第78回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞。
オードレイ・ディヴァン監督作。
フランスの女性作家アニー・エルノーによる2000年発表の自伝的小説「事件」を、ジャーナリストでもあったフランスの女性監督オードレイ・ディヴァンが映画化したドラマ作品で、本作はその年のヴェネチア映画祭で最高賞に輝いています。
人工妊娠中絶が法律で禁止されていた1960年代初頭のフランスを舞台に、望まぬ妊娠をした文学専攻の優秀な女学生アンヌの苦悩と決断を淡々と見つめた人間ドラマで、卒業前の最終試験を前に妊娠が発覚したヒロインが中絶が重罪であることを承知の上で違法な堕胎医に中絶手術を依頼していく様子とその後を徹底したリアリズムのもと映し出しています。
イザベル・ユペールが違法な堕胎手術に手を染める主婦を演じたクロード・シャブロルの『主婦マリーがしたこと』(1988)、1950年代のイギリスで違法な堕胎手術を行う主婦を描いたマイク・リーの『ヴェラ・ドレイク』(2004)、独裁政権下のルーマニアで妊娠したルームメイトの堕胎を手助けする少女を描いたクリスティアン・ムンジウの傑作『4ヶ月、3週と2日』(2007)、近年では、望まぬ妊娠をした少女の堕胎の旅路を見つめた秀作『17歳の瞳に映る世界』(2020)等の作品に連なる“人工妊娠中絶”と“女性”をテーマに描いた人間ドラマの傑作となっています。
本作では、違法な堕胎手術を行う医師の視点でもなく、堕胎を手助けする友人の視点でもなく、望まぬ妊娠をした女学生当人目線の奔走を真に迫った心理描写で淡々と見せていきます。妊娠中絶が法律で禁止されていたカトリック教国のフランスで、自らの大切な人生を守るために中絶することを決意したヒロインのリスク覚悟の行動の顛末を描いて、“産まない権利”を否定された女性の抑圧された性と男権主義フランス社会の偽善を浮かび上がらせています。
主演のアナマリア・バルトロメイが予期せぬ妊娠に揺れるヒロインを繊細に演じ切っていて、妊娠週数が進むにつれ不安と焦燥が増大する様が真に迫っています。