ずっと、なんてない。
知ってたけど、知らなかった。
　〜She Taught Me Serendipity〜

福徳秀介が上梓した同名小説を、大九明子監督、脚本、萩原利久主演により映像化したドラマ。
冴えない毎日を過ごす主人公の大学生が、同級生に惹かれ始める姿を描く。
原作は未読。
主人公となる大学生・小西徹を萩原、授業中に出会った同級生・桜田花を河合優実、銭湯のバイト仲間・さっちゃんを伊東蒼、小西の唯一の友人・山根を黒崎煌代が演じているほか、安齋肇、浅香航大、松本穂香、古田新太等が登場。
物語は、冒頭キャンパス内では晴れ雨問わず常に傘をさす小西と、雨が降る悪天候の中、傘もささずにヘッドホン姿で歩く花の姿が描かれるため、そのタイトルどおり、天気が一つのキーワードとなっていることが示されるオープニングとなっている。
以降、自宅と大学、アルバイト先である銭湯への往復だけをする日々だったところに、価値観が同じことをきっかけとして花に惹かれ始める小西の姿が中心となるのだが、二人の距離が徐々に近くなっていく様は、まさに青春モノのそれであり、この手の王道作品と言ってもよく、特にここ最近、起こりうる不幸を全て背負っていたりするような役どころが多かった河合が、松本壮史監督『サマーフィルムにのって』や、中川駿監督『少女は卒業しない』で演じた高校生役そのままに大学生を演じていたのは今や貴重で、逆に新鮮だったところ。
しかし、中盤にとある出来事が巻き起こってからは、ホラー感すら感じさせる方向に舵を切っていくと同時に、物語に加速度がついていき、その勢いのままラストまで雪崩れ込む展開は、怒涛かつ圧巻の一言。
何より、原作者であるお笑いコンビ・ジャルジャルの福徳の出身校である関西大学が撮影に全面協力をしていることを筆頭に、よく作中ではスポンサーの関係からか架空ブランドの飲食品が用意されるところを、エースコックのスーパーカップを始め実在のものが登場したり、はたまたどんな仕送りを受けてるんだよとツッコミたくなるような豪華なアパートではなく、いかにも大学生が住んでそうなワンルームの部屋であったりと、大物小物いずれも妙なリアリティを感じさせてくれたのは見逃せないポイント。
そんな中、喫茶店のマスターがどこかで見たような、と思っていたら、数年前まで毎週欠かさず観ていた某深夜番組のミニコーナー「空耳アワー」でソラミミストとして司会進行をしていたイラストレーターの安齋だと気づくことができたのは何気に嬉しかった次第。
スピッツとともに青春時代を歩んできた私は、作中で重要なポジションを占めている『初恋クレイジー』が収録されたアルバム『インディゴ地平線』をCDで持っているため、あのジャケットが映し出された時には一気にあの頃がフラッシュバックし、伊東を筆頭に随所にあった長回しのシーンが同曲で彩られるのが素晴らしかったとともに、前述の安齋演じるマスターの喫茶店で、300円の「あなたは何座」なるメニューの中身が気になって仕方なかった良作。

今日の空はどうですか？

“小西くんは
わたしの名前知ってるん？”


小西に片思いだった さっちゃん

明るくて、人懐っこくて
でも繊細だったさっちゃん

彼女の口から溢れ出る
抑えきれない寂しさの数々

その一つひとつが切なくて
　　どうしようもなく切なくて🥹


“でも わたしの名前聞き返さへんかってん
あんとき
ホンマ私のこと興味ないねんなって思った”

“ご飯に2回も行ってくれるなんて適当な約束
やめてぇや、、、
あんな嬉しいこと言わんとって”


「さがす」のときもそうでしたけど
伊東蒼さんの表現力に驚くばかり

彼女の仕草に、その愛らしい表情に
そして
その言葉の一つひとつに、激しく持ってかれます


圧巻は、、、
小西が “初恋クレイジー”を聴きながら思い出す
ありし日のさっちゃん

元気な彼女が刻む 軽やかなリズム♪
そして、泣きながら見せる 精一杯の笑顔

これは、彼女のための映画でしたよ😭


“わたしのおらへんところで、、、
わたしのこと思い出して
聴いて欲しかっただけ” 😌

本作は、確信や成果といった“昼の価値観”に対して、ためらいや保留という“夜の倫理”で対峙する恋愛劇である。
眩しい言葉ではなく、曖昧な光で人を照らす。そのやわらかな明るさは、直射ではなく、月光のように反射して関係をかたちづくる。

物語は偶然の連鎖が生む高揚から始まり、「ある出来事」を境に反転する。だが、この作品が優れているのは、決して幸福の“宣言”には着地しない点だ。
タイトルが示すように、主人公は「今日の空が一番好き」とまだ言えない。物語はその“言えなさ”を肯定し、観る者にも「名づけきれない気持ち」と共に立ち止まることを促す。恋が確信ではなく揺らぎに支えられるものであるなら、その揺らぎをどう見つめるかが物語になる。

映像は拡散光と引きの画角で構成され、距離の取り方に繊細な意味が宿る。人物を包む光は仄かで、決して断言的なコントラストを持たない。
沈黙はセリフの空白ではなく、感情のざわめきが言葉に追いつくまでの時間であり、私たちは“わかったつもり”を常に揺さぶられる。反復される台詞や表情もまた、意味を固定することなく、痛みと希望の両義性を帯びる。

この作品が真に優れているのは、「語るべき言葉がまだない状態」を、敗北ではなくひとつの肯定として差し出してくる点だ。
“いま”は未完成でも、“ここにある”という確かさを否定しない。その倫理は、社会が見落としてきた日陰の温度──たとえば、うまく話せない人、成果を出せない人、空気になりがちな人──をそっと抱きしめる。映画はそのまなざしを決して押しつけず、ただ少し角度を変えて光を与える。月のように。

たとえまだ「今日の空が一番好き」と言えなくても、今日の自分はほんの少し好きかもしれない。
そんな小さな肯定が、じんわりと観る者の心に残り続ける。