいました。

お母さんと一緒だった40年間。ほとんど他人との交流はなかったようです。そこで正しいこだわりをある程度は身につけることができれば…例えば入浴とか。まあ、失われてしまったものはしょうがない。今は色々な人たちと繋がっている。人間関係の貧困が一番の問題だと思いました。

ところで。妻にお母さんを求めるのは間違っている云々というところですが、まことさん世代の夫婦って、なんだかんだ言って妻は夫のお母さんのような役割を押し付けられているのではないかー、と思いました。一周回ってまことさんの主張は正しいかと(苦笑)。
rwww

rwwwの感想・評価

4.2
ラジオでしまおまほさんがオススメしていたので、仮設の映画館で鑑賞。しまおさんが言ってた意味がわかった。障害(病気)と認められると楽になる気持ちもあるけど、「病気だから」とくくられて「変だ」とか「普通じゃない」と心配されることがある。まさにエロ本のくだりがそうだった。まことさんの人間的魅力は障害あるなしに関係なく素晴らしいし、坪田監督のまことさんへの眼差しは本当に真摯だった。監督の奥さんにも、いつか監督のADHDのことが伝わる日が来ればいいなと心から思う。聴聞ボランティアの方とまことさんとのやりとりに、自然と涙が溢れていた。映画は自分が関わったことのない人間を知ることができる、世界を知ることができる本当に良いメディアだと再認識した。
最近仲良くしている人はADHDらしい。この映画監督と同じ。わたしは、その人のことを考えたり、まことさん(この映画監督の叔父で、映画の中でフォーカスが当たってる人)の行為について、考えていた。
まことさんにとって『置く』という行為が印象的。監督にとっての「桜の木」も印象的。この映画監督にとっての執着のようにも見えながら、切られてしまうシーンや芽吹くシーンはどこか比喩的にも見えた。なんの比喩か知らんけど。
障害と社会について、もっと考えるべきだと思った。
KKMX

KKMXの感想・評価

4.2
『タレンタイム』を再度観よう仮設の映画館にアクセスしたところ、観逃していたドキュメンタリーを発見。せっかくなので鑑賞しました。

内容はADHDを持っている監督が、従兄弟で発達障がいのまことさんの3年間を追ったものです。当事者同士だからか、2人の間に友情が芽生えており、バディムービー的な魅力がありました。また、年老いて家族に先立たれた障がいを持った人の今後の生き方についていろいろと考えさせられる、硬派なドキュメンタリーでもありました。


60歳のまことさんは、20くらいの時に父を亡くしたため実家に戻り、その後40年ずっと母親と2人で暮らしてました。まことさんは発達障がいと軽度の知的障がいを持ってますが、母親の生前は母親がまことさんの面倒を一手に引き受けていたため、まことさんの障がいのことは本人や母親も含めて誰も知りませんでした。しかし、母親が亡くなってまことさんの障がいが判明し、親戚や福祉が彼のサポートをすることになりました。
その流れで坪田監督もまことさんと交流を始めます。坪田監督はまことさんをドキュメンタリーの被写体と捉えて接近したのでしょうが、前述したとおり当事者同士だからか、普通に仲良しになっていきます。

まことさんは、これまでほとんど友だちとかいなかったんじゃないかなぁと想像しています。福祉の人たちは親切ですがあくまでサポートしてくださる人たちですし、成年後見人の叔母さんはまことさんのことを考えてくれてしっかり世話してくれますが、責任感によるものが大きく、気持ちのつながりとは別のところで動いているように感じました。まことさんは多くの人たちに囲まれてますが、心情的にはかなり孤独だと感じます。ずっと一緒だったお母さんを亡くしてますから、尚更でしょう。
そのような中で、フラットに付き合える坪田監督の存在はまことさんにはとても大きな存在だったと思います。一緒に野球を観に行ったシーンとか最高!まことさん、めっちゃ楽しそうでした。別れ際の電車でも名残惜しそうだったし。カラオケシーンも良かった。監督が訪問する日に、まことさんは家の前で「義史(監督の名前)さん来ないかな」とか言いながら待っているんですよ。まことさん、友だちを得た喜びでピカピカ輝いていました。
障がいがテーマになっているガーエーですが、それとは関係なく人には友だちが必要なんだということが、実によく伝わりました。
監督はやや介入しすぎるきらいはありましたが、それは友だちだから仕方がない!だんだんとお互いの心地よい距離を見つけていけばいいだけの話ですからね。


一方で、高齢の障がい者と周囲の現実的な問題も描かれておりました。
本作の中盤から、まことさんが生まれ育った一軒家で独居していて大丈夫なのか問題が浮上。世話をする人たちも高齢者が多いため、グループホームに入った方がいろいろと安心なのでは、という理屈で話が進みます。客観的に見ればその通りなので叔母さんや福祉の人たち、さらには監督も含めて話を進めていくのですが、実はまことさん自身の気持ちが尊重されていない。明らかに思い出深い上に慣れきったこの家にまことさんは住み続けたいと思っているんですよね。でも周囲は「無理だからしょうがない」と考えているようでした。
序盤でも、庭にあるデカい桜の木が隣人に迷惑をかけていると言う理由で切り倒されることになります。このときもまことさんは寂しそうでした。伸びすぎた枝を切る、とかで十分だったのでは?

このような当事者の気持ちを置き去りにしてしまうことは、大きな問題だと考えています。障がい者だろうが健常者だろうが、誰もが自分を生きたいんですよ。意思や主体性を大事にしないスタンスはどうかと思います。しょうがないと言う前に、出来る限りまことさんの気持ちを大事にして、家に残れるような道をみんなで模索する必要はあったのでは?詳しくはわからないけど権利の問題で退去しなければならなくなったようですが、無理だとしても残れるように尽力することが大切なのでは、と感じています。
出口は決まっているとは思います。最終的にはグループホームに行く運命は避けられないでしょう。しかし、それでもまずはまことさんの気持ちを尊重した上で現実とすり合わせていけばいいのになぁと思いました。
作業所見学のときに、まことさんが描いた絵が切ない。家と太陽、そしておそらく序盤に切り倒された桜の木(これははっきりとはわからないがその印象を受けた)を描くのです。なんか悲しくなっちゃった。

他にも、家族が障がい者を家庭内だけでなんとかしようとする文化に対しても複雑な気持ちになりました。もちろん現代ではまことさん家みたいなケースは少なくなってきているとは思いますが、いろんな意味で良くねぇなと感じます。


このように、単に感動するだけでなく、いろいろと考えさせられるガーエーでした。多くの方に鑑賞していただきたい一本でありました。
AyuAyu15

AyuAyu15の感想・評価

3.3

このレビューはネタバレを含みます

仮設の映画館で視聴。

ウチの娘も広汎性発達障害で、そろそろアラサー。私もそろそろアラ6。他人事じゃないので観てみた。

親が何もかも知ってるとは思ってはいないけど、でもやっぱり生まれた時から一緒に暮らしていれば思い過ごしや思い込みみたいなことがあっても、まぁ、イキナリ外部の人(血が繋がっていようがいまいが)が来ても『本人』がどんなパーソナリティを持ってるのかニワカには分からないだろうから、元気なウチに本人の意志意思を汲み取って親なきあとどんな場所でどんな風に生きて行くのか方向性を本人と一緒に決めて未来に繋いでおかなければなぁとつくづく思った。

この映画のまことさんのお父さんもお母さんもまことさんの事を周りの人に繋いで置かないウチに亡くなってしまったからまことさんはまぁ困った。
ちょっと遠い親戚に成年後見人を務めてくれる叔母さんがいてくれたけど、障害というものについてはドシロウトだからかまことさんのことについて詳しくは理解していないみたい。

世代が違うのはもちろん大きい。まことさんの頃には『発達障害』なんて言う言葉はなかったから。
多分お母さんは『変わった子』を世間から庇うようになるべく外と関わらないで家の中で育てて(暮らして)来たのだろうな。
まことさんが真っ直ぐ育っているのを見るときっと愛情深く育ててもらったんだろう。

坪田監督も自分もADHDだからか映画を撮るからか(両方か)自分の伯父的血の繋がりのあるまことさんのことをとても気にかけているのはとてもいいけれど、いかんせんまだ障害のある人については彼もやはりドシロウトだからか良かれと思ってやったこともなかなか思い通りにまことさんに響かないこともあるみたい。

例えば意思決定支援という大切な言葉があるけど。
周りの人が『こうすればまことさんは幸せだろう、幸せになるだろう』とか、『こうしたら支援する側は楽だろう』とかそういう決め付け動いていて、肝心のまことさんの気持ちがお座なりになっている。
意思決定支援がお座なりにされている。

例えば、実家に独りで住み続けることは本当に無理だったのか?何が方法はなかったのか?とか、グループホーム、と決める前に、他に選択肢はなかったのか、とか。
「お姉さんが決めたんだから逆らえない、仕方ない」とまことさんに言わせる前に、どんなグループホームがあって(グループホームにも色んなタイプがあるから)どんなところならまことさんも楽しく幸せに暮らせそうかとか、そういうのを具体的に探したり一緒に見学に行って考えたり、そういう大切なことがない。まだまだ手を尽くされてない。

仕方ないからとか無理矢理に、とかじゃなくて、如何に本人に納得してもらって、本人にも乗り気になってもらって、出来るだけ本人に選んでもらって道を進むか。そこが大切なのに。

ひとつだけやっと見学に行った福祉作業所
アートで有名なStudio COOCAも、周りがそこはいいとこだって勝手に決めて見に行っただけで、有名で評判がよくカッコいいとこなら(世間体がいい施設なら)いいかと言ったらやっぱり本人に合わなきゃどうしようもない。
そこは坪田監督もようく分かったみたいだけど、親がそういう事をもし試していたとしたら親が死んだあと別の人がまた同じことを繰り返すのは時間と手間のロスだし。

私は自分がやって上手く行ったこと、失敗したことは元気なウチにキチンと外に繋いでおきたいなとつくづく思った。

本人が何が得意で何が苦手で何が好きで嫌いで何をしてる時が幸せで…とか、そういうのの申し送りってすごく大切だし、一番周りが知ってなきゃいけないことだ。

あと、エロ本のこととか理解ある俺の実家のオヤジに会わしてやる、とか。
ああいうのはその時だけはいいけど、エロ本をいいよと言ってもその先にリアルの女の子と付き合うことが絶望的な場合その彼の気持ちをどう汲むのか…?
とか、遊びに行った時には、嗚呼こんな家に住んでステキな服を来て裸婦像なんか描いてハイソサエティで、エロ本にも理解あって幸せそうな素晴らしい家だなぁ〜とその時思っても、実際にはそこに持続して住めるわけでもないし、持続して支援してくれるわけじゃないし、むしろ理解されない孤独な場所に帰って行くしかない時の疎外されたような彼の気持ちを思い遣ったことはないのか…?

口には出さなくても色んなことをけっこう分かってるものだったりするから。

無責任な慰め方には疑問が残るし違和感あったなぁ。
よかれと思ってやっているんだろうけどむしろ傷つけてるような気がして…
難しいねぇ。

多分私みたいな自分が今必死で広汎性発達障害の我が子をサポートしてます!みたいな人には今ひとつだったんじゃないかと。人にもよると思うけど。

でもあまり身近にこういう人がいないなら色々と発見もあっただろうしよかったんじゃないかな。

ラストの風呂場のシーンとか、彼のリアルな『生』が生々しく描けていてなかなかよかったです。

かけがえのない、まことさん。

坪田監督の愛情(友情)がこれからだんだんと実を結びますように。
いつまでも仲良くね😊🍀
まこと

まことの感想・評価

4.0
「彼の見ている世界を、もっと知りたくなった」
まこと、である私が"まことさん"について書くのはとてもややこしい。

この映画の主役である"まことさん"は発達障害だ。頭では分かっていても習慣は変えられない。フィギュアを並べるのも、お風呂に入る曜日も。頭では分かっている、けど、しょうがない。

しょうがない、とは【仕様がない】が語源とされており、それ以上打つ手がない諦めの意味も含めている、と。

確かに、しょうがない。

けど。

まことさんは笑顔だ。
エロ本見ちゃうのだってしょうがない。

人という字は互いが互いを支えあってる~なんて昔の某熱血教師は説いていたけど、ホントにそう。
親戚だって行政サービスだっていいから、頼らなきゃ。一人じゃ無理なんだもの、しょうがない。


私は昔から部下に【だって】【でも】【だもん】の3Dの使用を禁じているけど、そんなときもあるか。
じゃあ私も夜にポテチを食べよう…だって本田翼のオススメなんだもの、しょうがない。
mimimi

mimimiの感想・評価

3.4
見た人みんな、「まことさん」が好きになる。

ゆるーく流れていく時間、
ささやかな幸せに包まれて暮らす
まことさんの生活。
日々見落としてしまう美しさを、まことさんは見つめている。

見進めるうちに、
独居で障がいを抱えた彼の日常の継続は
いかに困難に満ちているかが垣間見える。

自身も発達障害の診断を受けたという監督。

まことさんへ、そして自分自身へと向けられるどこまでも構えない視点が心地いい。良作ドキュメンタリーです。
Osamu

Osamuの感想・評価

4.0
自身も発達障害と診断された監督が発達障害の伯父まことさんと関わるドキュメンタリー。

撮る側の監督が撮られる側にはみ出していき、主要な登場人物になってしまう、という少し変わった趣き。セルフドキュメンタリーは否定的に見てしまうが、これはおもしろかった。なぜだろう。

監督がまことさんに寄り添おうとしている姿を見るのが楽しかった。それは弱者を助けようとしている、ということではなく、関わることを楽しんでいる、楽しいから関わっているように見えた。一緒に楽しいことをやろうよ、と友人と関わるような感じが楽しい。自分の友人たちを見ているような感覚になった。

監督の姿が、この映画を観る上での補助線になっているのかもしれない。観客は監督の姿に自身を投影して、まことさんと関わる未知なる感覚を得られる、という具合に。

仮設の映画館にて。
https://www.temporary-cinema.jp
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